2016年5月30日月曜日

トポス(190) ヒュン、運命を受け入れる

(190)
 ヒュンは赤い羽根飾りがついた帽子をかぶって、腰に剣を吊るして収容所構内を歩いていた。噂によれば、森林収容所でストライキが始まっていた。ストライキには囚人だけではなくて管理当局も参加して、全員が国家からの解放を求めていた。噂によれば、炭鉱収容所でゾンビの暴動が始まっていた。管理当局の職員もゾンビになって、囚人のゾンビに合流して周辺の町を襲っていた。噂によれば、どこかの煉瓦製作収容所では囚人の反乱が始まっていた。鎮圧のために投入されたロボットの武装警備班は全滅して、収容所は囚人に占拠されているという。
 収容所の門が開いていた。ヒュンは収容所から出て、町へ通じる道を探した。しゃべるフライパンを持っていった。途中で政府軍の部隊とすれ違った。ぶかぶかの制服を着た少年たちが足に合わない靴を履き、背嚢を背負い、旧式の銃を重そうに担いで、どこかを目指して進んでいった。兵士の中には転向したオークが混じっていた。
 町でも噂が飛び交っていた。棍棒で武装したロボットの大群が現われて、無差別逮捕を始めたという。収容所の統括ノルマ算定者は人類全体を未来のための礎にすると言ったという。森林収容所で始まったストライキは周囲の町を飲み込んで、いまでは一般市民までが国家からの解放を訴えているという。山間部はすでにゾンビでいっぱいになり、山を越えようとした避難民が次々に食われているという。恐ろしい魔法玉を使う男が現われていくつもの収容所を火の海に変え、旧世界の遺物をすべて破壊すると宣言して出会う者に賞賛を求めるという。反乱を起こした囚人たちはショットガンを持った女に率いられて、首都を目指して進撃を始めたという。羊飼いの杖を持った若者が翼を生やした羊の群れをしたがえて、空に昇っていったという。そして邪悪な黒い力の封印がどこかで解かれて、恐ろしい声を放っているという。予言者たちが道に並んで世界の終わりを予言していた。
 ヒュンは町の広場をぶらついていた。なぜここにいるのかとたずねられると、ヒュンはすぐさま剣を抜いた。なぜぶらついているのかとたずねられると、ヒュンはすぐさま剣を抜いた。せめて責任を果たしたらどうかと言われると、ヒュンはフライパンで相手の頭を殴りつけた。それから酒場にもぐり込んで友達を作り、友達のおごりで酒を飲んだ。すっかり酔っ払うとテーブルの上に立ち上がって、剣を抜いてこう叫んだ。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」

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2016年5月29日日曜日

トポス(189) ヒュン、ベーコンエッグを作る。

(189)
 ヒュンは専用のバラックをもらっていた。決して広くはなかったが、木製の寝台には清潔なシーツが敷いてあったし、南に向かって開く広い窓にはレースのカーテンがかかっていた。作業に出る必要はなかったし、魚の目玉のスープを求めて食堂に並ぶ必要もなかった。食事は一日に三回、収容所管理当局の幹部と同じメニューが黙っていても運ばれてきた。バラックには焜炉もあったので、自分で調理をすることもできた。食材が必要なら、厨房に一言頼むだけでコックの助手が届けてきた。ヒュンはベーコンエッグを作ろうと思った。卵とベーコンはすぐ手に入ったが、フライパンが見当たらない。小さなソースパンは見つかったが、これではベーコンエッグは作れない。コックにたずねてみると、ここでは煮込みを作るだけなのでフライパンはないという。ヒュンはフライパンを探して収容所の倉庫にもぐり込んだ。フライパンを見つけることはできなかったが、代わりに使えそうな物を見つけた。ほぼ正方形をした鉄製の薄い箱だった。ヒュンはそれを収容所の鍛冶屋に持っていった。上の板をはがして持ち手をつければフライパンになるはずだった。ところが鍛冶屋は箱を調べてできないと言った。持ち手をつけることは可能だが、箱自体はエルフの魔法で封印されているので、板をはずすことはできないという。そこでヒュンは鍛冶屋に言って、箱のまわりに鉄の縁をつけさせた。できあがったフライパンを持ってバラックに戻り、焜炉に火をおこしてフライパンを加熱した。
「わたし、邪悪な黒い力は言う」鉄の箱から邪悪な黒い力の声が響いた。「おまえはわたしをなぜ焼くのか。わたし、邪悪な黒い力は命令する。ただちに火から下ろすのだ」
 ヒュンはフライパンにベーコンを入れた。ベーコンの油がはじけて音を立てた。
「わたし、邪悪な黒い力は言う」鉄の箱から邪悪な黒い力の声が響いた。「わたしの声が聞こえないのか。おまえの耳は寝ているのか。わたし、邪悪な黒い力は強く命令する。ただちにわたしを火から下ろすのだ」
 ヒュンはベーコンの上に卵を二つ、落とし入れた。
「わたし、邪悪な黒い力は言う」鉄の箱から邪悪な黒い力の声が響いた。「なぜこのようなひどいことができるのか。おまえは人間の皮をかぶった悪魔なのか。それともわたしに懇願することを求めているのか。それならばわたし、邪悪な黒い力は懇願する。頼むから、わたしを火から下ろしてくれ」
 ヒュンはフライパンを火から下ろしてベーコンエッグを皿に移した。収容所で焼いた水気の多いパンを添えて、ベーコンエッグを食べ始めた。

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2016年5月28日土曜日

トポス(188) クロエは前進する。

(188)
 朝の四時から夜の十時まで、クロエは煉瓦を焼き続けた。煉瓦の形をした粘土のかたまりが次々と運ばれてくるので、それを板ですくい取って炉に入れて、汗を流して焼き続けた。夜の十時になってもノルマが達成できていなければ、残業しなければならなかった。ノルマを超過達成するために残業して、朝の四時を迎えることも珍しくなかった。バラックで休むことはできなかった。食事をすることもできなかった。それでもクロエは汗を流して、黙って煉瓦を焼き続けた。口を開けば、ただそれだけで体力を消耗した。まわりにいる女たちも黙っていた。口を閉ざして煉瓦を黙々と運び続けた。煉瓦を運ぶ女の中にネロエがいた。ある日、突然、作業現場に送られてきて、クロエの作業班に加わった。ネロエもまた、負けたのだ、とクロエは思った。視線を交わした。だが、言葉を交わしたことは一度もない。言葉を交わせば、それだけで体力を消耗する。作業現場に棍棒を持ったロボットがやって来て、またしてもノルマの超過達成を要求した。くくくくく、と笑う声を聞いて、クロエの薄暗い心の中で何かが音を立ててきらめいた。クロエは宙に向かって手を伸ばした。クロエのショットガンはエルフの魔法の力によって物理的制約から逃れていた。クロエが望めば、それはクロエの手にあった。クロエはショットガンを腰だめに構えてロボットの頭を粉砕した。クロエはネロエに声をかけた。
「ここを出るのよ」
「もう動けないわ」
 ネロエがそうつぶやくと、クロエはただうなずいて、ネロエを置いて前に進んだ。次から次へと現われるロボットを片っ端から吹っ飛ばした。

