2011年11月12日土曜日

『ベン・ハー』と『ベン・ハー』

ベン・ハー(1925 サイレント)
Ben-Hur
監督:フレッド・ニブロ
ジュダ・ベン・ハーはユダヤの貴族の息子であったが、事故によってローマ人総督に傷を負わせ、幼馴染のローマ人メッサラの裏切りにあって母と妹から引き離され、奴隷としてガレー船に送られる。送られる道筋でベン・ハーは一人の青年から水を受け取り、すると不思議なことに闘志満々の状態になり、ガレー船奴隷の苦役を生き延びるばかりか海戦の際してローマ軍の指揮官クイントス・アリウスの命を助けたことで奴隷の境遇から救い出され、アリウスの養子となってローマ人としての自由を受け、復讐を果たすために東方の地を訪れる。そこでベン・ハーはアラブの族長が持つ四頭立て戦車の御者となり、戦車競争に出場することになるのだが、競技の優勝候補と目されていたのは復讐の相手のメッサラであった。競争はベン・ハーの勝利に終わり、メッサラは死ぬ。そこでベン・ハーのもとに至急の報せがもたらされ、新たなユダヤの王を助けるためにベン・ハーはイスラエルの地へと急ぎ、ガリラヤで解放戦線を組織する。
物語の周囲に散らされたイエスの出現頻度(出てくるのがその右手だったり左手だったりと統一のないところが気になったが)も含め、1959年のワイラー版よりもこちらの方が原作に近い。原作が長大な場合、サイレント映画の方が有利なのだという気がしないでもない。その分、見せ物に徹する余裕も生まれてくるようで、冒頭、イェルサレムの場面からすでにセットの巨大さに圧倒されるが、それ以降、海戦の場面も戦車競争の場面などもワイラー版より遥かにスケールが大きいのである。海戦の場面なんか本当に洋上でロケをしたように見えるし、軍船の舳先(衝角には見えない)が船腹に突っ込んでいくあたりも実写でやってくれるのである(とはいえ考証はかなりいい加減で、漕ぎ手座の造りはどう見てもおかしいし、あの持ち方ではたぶん船は漕げないと思う)。戦車競争の場面はフレームを若干落としてスピード感を出しているが、それがなくても相当にスピードが出ていたようで、そのあたりの迫力は見ているとそのまま伝わってくる。この場面は撮影もかなり凝っていて移動撮影もほとんど自由自在という感じである。ワイラー版にあってこちらにない、というのは派手なジャンプシーンくらいであろう。というわけ目を奪われるシーンの連続であった。この二時間半は長くない。
ただ見ていて少々気になったのは、ローマ兵の脚なのである。なぜか誰も臑当てを付けていない。その代わりにタイツを穿いているのである。腰から上は完全装備で、腿から下は脚の形が丸見えで、ただサンダルだけを履いている。このバランスの悪さはかなり異様で、これならばいっそ長ズボンを穿かせればよいのではないかと思って見ていたら、ベン・ハーも同じようなことになっている。もちろんベン・ハーはローマ人ではないから、ははあ、方針として脚を出す場合には脛を隠さないことになっているのだな、と了解して、でも、なぜだろうと首を傾げた。そのうちにガレー船の場面になると、今度は音頭取りの後ろに全裸の男がこちらに尻を見せて晒し者にされている、戦車競争の場面では御者装束のベン・ハーやメッサラがまた妙に露出度が高くて、なんだかいよいよ怪しくなってくるのである。ワイラー版との最大の違いはこのセクシャリティの存在であろう。


ベン・ハー(1959)
Ben-Hur
監督:ウィリアム・ワイラー
ジュダ・ベン・ハーはユダヤの貴族の息子であったが、事故によってローマ人総督に傷を負わせ、幼馴染のローマ人メッサラの裏切りにあって母と妹から引き離され、奴隷としてガレー船に送られる。送られる道筋でベン・ハーは一人の青年から水を受け取り、不思議なことに心を癒され、そして海戦の際してローマ軍の指揮官クイントス・アリウスの命を助けたことで奴隷の境遇から救い出され、アリウスの養子となってローマ人としての自由を受け、復讐を果たすために東方の地を訪れる。そこでベン・ハーはアラブの族長が持つ四頭立て戦車の御者となり、戦車競争に出場することになるのだが、競技の優勝候補と目されていたのは復讐の相手のメッサラであった。というわけで歴史に名高い戦車競争の場面が始まるのだけど、この場面は掛け値なしにものすごい。スタントもすごいけれど、馬が素晴らしいのである。アラブの族長の前に馬が引き出されてくる場面では、馬好きでなくてもちょっとはっとする。一方、海戦の場面はひどく出来が悪くて、これは惜しまれるのである。予算のほとんどを戦車競技の場面で使い切ったのではあるまいか。チャールトン・ヘストンもそれなりの風格を見せているし、敵役のスティーブン・ボイドもそれらしい。戦車の走りに驚嘆し、陰謀と復讐、再会と回心の物語を素朴な心で楽しんでいれば、大味なところは欠点にならない。 


Tetsuya Sato