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2016年5月27日金曜日

トポス(187) 所長は提案し、指示を与える。

(187)
「わたしは自分が道具であることを誇っていた」と所長は言った。「わたしは有能で、理念に対して忠実な道具だ。目的がある場所では、わたしは有用な存在だ。制度に忠実な公務員だ。そしてわたしのかつての同僚たちはわたしを忘れていなかった。だから収容所管理当局はわたしを森林伐採場や粘土採掘場へ送らずに、わたしにオフィスを与えてノルマの算定を命じたのだ。わたしは清潔なオフィスで助手を使い、すべての独立収容地点から送られてくる報告書に目を通し、作業ノルマの達成率を算定して作業状況の推移をグラフ化した。わたしが算定したのは作業班のノルマだけではない。作業手配係のノルマ、自主警備班のノルマ、武装警備班のノルマ、食堂のノルマ、死体処理班のノルマも算定した。収容所傘下の特別審理部に配置された取調官のノルマも算定したし、収容所管理当局自体のノルマも算定した。洗練された複数のグラフとピボット演算テーブルがあれば、問題点は一目瞭然に把握できた。わたしは経験ある上級公務員の視線に立って問題を指摘し、改善策を提案した。収容所管理当局はわたしを完全に信頼していたので、わたしの提案をただちに、かつ自動的に採用し、大規模な人事異動を発令した。自主警備班は解体されて班員は一般作業班に再編成され、武装警備班も食堂のコックも特別審理部の取調官も一人残らず解雇されて、代わりにロボットが送り込まれた。命令に忠実で給与の支払いを必要としないロボットの集団が収容所管理当局の中核となった。経費は大幅に削減され、ノルマの達成報告から偽りが消え、潤色された報告によって収容所の非効率的な実態が隠蔽されていたことがあきらかになった。わたしの誠実な仕事によって、公正さが確保されたのだ。わたしが作ったシステムはすぐに多くの収容所で採用され、わたしは収容所集団の統括ノルマ算定者に昇格した。わたしは徹底的な効率化とノルマの超過達成を要求し、ロボットはわたしの命令にしたがった。その結果として一般作業班の補充率が短期間で数百パーセントに跳ね上がったが、これは問題とはならなかった。志願労働者は常に補充されていたからだ。秘密警察がロボットを導入したことで逮捕と取り調べの効率が飛躍的に向上し、中継地点における志願労働者の待機率は作業班の損耗率を常に上回っていたからだ。すべての人間を収容所へ。進化を放棄した人類を抹殺せよ。わたしはロボットたちに指示を与えた」
 くくくくく、と所長が笑った。
 くくくくく、とロボットも笑った。

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2016年5月26日木曜日

トポス(186) ピュンは仲間を集めていく。

(186)
「俺は炭鉱に送られた」とピュンは言った。「ゾンビだけで編成された作業班で、休みなしに石炭を掘っていた。休みなしってのは文字どおりで、二十四時間休憩なしだ。ゾンビだから食事も、休ませるためのバラックもいらなかった。人間にくらべると少しばかり動作が遅いだけで、出勤退勤のための時間も節約できたから、人間で編成された作業班よりも生産性が高かった。非人間的な環境だと、俺たちはすごく優秀なんだ。だから俺は収容所管理当局に提案した。ゾンビの作業班を増やしてみたらどうかって。で、実験的に隣にいた作業班をゾンビにした。ゾンビに入れ替えたんじゃなくて、俺たちが襲いかかってゾンビにした。そうしたら生産性がちゃんと上がった。実験が結果を出したんで、俺たちは収容所管理当局の命令で作業班をどんどんゾンビに変えていった。生産性はさらに上がったけど、そうなると費用対効果が悪いのが武装警備班だ。こいつらは人間だから休憩が必要だし、食事もしなきゃならないし、シフトを維持するために余計な人員も必要になる。おまけに給料だって必要だ。で、俺はもう一度提案したんだ。あの連中もゾンビに変えたらどうかって。すでに十分な実績があったから、収容所管理当局もすぐに乗り気になったんだ。交替が必要ないし給料も必要ないなんてすごいじゃないか、というわけさ。そういうことで武装警備班もゾンビになった。残るのは収容所管理当局だ。これは、別に説得も提案もしなかった。俺たちはいっぱいいたし、武器も俺たちの手にあった。ただ包囲して、襲いかかればよかったんだ。まったく、間抜けなやつらだよ。で、みんなゾンビなったけど、仕事は続けた。正確には、仕事を続けるふりを続けた。それらしい報告書を送りながら、しばらく機会を待つことにしたんだ。ついでにまわりの収容所にもゾンビの作業班を送り込んだ。生産性の高さを実証して、提案を繰り返して仲間を増やして、最後に収容所を乗っ取った。けっこうな数になったところで、俺たちは山を下りることにした」

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2016年5月25日水曜日

トポス(185) ミュンは真理に近づいていく。

(185)
「予言が成就しつつある」とミュンが言った。「邪悪な黒い力は封印されたが、邪悪な黒い力それ自体は国家という概念を通じてすでに普遍化されていた。国家という概念自体が邪悪な黒い力と一体化していた。わたしは弁証法的直感によって上部構造の破壊を計画したが、この計画で必要としていたのは一見近代化された理念ではなく、徹底的に自然法的な欲求であったということに、すべてが終わってから気がついた。人間の本性からすれば国家は不要な存在であり、人間の本性に反して収奪と抑圧をもたらす邪悪な存在にほかならない。人間の自由と尊厳を取り戻すためには、改革の手を休めてはならない。わたしはエルフの森で木を伐り倒しながら、また一歩真理に近づいた。朝の四時から夜の十時まで木を伐り倒しながら、わたしは真理に近づいていった。不潔な食堂で魚の目玉が浮いた塩からいスープをすすり、いったいどうやってこれほどの数の魚の目玉を集めてくるのかといぶかりながら、わたしは真理に近づいていった。そして言うまでもなく、真理は共有されなければならなかった。わたしは作業班員に改革の必要を訴え、作業班員は改革に賛成した。わたしは隣の作業班にも改革の必要を訴え、隣の作業班も改革に賛成した。わたしは夜のあいだにバラックで改革の必要を訴え、バラックの全員が改革に賛成した。わたしは自主警備班にも改革の必要を訴え、自主警備班も改革に賛成した。わたしは武装警備班にも改革の必要を訴え、武装警備班も改革に賛成した。わたしは収容所管理当局にも改革の必要を訴え、収容所管理当局も改革に賛成した。森林収容所とその管理下にあるすべての収容地点が真理を共有し、改革の必要を痛感した。予言が成就しつつある」とミュンが言った。

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2016年5月24日火曜日

ビッグ・クラブ・パニック

ビッグ・クラブ・パニック
Queen Crab
2015年 アメリカ 80分
監督:ブレット・パイパー

アメリカ某所、クラブ・クリークというところである種のマッドサイエンティストが女房に罵られながら一人で成長促進剤の研究をしていて、両親から相手にされない娘メリッサは家の近所の池でカニを見つけて、カニはなんでも食べるという父親の言葉を真に受けて父親の研究室にあった木の実のようなものを与えたところ、このカニが少々大きくなり、洗濯中にカニを見つけた母親がパニックを起こし、父親が駆けつけたところで家が爆発、両親が亡くなって保安官をしている叔父に引き取られたメリッサはカニを友達にして育ち、それから二十年後、巨大な生物が家畜を殺害しているということで保安官から連絡を受けた野生生物局の職員が調査を始め、足跡を追っていくと巨大なカニの卵と抜け殻を発見、保安官はメリッサの制止を振り切って町の自警団を呼び集める。 
モンスター映画としての枠組みよりもカニと友達になって森に入ったまま出てこない娘の話、という枠組みが強くて、なにやら『ネル』を意識したような気配もある。で、それはそれとして、ほぼ30年前から思い出したようにブレット・パイパーの作品を眺めているが上手にならないひとだと思う。こだわりのストップモーション・アニメはそれなりに仕上がっているものの、格別に面白いというわけではないし、格別に面白くもないカニの登場シーンも控えめで、格別に面白くもないドラマがだらだらと続く。上手にならないなら自主製作映画の工夫だけはあった初期の作品のほうがまだしも面白かったような気がしてならない。 
Tetsuya Sato

2016年5月23日月曜日

ゾンビマックス!/怒りのデス・ゾンビ

ゾンビマックス!/怒りのデス・ゾンビ
Wyrmwood
2014年 オーストラリア 108分
監督:キア・ローチ=ターナー

ある晩、地球に流星が降り注ぎ、それから人類の大半がゾンビになり、町から逃れたバリーはほかの生き残りと合流して妹ブルックを助けにいこうと試みるが、ゾンビ出現とときを同じくして可燃物質が発火しなくなっている、という新事実に遭遇し、燃料がなければ車を動かせないということで困っていると、ゾンビの口から可燃性の気体が出ているという事実に気づき、だったらこれを燃料の代わりにということで捕まえたゾンビの口にマスクをあてて、呼気を燃やしながら出発する。 
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』にかこつけたような邦題がついているけれど、オーストラリア資本であるということと主人公たちがありあわせの防具を身に着けている、という以上の類似はない。全体にテンポが速く、構図もこなれていて、なぜゾンビが走るのか、というところにいかがわしい理由を与え、そこを利用するという点も含め、終盤に向かってアイデアが詰まっていく作りはとにかくパワーを感じさせた。スピエリッグ兄弟の『アンデッド』に比べるとややおとなしいが、『ステイク・ランド』『ゾンビ大陸 アフリカン』などと並ぶ新世代のゾンビ映画だと思う。

Tetsuya Sato

2016年5月22日日曜日

トポス(184) ギュンは決意する。

(184)
「わたしは科学者だ」とギュンはいつも話していた。「エイリアン・テクノロジーに関する第一人者であり、科学の力で奇跡を約束できる世界で唯一の人間だ」とギュンはいつも話していた。「だからわたしは、わたしを専門分野で使うべきだと訴えた。収容所当局に何度も請願した。だが収容所当局は拒絶した。どうやらわたしの調書には、わたしを専門分野で使わないこと、という指示が強調を意味する二重の下線付きで入っているらしい。作業手配係は薄笑いを浮かべながら、わたしを粘土採掘場に送り込んだ。それも作業班長としてではなく、一般作業班員として送り込んだ。地球を二度までも危機から救い、町を反逆者の手から救い、邪悪な黒い力に言わば引導を渡したこのわたしに、スコップで泥を掘れと命じたのだ。スーパーグラスがあれば〇・一秒もかからない仕事を、朝の四時から夜の十時までさせるのだ。スコップで泥を掘り出して、泥の穴の底からトロッコを人力で押し上げているのに、休憩は一切与えずに、朝と晩に魚の目玉が入ったスープを出してくるのだ。魚の目玉が浮いた塩水なのに、それが志願労働者用の補充食だと言い張るのだ。志願労働者は本来なら手弁当持参なのだから、それで感謝しろと言い張るのだ。いったいわたしはいつ志願したのか。わたしは強制されているのだ。疲れたからだを引きずってバラックに戻り、点呼を終えてようやく板寝床に横たわっても、寝床にはシラミまみれの藁が敷いてあるだけだ。エルフが拠出したという毛布はいったいどこへ消えたのか。シラミに食われながら眠りに落ちて、落ちた瞬間に朝を迎えて起きだすのだ。ここでは理性を殺している。ここでは人間を滅ぼしている。だがわたしを滅ぼすことはできないだろう。わたしは再び魔法玉を作り始めた。見つからないようにこっそりと、魔法玉を作り始めた。魔法玉の材料は小鬼やエルフやエイリアンとは限らない。人間からでも作れるのだ。死体からでも作れるのだ。死体ならいくらでもあるから、いくらでも魔法玉を作れるのだ」

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2016年5月21日土曜日

トポス(183) 戦いが終わり、復興が始まる。

(183)
「政府と軍の英雄的な働きによって、国家は危機を克服した」森の中の木にくくりつけられたスピーカーから威嚇的な声が響いた。「反逆者どもの勢力は一掃され、国家の基盤は磐石となった。だが警戒を怠ってはならない。いまこそ国民は一致団結し、いっそうの警戒心を発揮して新たな反逆者の出現に備えるのだ。反逆者はあらゆる場所にひそんでいる。善良な市民の皮をかぶって我々のあいだにひそんでいる。国家を愛する純粋な心にしたがって、卑劣な反逆者どもを発見しよう。同僚を監視し、隣人を監視し、家族を疑い、反逆の種が芽吹く前に発見しよう。そして週末を返上して、国家の復興に奉仕しよう。反逆者どもの蛮行によって国家は著しく荒廃した。国家は復興を必要としている。復興のために全国民の協力を必要としている。すでに全国のすべての学校で学生、生徒、児童による集会が開催され、全会一致で復興債の購入と週末労働への参加が決議された。全国のすべての工場で工員たちの集会が開催され、ここでも全会一致で復興債の購入と週末労働への参加が決議された。エルフの森でも全エルフの集会が開催され、復興債の購入と週末労働への参加が決議された。エルフたちは食料と毛布の拠出も決議した。国家の復興が完了するまで食料も毛布も一切必要としないとエルフたちは宣言した。エルフたちの献身と奉仕に拍手を送ろう。エルフから拠出された食料と毛布は避難民に優先的に供与される。政府はエルフたちの英雄的な決議を記念して、今月を特別復興強化月間に指定した。いまこの瞬間にも全国各地で多数の志願労働者が復興のために働いている。彼らは未踏の森に分け入って復興のために木を伐り出し、泥にまみれて粘土を掘り出し、復興のための煉瓦を焼いている。志願労働者たちは毎日十八時間の労働に耐え、国家に奉仕できることを喜んでいる。志願労働者たちに拍手を送ろう」

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2016年5月20日金曜日

トポス(182) ヒュン、シロエの罠にはまる。

(182)
 町にシロエという名の娘がいた。父親は著名な法律家で、ネロエを糾弾する論文を発表しようとしたところを同僚に密告されて逮捕され、強制収容所へ送られていた。家には取調官が踏み込んできて、証拠を求めて家具を壊し、寝台を切り裂き、床板を剥がした。取調官はシロエの日記と下着まで押収した。母親にすら見せたことのない日記だった。特別な夜のために用意していた下着だった。シロエは逃げ出し、ミュンの革命派に身を投げた。ミュンの革命が失敗に終わり、逃げ場を失って逮捕されるとシロエは政府に協力した。仲間の名前と居場所を告げ、暗号の解読方法を説明し、武装した取調官の一団を秘密の入り口に案内した。逮捕された反逆者たちの取り調べにも積極的に参加して、新たな尋問方法を提案した。間もなく秘密警察の一員になり、国家の敵である父親に絶縁状を送りつけた。有能さをネロエに認められてクロエの後任に抜擢されると、組織に徹底的な成果主義を導入して取調官にノルマの達成を要求した。また政府の指導力が問われていると主張して、責任者の処断をネロエに提案した。ネロエはシロエの意見に賛成した。
 シロエが提案してネロエが承認を与えていたころ、ヒュンは赤い羽根飾りがついた帽子をかぶって、腰に剣を吊るして町の広場をぶらついていた。廃墟の中で営業を再開したばかりの酒場にもぐり込んで友達を作り、友達のおごりで酒を飲み、酔っ払うとテーブルの上に立って剣を抜いた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
 そこへ武装した警官隊が突入した。率いていたのはシロエだった。シロエはヒュンの鼻先に逮捕状を突きつけた。
「逮捕します」
 ヒュンは酔っ払いの目でシロエをにらんだ。
「なんだって?」
 警官が棍棒でヒュンの頭を殴りつけた。ヒュンはその場に昏倒した。

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2016年5月19日木曜日

トポス(181) クロエは過去に決着をつける。

(181)
 若者は手錠をかけられて、監房の床に座っていた。手錠から伸びた鎖が若者を床につなぎとめていた。
 若者はクロエを見上げていた。若者の顔には悲しみと怒りが浮かんでいた。悲しみと怒りを目に浮かべて、呪われた運命を嘆いていた。
 クロエは若者を見下ろしていた。若者の姿は初めて見たあの晩と何も変わっていなかった。乱れた髪も、透きとおるような目も、わずかに突き出た官能的な唇もそのままで、細身だが引き締まったからだは若さと力を感じさせた。呪いを言い訳にして気ままに生きて、時間の鋭い爪から逃れていた。失敗をひとのせいにして、自分は一切の責任から逃れていた。
 クロエは若者の目の前で若者の笛をへし折った。二つに折って床に捨てて踏みにじった。若者の顔が苦痛にゆがむのを見下ろしながら、一枚の書類を差し出した。
「サインしなさい」
 クロエがペンを差し出すと若者は黙ってサインした。クロエは書類を取り戻して、若者のサインを確かめた。
「愚かな女だ」と若者が言った。「おまえは真実の愛を拒んだんだ。いまさら離婚したって、おまえの時間は戻らないぞ」
 クロエはペンも取り戻した。背を向けようとして、向き直って手を上げて、若者の頬をひっぱたいた。若者はまたしても顔を苦痛にゆがめたが、クロエの心は晴れなかった。
 監房から出たところで男たちに囲まれた。両側から腕をつかまれ、すばやくからだを探られた。男たちの一人がクロエに言った。
「逮捕する」
 クロエの頬を涙が伝った。

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2016年5月18日水曜日

トポス(180) 大きな黒い鳥が湖面を渡る。

(180)
 森に囲まれた湖に月が光を投げかけていた。冷たい風が湖面を渡り、さざ波が起こり、影と光が揺れ動いた。風が音もなく抜けていく。波が消え、平らな湖面に月がくっきりと影を落とす。鏡のように凪いだ水が満天の星を映し出した。そして再び風が起こり、水が揺らぎ、黒い影が湖上に大きく弧を描いた。大きな黒い鳥が飛んでいた。羽ばたきながら湖畔に降りて、鳥の皮と鳥の翼を脱ぎ捨てた。不格好なロボットが黒い羽毛の下から現われて、岸辺を埋める石を踏んだ。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 ロボットはゆっくりと足を前に進めながら、ロボットの殻を脱ぎ捨てていった。金属の腕の下から人間の腕が現われた。金属の脚の下から人間の脚が現われた。金属製の胴の下には引き締まった若者の胴があった。不格好な頭の殻を取り外すと、美しい若者の顔が現われた。若者は湖畔に立つ樫の木に登って枝に腰掛けた。横笛を取り出して唇にあてると息を込めて笛を鳴らし、美しい音色を夜の湖畔に踊らせた。若者は目を閉じて、飽かずに笛を吹き続けた。ふと目を開けて奇妙なことに気がついた。笛の上で赤い光の点が揺れている。笛を鳴らす指の上でも揺れている。笛を支える腕の上でも揺れている。笛を口から離して顔を上げた。レーザーサイトの赤い光が若者の目を貫いた。数え切れないほどの赤い光が若者の顔に点を描いた。
「愚か者め」若者が叫んだ。「あとたった一晩で呪いを解くことができたというのに」
「降伏しろ」
 すぐ足もとで誰かが言った。若者を狙う銃が見えた。
「降伏する」
 両手を上げて若者が言った。

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2016年5月17日火曜日

トポス(179) オークの軍勢が突撃する。

(179)
 対抗壕が機銃陣地の手前二十メートルに達した時点でオークの指揮官は攻撃開始を決断した。二十名からなるオークの突撃隊が編成され、手榴弾、スコップ、ワイヤーカッターなどで武装した突撃隊は深夜過ぎ、慎重に静粛をたもって対抗壕で配置についた。小銃のほかに予備の手榴弾を持った二個小隊が突撃隊の背後に控えていた。午前三時、塹壕正面で一個中隊が陽動作戦を展開して敵の砲撃を引きつけることに成功すると突撃隊が対抗壕を出て前進を開始、これと同時に棍棒で武装したトロール部隊が突撃隊の左右両翼に躍り出た。突撃隊は手榴弾を前方に投げつけながら突進し、そのせいで兵員多数が自軍の手榴弾の爆発に巻き込まれて負傷したが、先鋒は機銃陣地に到達した。突撃隊はワイヤーカッターを使って鉄条網を切断、後続の小隊が敵の防御線を突破して機銃陣地に突入した。しかし陣地はすでに放棄されていた。陣地に仕掛けられた大量の爆薬が爆発してオーク、トロール多数を殺傷し、この爆発の被害からオーク軍が立ち直る前に政府軍が鬨の声を上げて突撃を始めた。オーク軍先鋒は政府軍の強力な攻撃を支えられずに退却に移り、退却を援護するはずの機関銃中隊は混乱した戦線で有効な射界を得られないまま砲撃を浴びて全滅した。オーク軍は敗退し、統率を失って潰走した。邪悪な黒い力は逃げ遅れて政府軍に包囲された。エルフの大魔法使いが護送隊とともにやって来て、聖属性の魔法を使って邪悪な黒い力を鉄の箱に封じ込めた。
「降伏する」
 邪悪な黒い力が言った。

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2016年5月16日月曜日

トポス(178) オークの軍勢が準備を進める。

(178)
「再集結を完了した時点で」とオークの指揮官は言った。「こちらの兵力は歩兵三個大隊と機関銃一個中隊に達していたが、砲兵隊を欠いていた。砲兵による準備攻撃ができない状況では突撃は不可能だった。そこで対抗壕を構築して手榴弾の投擲戦に持ち込み、まず敵の前哨を排除する必要があった。だが、我が軍の最大の問題は砲術支援を欠いていたことではなく、総司令官を欠いていたことだった。下級将校の連携でどうにか作戦を進めてはいたが、作戦全体を統括する司令官がいなかった。我々は邪悪な黒い力にその役割を期待したが、邪悪な黒い力は拒絶した。邪悪な黒い力は影響力を行使するだけで、個別の作戦に対しては責任は負えないということだった。我々は失望しつつ、それでも任務の遂行に邁進した」
「わたし、邪悪な黒い力は言う」と邪悪な黒い力が言った。「オークたちはわたしに総司令官の役割を求めたが、わたしは拒絶した。わたし、邪悪な黒い力は影響力を行使するのみで個別の作戦には責任を負わない。責任を負うべき者がいたとすれば、それはギュンだった。わたしはいたずらに大将軍の地位を与えたわけではない。地位には責任がともなうのだ。しかし、責任を負うべきギュンはどこにいたのか。わたし、邪悪な黒い力が与えた影響力を自分の影響力だと勘違いして、わたしを手ひどく裏切ったばかりか愚行を重ねて自滅していた。オーク軍の敗退について、もし誰かが責任を負うとすれば、それはわたし、邪悪な黒い力ではない。裏切り者であるギュンにほかならない」

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2016年5月14日土曜日

ヘイル、シーザー!

ヘイル、シーザー!
Hail, Caesar!
2016年 イギリス/アメリカ/日本 106分
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン

1954年、ハリウッドの映画製作会社で製作者をしているエディ・マニックスが昼夜を問わずに動いて配下にある俳優を醜聞からかばい、製作の進行に気を配り、教会を訪れては告解を繰り返していると製作進行中の大作『ヘイル、シーザー!』の主演俳優ベアード・ウィットロックが何者かに誘拐され、身代金の要求がおこなわれ、犯人は何者かといぶかっていると脳味噌が筋肉でできているとしか思えない西部劇俳優から意外にも筋のとおった指摘を受け、それはそれとしても大作の製作をとめるわけにはいかないので身代金の準備にかかり、それやこれやであわただしいところへゴシップ記者が現われてベアード・ウィットロックの古い醜聞をすっぱ抜くと予告する。 
エディ・マニックスがジョシュ・ブローリン、ほぼヴィクター・マチュアなベアード・ウィットロックがジョージ・クルーニー、いきなり上流社会系ドラマの主演に抜擢されて激しく戸惑う西部劇俳優がオールデン・エアエンライク、その映画の監督がレイフ・ファインズ、並行して撮影が進んでいる水中レビューものの清純派女優がスカーレット・ヨハンセン、その女優に紹介される「プロの人間」がジョナ・ヒル、ゴシップ記者がティルダ・スウィントンとティルダ・スウィントン、映画編集者がフランシス・マクドーマンド、クリストフ・ランベール扮する見るからにいかがわしい(北欧系)監督が監督している水兵ミュージカルの主演がチャニング・テイタム、ナレーターがマイケル・ガンボン。
多様な出演陣が実にすばらしく消化されていて、続々と登場する劇中映画の露骨なまでに五十年代的なそれっぽさと微妙なひねり加減がまたすばらしい。序盤には絵に描いたような宗教論争が放り込まれ、そのいかがわしさは中段、わらわらと湧いてくるコミュニストの群れに継承され、それがエディ・マニックスが見上げるゴルゴダの丘のセットに引き継がれ、そしてコミュニストの犬エンゲルスはコミュニストたちの足にじゃれつき、いささか唐突ではあるがコミンテルンの資金は水中に消える。人工的で、胡散臭くて、とてつもなく退廃した作品であり、最初から最後までにまにまと笑みを浮かべながら鑑賞した。 

Tetsuya Sato

トポス(177) オークの軍勢が再集結する。

(177)
 邪悪な黒い力は生き残ったオークやトロールを掻き集めて火を噴く山のふもとに急がせていた。邪悪な黒い力は、力をたくわえる必要があった。力をたくわえるためには、火を噴く山のふもとの壁に新たな割れ目を作る必要があった。邪悪な黒い力に急かされて、オークたちは走り続けた。オークたちは火を噴く山のふもとにたどり着いて、そこで強力な砲火にさらされた。政府軍が壁を背にして陣地を作り、機銃と大砲を並べていた。接近しようとすると小銃弾や機銃弾が雨のように降り注ぎ、接地信管を備えた榴弾がオークやトロールを吹き飛ばした。壁へ近づくための唯一の道は二つの機銃陣地で守られていて、そこを突破するのは容易ではなかった。オークたちは塹壕を掘り、塹壕の前に土嚢を積み上げ、陣地を作って政府軍と対峙した。
「わたし、邪悪な黒い力は言う」と邪悪な黒い力が言った。「状況はわたしに不利に働いていた。時間がなかった。力を失えば、影響力を失うことがわかっていた。わたしはオークの指揮官に正面突破を要請したが、オークの指揮官は慎重だった。わたしが急いでいるというのに、オークの指揮官は慎重に事を運ぶべきだと主張した。わたし、邪悪な黒い力は言う。わたしは力を失いつつあった。あきらかに影響力が低下していた」
 オークの指揮官は敵の陣地に向かって対抗壕を掘り始めた。少なくとも二本の対抗壕が敵の機銃陣地に向かって伸びていった。オークもトロールも不眠不休で働いた。過労で倒れるオークもいた。働くオークやトロールの頭上でキャニスター弾が炸裂して無数の散弾をばら撒いた。死者が出た。負傷者が出た。死体は前線に放置されて悪臭を放ち、負傷者は後方の野戦病院に運ばれたが、そこでは医師も医薬品も不足していた。痛みを訴え、水を求める負傷者の叫びは夜になってもやむことはなかった。

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2016年5月13日金曜日

トポス(176) ピュンは白旗を上げる。

(176)
 ゾンビの軍団は復活系魔法玉による広域攻撃を受けて壊滅した。魔法玉から照射された強力な生の波動がゾンビをゾンビたらしめていた死を否定したために、ある者はただの土くれとなり、ある者は塵となって崩れ落ち、あるいは復活を果たして人間に戻った。攻撃をまぬかれた少数は退却を試みたが、同様に退却中のオークの集団に遭遇して首を落とされ、なおも抵抗を続けるロボットたちのブラスターに焼かれ、味方であるはずの革命派武装勢力からもガソリンをかけられ火をつけられた。警官隊と国境警備隊は遠距離から頭部を狙って狙撃を続け、どうにか掩蔽物を見つけて逃げ込むと今度は一般市民が鉈や斧を手にして襲いかかった。
「一般市民なんかじゃなかった」とピュンは言った。「革命騒動に便乗して暴動を起こして、その辺で略奪をしていた奴らだよ。集団でうろついて、人間だろうがゾンビだろうが見境なしに襲ってた。ガソリンをかけて火をつけたのも、たぶん奴らじゃないかと思ってる。ミュンは奴らを使ってたんだ。理念はたいそうなものだったけど、理念のためならどんな暴力も許されるってのがミュンの考え方だった。もっとテロを、って、あのおっさんが学生たちに吹き込んでるのを見てるんだ。学生たちは鼻をふんふん鳴らしてうなずいてた。ちょっと気味が悪いって思ったよ。ゾンビをやってると、なんていうか、ドグマがだめになるんだよ。感性的に相容れないっていうか、とにかくとても不自然な感じがする。そう、自然に反してるって感じがするんだ。いちおう理由があってつきあったけど、奴らを好きにはなれなかったよ。で、あの有様だったし、仲間もいなくなったんで、俺は投降した。本当に白旗を上げたんだ」
 警官隊がピュンを囲んだ。
「降伏する」
 両手を上げてピュンが言った。

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2016年5月12日木曜日

トポス(175) 所長の目から光が消える。

(175)
 わずかな数のロボットが破壊をまぬかれて帰還した。所長は軍団を失い、兵器を失い、敵に包囲されていた。対物ライフルの弾丸が生き残ったロボットの頭を撃ち抜いていった。
「わたしはロボットだ」と所長は言った。「進化を放棄した愚劣な人類の一員ではなく、未来のために人類抹殺を誓ったロボットだ」と所長は言った。「だからわたしには感情はない。わたしには死を恐れる心はない。ただ事実として敗北を認めるだけだ。失敗を失敗として受け入れるだけだ。ギュンへの対応が甘かったことを、わたしは進んで認めよう。雷撃系の魔法玉が使われる可能性を想定できなかったことも、わたしは進んで認めよう。ただ、そこまでの一連の状況とはなんの関わりもなく、あそこでギュンがいきなり現われたことにはいささか釈然としないものを感じている。あそこでギュンが現われなければ、火力では圧倒的に優位にあった我々が敗北することはなかったはずで、それを思うといささかという以上に釈然としないものを感じるのだ。実際のところ、ギュンがあそこで余計なことをしなければ、我々は勝利を得ていたはずであり、そのことを思うと失ったはずの感情がよみがえるのを、わたしはどうにも抑えられない。しかし、わたしはロボットだ。感情はない。死もない。存在しない死を恐れる心はない。わたしには、ただ消滅のみが残されている。消滅は容易だ」
 くくくくく、とロボットが笑った。
「スイッチを切れ」と所長が言った。
 ロボットが所長のスイッチを切った。
 所長の目から光が消えた。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 最後のロボットが破壊された。突入してきた兵士たちがスイッチを入れると、所長の両目に光が戻った。
「降伏する」
 両手を上げて所長が言った。

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2016年5月11日水曜日

トポス(174) ミュンは未来に希望をつなぐ。

(174)
「予言が成就しつつある」とミュンが言った。
 ドアを激しく叩く音が室内に響いた。開けろと叫ぶ声が聞こえた。学生たちはドアの前にバリケードを築いていた。シロエとほかの数人は暖炉で書類を焼いていた。荒々しい音とともにドアが裂け、斧の切っ先が顔を出した。切っ先が引っ込み、裂け目の向こうに警察官の目が覗いた。斧が再び振り下ろされ、裂け目が広がり、開けろと叫ぶ声がまた聞こえた。ミュンは胸をふくらませて学生たちに話しかけた。
「諸君、諸君はよく戦った。数々の困難を克服し、不可能を可能にし、あと一歩というところまで、諸君は実によくがんばった。ギュンさえいなければと思う気持ちはやはりどうしても隠せないが、あの愚か者があそこで余計なことをしなければと思うとどうしても怒りがこみ上げてくるが、実際のところなぜあそこで顔を出してきたのかと思うと心が激しく乱れるのだが。だが、これまでだ。我々は強権の前に敗北した。しかしこれで革命の火が消えるわけではない。革命は不滅だ。敗北はしたが屈服はしない。この世に強権がある限り、革命の意志は引き継がれる。諸君が引き継ぎ、そして再び大きな篝火を燃やすのだ。実はこのようなこともあろうかと、暖炉のうしろに脱出路を用意してある。脱出したまえ。連中の目当てはわたしだけだ。諸君が捕まる必要はない。さようなら。諸君とともに行動できたことを誇りに思う」
 学生たちは慌ただしく暖炉の火を消して煉瓦に隠されたドアを開いた。一人また一人と秘密のドアをくぐって逃げ出していく。そうするあいだにも斧が何度となく振り下ろされ、警官たちの怒声が飛ぶ。
「さようなら」
 シロエもそう言って、暖炉の奥に消えていった。煉瓦で隠されたドアが閉ざされると、ミュンは暖炉に火をともした。バリケードが突き崩され、警官たちがなだれ込んだ。
「降伏する」
 両手を上げてミュンが言った。

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2016年5月10日火曜日

トポス(173) ヒュン、巨人と戦う。

(173)
 ギュンが身長八十メートルの巨人に変身した。デュワっと叫んでヒュンを見下ろし、巨大な足でつぶしにかかった。クロエは引き下がりながらショットガンの引き金を引いた。トロールをも撃ち倒す強力な弾が巨人のつま先にはじかれた。ヒュンは剣を振り立てて斬りかかった。巨人の足の親指に斬りつけて傷を負わせ、そのまま足の下に転がり込むと巨人の土踏まずに向かって剣の先を突き立てた。巨人がデュワっと叫んでよろめいた。どうにか姿勢を立て直して転がりまわるヒュンを踏みつけようと足を下ろすが、ヒュンはそのたびに剣を振って傷を負わせた。斬られるたびに巨人はデュワっと声を上げた。巨人の足元を飛びまわっているあいだに、ヒュンは蓋に気がついた。巨人の左足の踵に鉄製の蓋があるのに気がついた。ヒュンは踏みつけてくる巨人の足をかわして巨人の踵にしがみついた。鉄製の蓋に手をかけて、渾身の力で引っ張った。蓋が動いて、隙間から湯気が噴き出した。ヒュンはさらに引っ張った。隙間に剣を差し込んで、剣の柄を引っ張った。音を立てて蓋が剥がれた。巨人がデュワっと声を上げ、ヒュンは地面に転げ落ちた。巨人の踵に開いた黒い穴から、溶けた鉛のような液体が湯気を立てて流れ落ちた。巨人はもう一度デュワと叫び、動きをとめて縮み始めた。変身が解け、ギュンが地面に転がった。ギュンの部隊がすばやく進んでギュンを囲み、一人が銃床で顔を殴ってスーパーグラスを取り上げた。
「降伏する」
 両手を上げてギュンが言った。

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2016年5月9日月曜日

トポス(172) ギュンはヒュンを発見する。

(172)
「戦闘がいよいよ王宮に迫ったので」とギュンはいつも話していた。「わたしは自分の部隊を率いて出陣した。わたしの部隊と言ってもたった一個小隊ほどの規模だった。わたしの格からすれば師団規模かそれ以上の編成がふさわしかったが」とギュンはいつも話していた。「最精鋭の部隊だとネロエは言った。言われてみればたしかにきびしい面構えをした男たちの集団で、前にわたしが使った二流どころの傭兵たちとはあきらかに様子が違っていた。王宮の外に出るとわたしはすぐに魔法玉を使い始めた。わざわざ変身する必要などないし、実を言えば変身に必要なパワーがまだ戻っていなかった。邪悪な黒い力が大気の流れを乱して再充填を邪魔していたのだ。だが問題はない。ロボットどもには雷撃系の魔法玉で十分に対処できた。オークどもは属性がないので攻撃系の魔法玉ならなんでも効いた。トロールも同様だ。ドラゴンは重力攻撃系の魔法玉で叩き落とし、ゾンビの群れは復活系の魔法玉で昇天させた。意外と言えば意外だが、敵はそこまでの戦闘で物理攻撃に慣れすぎていて、わたしが魔法玉を使うことをまったく予想していなかったようだ。そしてわたしが実に適切に、驚くほどすばやく魔法玉をあやつるので、わたしの部隊の兵士たちは一人残らず驚いていた。実際、わたしは魔法玉の専門家であり、魔法玉を使わせればわたしの右に出る者はない。主要な敵にはわたしが対処し、甘い考えを抱いた学生どもにはわたしの部下が実弾を浴びせて現実を教えた。我が軍の勝利だった。わたしの勝利だった。だが勝利という美酒を味わう暇はなかった。わたしはヒュンを見つけたのだ。羽根飾りがついた帽子をかぶり、剣を抜き、ショットガンを持った女をしたがえていた。俺は運命を受け入れている、とヒュンは叫んだ。俺は世界を救う英雄になる、とヒュンは叫んだ。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ、とヒュンは叫んだ。するとわたしの部下たちがヒュンに向かって敬礼した。それだけではない。わたしにも、このわたしにもヒュンに敬礼するようにうながしたのだ。わたしは敬礼する代わりにスーパーグラスを取り出した。パワーの関係から変身できる時間は数分に限られていたが、ヒュンを踏みつぶすだけなら十分だった」

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2016年5月8日日曜日

マイ・インターン

マイ・インターン
The Intern
2015年 アメリカ 121分
監督:ナンシー・マイヤーズ

70歳になるベン・ウィティカーは妻に先立たれてから独り身であることを活用して勉強したり旅行したりと積極的に活動していたが、会社人間であったことから社会との接点を求める気持ちを押さえられず、ふと目にしたシニア・インターンの広告に応募し衣料品のネット通販の会社にインターンとして働くことになり、たった一人で会社を起こして1年半で社員220にまで成長させたジュールズ・オースティンの直属になると、手元の問題に突進する傾向があって、そもそもシニア・インターン制度を取り入れたこと自体を忘れていて、自称性格が難しいジュールズ・オースティンから少々煙たがられながらもベン・ウィティカーは徹底した善人ぶりでジュールズ・オースティンをはじめ周囲に重要な感化を与え、同時にジュールズ・オースティンに敬意を抱き、一方、ジュールズ・オースティンもベン・ウィティカーに敬意を抱き、安心を求める。 
やたらと善人な行動のひとベン・ウィティカーがロバート・デ・ニーロ、突進して、言わば補給を立たれている状態のジュールズ・オースティンがアン・ハサウェイ、会社に雇われているマッサージ師がレネ・ルッソ。この会社では机に向かっていると背後からレネ・ルッソにマッサージされるのである。なにか傑出したところがあるわけではないが、目配りのよい脚本を忍耐強くまじめに映画にしていて、不快な要素がまったくないので見ていて非常に気持ちがいい。 余裕のデ・ニーロの前でアン・ハサウェイががんばっている。


Tetsuya Sato

2016年5月7日土曜日

ミケランジェロ・プロジェクト

ミケランジェロ・プロジェクト
The Monuments Men
2014年 アメリカ 118分
監督:ジョージ・クルーニー

ハーバード大学付属美術館の館長フランク・ストークスは戦時下のヨーロッパにおける美術品の破壊と略奪に心を痛め、ルーズベルトに直訴したところ美術品保護を目的とした特殊部隊がストークス自身を指揮官として誕生し、メトロポリタン美術館の主任学芸員、建築家、美術収集家などからなる七名の隊員はイギリスで訓練を受けたあと、1943年7月、ノルマンディーに上陸、そこから各方面に分かれてナチス・ドイツによる美術品略奪の痕跡を追いかけ、メトロポリタン美術館の主任学芸員ジェームズ・グレンジャーは解放後のパリで親衛隊将校ヴィクトル・シュタールの配下にいたことで対独協力を問われていたクレール・シモーヌと接触、ストークスのチームが美術品を「解放」していることを知ったシモーヌは美術品の行方をグレンジャーに伝え、グレンジャーは戦争終結間近のドイツに入ってストークスに合流する。 
フランク・ストークスがジョージ・クルーニー、ジェームズ・グレンジャーがマット・デイモン、クレール・シモーヌがケイト・ブランシェット、ほかにビル・マーレイ、ジョン・グッドマン、ジャン・デュジャルダン、久しぶりのボル・バラバン。いわゆる戦争映画とは大きく異なる視点が面白いし、戦争による文明破壊ぶりが生々しい。非常によくできた模造品は画面によく生えているし、その隣に出現する大量の歯の詰め物がむごたらしさをよく表わしている。戦場の背景描写などもそれなりの風格があり、視覚的に手間のかかった作品であることはよくわかるが、当時のMFAAの活動をおそらく刈り込みすぎて伝えている。出演者の顔ぶれも悪くないのに、そのせいでどこか消化不良の感は否めない。 


Tetsuya Sato

2016年5月6日金曜日

アンナチュラル

アンナチュラル
Unnatural
2015年 アメリカ 89分
監督:ハンク・ブラクスタン

冬場のアラスカの無線すら通じないロッジ(外部に連絡するときは近くの山の尾根に上がって衛星電話をかける)にモデル二人と助手一人を連れてカメラマンがやって来て零下20度で水着撮影を始めると、同じころ、環境にやたらと手を出すことで評判の悪い会社が近所に作った研究所から遺伝子改造されたシロクマが逃げ出して職員を殺害、たった一人生き残ったハン・リンドヴァル博士は研究所から脱出するものの途中で遭難、逃げ出したシロクマは水着撮影中のモデルに襲いかかり、一瞬で一人が殺され、果敢に立ち向かったロッジの先住民も殺され、ロッジのオーナー、マーティン・ナコスは現場の確認に出向いたところでリンドヴァル博士を発見して保護、マーティン・ナコスは真相を語ろうとしないリンドヴァル博士を怪しみながら、翌朝、助けを求めるために山に登る。 
いや、なんのことはない、シロクマ版の『プロフェシー』ですらなくて、ただの『グリズリー』なのに、それを出し惜しみしながら一人称カメラでうろうろするという繰り返しは少々うざい。氷上の場面はそれなりに手間がかかったのではないかと思うし、全体としての破綻はないものの、薄味であろう。 



Tetsuya Sato

2016年5月5日木曜日

カリキュレーター

カリキュレーター
Vychislitel
2014年 ロシア 86分
監督:ドミトリー・グラチェフ

人類が惑星進出を開始してから一千年、沼ばかりの惑星の沼の真ん中に入植した人々は中央コンピューターによって個人情報を監視され、総統による独裁の下、強圧的な体制に苦しんでいて、その惑星で犯罪を犯して最高刑を課された犯罪者は死刑にされるかわりに惑星でたった一つと思しきその都市から300キロ離れた幸福の島なる場所へ自力で移動するように指定され、最低限の食料、ロープ、ナイフ、金属製ポールなどを与えられた犯罪者たちが沼地へ進んでいくと地面の下からのこぎりの木、鞭ヤナギ、食人カビなどが襲いかかる。 
地平の果てまで沼、という情景はそれなりに見栄えがするものの、その沼にひそむ生き物は生態系を備えてそこにいるというよりは作者の思いつきでそこにいるようにしか見えないし、淡々とサバイバルをすればよいものを、それでは足りないと思ったのか、追放者一行には国家転覆の大陰謀と暗殺の秘密指令がからみ、総統直々の命令で指令が動いている割にはどうにも要領を得ないし、陰謀の首謀者も自分で思い込んでいるほど頭がよろしくない。で、どちらともなく要領を得ないところでどこかの国の量産アニメのようにやたらと台詞で説明し、ロシア映画なので地平を眺めて嘆き悲しむ。60年代のSFコミック短編の出来の悪い映画化、という感じであろうか。 


Tetsuya Sato

2016年5月4日水曜日

トポス(171) ヒュン、クロエとともに敵と戦う。

(171)
 再編成を終えたロボット軍団が侵攻を再開した。ブラスターの破壊力が強化され、ミサイル戦車と強化装甲された大型の戦闘ロボットをしたがえていた。
 再編成を終えたオークの軍団も侵攻を再開した。新たに調達した新鋭兵器で武装し、鉄の棍棒を担いだトロールの群れと魔法玉製造業者から派遣された傭兵部隊をしたがえていた。
 ミュンの武装勢力も再編成を終えていた。胸に希望を抱いた学生たちのグループが手に手に武器を持った労農大衆を扇動し、進撃する暴徒の群れを空からドラゴンが支援した。そしてその両翼はゾンビの軍団によって守られていた。
「まあ、変な話なんだけど」とピュンは言った。「状況からすると参戦する必要があったんだ。だって、ロボットもオークも平然と人間を殺していた。つまり俺たちの重要な供給源を潰してたんだ。だから俺たちの手で人間を守らなきゃならなかった。もちろん所長がすぐに電話をかけてきて、裏切りがどうとか感謝の心がどうとか言ったけど、まあ、正直なところ、最初から噛み合ってなかったんだよ、あのひととは。それにほら、邪悪な黒い力が言ってたけど、俺たちって本能の奴隷だからさ、本能がおもむくほうへ動くのさ」
 ロボット軍団は市街戦を繰り広げながらギュンを探して王宮を目指した。オークの軍団も市街戦を繰り広げながらギュンを探して王宮を目指した。ミュンの武装勢力もまた市街戦を繰り広げながらギュンを探して王宮を目指した。
 王宮へといたる道にはヒュンがいて、クロエとともに戦っていた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」

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2016年5月3日火曜日

グリーン・インフェルノ

グリーン・インフェルノ
The Green Inferno
2013年 アメリカ/チリ/カナダ 101分
監督:イーライ・ロス

考えずに行動することをモットーとするアメリカの学生グループがペルーの先住民族が開発の犠牲になろうとしていると聞いて行動に移り、ペルーのジャングルまで出かけて工事現場に潜入すると自分のからだをブルドーザーや木に縛りつけて抗議活動を開始し、その様子をインターネットに流すので開発企業は工事を中止、学生グループは勝利を喜びながら帰途につくが、ジャングルを越えるために乗り込んだ飛行機のエンジンが壊れて飛行機はジャングルに不時着、そこへ開発の犠牲になるはずだった先住民の一団が現われて生存者を村へ運んで檻に入れ、まず一人を解体して丁寧に下ごしらえをしてから蒸し焼きにして村中でおいしくいただき始めるので、檻の中からその一部始終を目撃した学生グループのメンバーは激しく脅えることになる。 
いわゆる『食人族』ものとしては史上最大の大作ということなるだろう。往年のイタリア製に比べるとモダンな切り口が採用されていて、内容は『サウスパーク』シーズン3エピソード1とほぼ同じ。序盤でアメリカからペルーに移動し、さらにペルー国内をジャングルに向けて移動していく場面は陽気でエキゾチックで、食人族が住む村の様子もエキゾチックで美しくて、そういうあたりから妙に手間のかかった食人から蟻責め、女性割礼まで登場する無遠慮ぶりまで、いかにもイーライ・ロスらしい映画になっている。微妙な収まりの悪さもやはりイーライ・ロスの映画だという気がするが、状況は全般にカラフルだし、ヒロインはチャーミングだし(奥さんだって?)、KNB EFXグループは力の入った仕事をしているし、ということで悪くない。 



Tetsuya Sato

2016年5月2日月曜日

ヴィジット

ヴィジット
The Visit
2015年 アメリカ 94分
監督:M・ナイト・シャマラン

高校の代用教員と恋に落ちて19歳で家出をして二人の子供をもうけたあと、夫が駆け落ちしてシングルマザーになった女性がいて、両親とは音信不通になっていたところを両親がネットで娘を見つけて連絡を取り、実家に戻りたくない母親の代わりに15歳の娘と13歳の息子が一週間の家で祖父母を訪問することになり、このベッカとタイラーの二人が列車に乗って出かけていくと老夫婦が現われて二人を迎え、あれこれと歓待してくれるものの、まず祖母の様子がおかしいことに気づいて祖父に理由をたずねると祖母は日没症候群だということになり、次に祖父の様子もおかしいことに気づいて祖母に理由をたずねると祖父は下の始末に問題があるのを隠しているということになり、いずれにしても老人だからそういうことかと納得しようとしていても、納得し切れないほど様子がおかしいので、姉と弟は激しく困惑する。 
主役の姉と弟は非常に印象的な演技をしているし、祖父母役の二人もたいへんな演技をしていると思う。古典的な演出はよくまとまっている。ただ母親と祖父母の和解をもくろむベッカが一連の出来事を映画にするためにカメラを回し続ける、という設定でPOV形式になっていて、いちいち都合のよい場所にカメラが放置されるのはやはりご都合主義というべきであろう。実を言えば少々まだるっこしさを感じていた。このまだるっこしさはたった一つのネタを出し惜しみしているあたりとも無関係ではないだろう。オープニングのロゴの不自然なほどの古めかしさを見ていくらか不安を感じたが、素材に対するアプローチもまた不自然なほど古めかしくて、わたしの感覚からすると倫理的に問題がある。いまどきあれはないだろう、というのが正直な感想である。 


Tetsuya Sato

2016年5月1日日曜日

トポス(170) 邪悪な黒い力がギュンを批判する。

(170)
「わたしはパワーを感じていた」とギュンはいつも話していた。「突進する小惑星をラグランジュ点の彼方に投げ返し、巨大ロボットと戦って勝利し、エイリアンの月面基地を破壊し、いままたロボット軍団を壊滅に追いやったパワーを感じていた」とギュンはいつも話していた。「わたしは理性的な人間だ」とギュンはいつも話していた。「常に科学的に思考する」とギュンはいつも話していた。「事実から言えば、わたしはパワーを感じていたのではなく、パワーが与える効果を感じていた。わたしにはひとを驚嘆させ、感動させ、畏怖させるパワーを持っていたのだ。わたしは自分のパワーをよく知っていたが、わたし自身があまりにも控えめであったために、パワーがひとに与える効果についてはあまり考えていなかった。パワーとは本来的に孤独なものであり、社会とも社会的な賞賛とも無縁なものだと思い込んでいたせいでもある。しかし、そうではなかったのだ。ロボット軍団を壊滅させたわたしを、王宮の人々は賞賛した。ネロエという女が腕を広げてわたしを迎え、耳に心地よい言葉を並べてわたしの協力を懇願した。ネロエはすばらしい女性だった。女らしく自分の無能を認めただけではない。国家が存亡の危機にあると言ってわたしの膝にすがりつき、国民の指導者としての役割を、このわたしに頼んだのだ。わたしには断ることはできなかった」
 電話が鳴り、ネロエが取った。
「あなたによ」
 ネロエが受話器を差し出した。
「わたしに?」
 ギュンが受話器を耳にあてた。
「わたし、邪悪な黒い力は言う」電話の向こうから邪悪な黒い力の声が響いた。「大将軍ギュンよ、裏切ったな。だがこうなることはわたし、邪悪な黒い力には前からわかっていた。わたしはおまえをよく知っている。自分では理性的な人間のつもりでいるが、おまえを動かしているのは理性ではなく嫉妬心だ。わたし、邪悪な黒い力がなければおまえは公立高校の冴えない化学教師で終わっていた。おまえをそこまでにしたのはわたし、邪悪な黒い力なのだ。それなのにおまえが心に抱いたのは感謝ではなく嫉妬だった。わたしがオークの軍団を進撃させて暗黒の一千年を築こうとしているときに、わたし、邪悪な黒い力の敵に寝返るのだからな。大将軍ギュンよ、おまえはひとの成功を許すことができないのだ。許すことができないどころか、自分の成功が奪われたと思い込むのだ。大将軍ギュンよ、おまえのその呪われた性癖はおまえを一生苦しめるであろう。わたし、邪悪な黒い力はオーク軍団の再編成を完了した。今後、オーク軍団はおまえを標的とする。オーク軍団はおまえを必ず滅ぼすであろう」

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