2016年2月29日月曜日

トポス(117) ピュンはヒュンに襲いかかる。

(117)
「最初から最後まで全部見ていた」とピュンは言った。「杖を持ったあの小僧と、それからショットガンを持ったあのやばい女が出てきて残った連中を皆殺しにするところまで、全部見ていた。ヒュンがいたんで、俺はまじで驚いた。俺がナイフで切り刻んでやったのに、まだぴんぴんしてやがる。自然の摂理に反している、って俺は思った。あのとき生まれて初めて神を呪った。しかもヒュンの横にはミュンの野郎が立っていた。つるんでたんだ、って俺は思った。俺はハンマーを取って立ち上がった。全身ずたぼろだったけど、決意のほうが強かった。ヒュンが地獄から戻ったんなら、地獄に送り返してやらなきゃならなかった。本音を言うと俺は喜んでいた。歓喜に震えていた。俺は雄叫びを上げていた。ハンマーを構えて、ヒュンに向かって突っ走った。あの小僧が俺の前の地面を杖で突いた。とたんにすさまじい眠気に襲われ、心は底まで悲しみに浸り、頭から毒の瘴気が立ち昇ったが、それでも俺はとまらなかった。ヒュンに向かって突進を続けた。あのやばい女がショットガンを俺に向けた。最初の一撃でハンマーを振り上げた腕が吹っ飛び、次の一撃で膝が砕け、三度目ではらわたをごっそりさらわれた。それでも俺は進み続けた。とにかく気持ちだけは進み続けた。あのやばい女が俺の頭にショットガンを向けたとき、俺は遠に声を聞いた。ギュンの声だ。戻れ、ピュン。ギュンがそう言った。とたんに俺の前から世界が消えた。気がつくとまたしても薄暗い場所にいて、傷を癒され、心を闘志で満たされていた」

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2016年2月28日日曜日

トポス(116) ヒュン、街道を進んでミュンと遭遇する。

(116)
 ヒュンは火を噴く山を目指して街道を進み、道が交わる場所でミュンが率いる囚人の一団と遭遇した。ミュンはヒュンに使者を送り、ヒュンはミュンとの会談に応じた。
「俺は運命を受け入れている」とヒュンが言った。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
「予言が成就しつつある」とミュンが言った。「邪悪な黒い力は打ち倒されて、世界は進歩的理念を受け入れるだろう」
 ヒュンとミュンの前にネロエの影が浮かび上がった。
「わたしはネロエ」とネロエが言った。「急がなければなりません。邪悪な黒い力は戦いの準備を整えています。巨大な狼にまたがるオークの軍が、巨大な鉄の棍棒を担いだトロールの群れが、あなた方を待ち構えています。戦いは厳しいものになるでしょう。しかし、躊躇してはなりません。世界を救うためには、いまこの瞬間に悪に立ち向かわなければならないのです」
 蛮族の男たちも囚人たちと話し合った。話し合いの結果、現在の無法状態をすみやかに解決すべきであるという点で両者の見解は一致した。また文明の発展段階に関する一般認識を共有し、双方が法感覚の草分け的状態にあることを確認した。そこでまず蛮族の男たちが蛮刀を抜いて囚人たちに斬りかかり、囚人たちは小火器、斧、大型ナイフなどで応戦した。戦いは半日にわたり、血で血を洗う激戦となって蛮族と囚人の大半が倒れた。まだ立っていた者はキュンが羊飼いの杖で突いてまわって動きをとめ、クロエがショットガンでとどめを刺した。死体が山ほども転がったが、クロエの心は晴れなかった。

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2016年2月27日土曜日

トポス(115) ミュンが活動を再開する。

(115)
「予言が成就しつつあった」とミュンが言った。「千年にわたる平和と繁栄は廃れ、邪悪な黒い力による闇の支配が始まった。空には暗雲がひしめき、大地は無法の色に染まっていた。わたしは法によって自由を奪われたが、無法もまた、わたしの自由を奪おうとした。看守は無法なふるまいによって囚人をしいたげ、囚人は法による拘束から解放されて無法を求める叫びを放った。無法の時代とは法が機能しない時代である。法が存在しない時代である。正義と理性は個人の内面でのみ輝き、正義を求める強い意志と清明な理性が囚人のあいだに広がったとき、古い成文法に代わって新しい自然法が産声を上げた。囚人たちは集会を開いてコモンセンスの存在を仮定し、議論を重ねることで社会契約に関わる一般認識を確立した。この認識にしたがうならば、法の殻をまとった無法はただちに打倒されなければならなかった。囚人たちは革命の段階に移り、行動を起こして無法な看守たちを排除した。無法の象徴である刑務所に火を放ち、手に手に得物を持って街道を進み、村を見つければ襲いかかり、男たちは皆殺しにして女たちを押し倒した。町を見つければ進歩的理念を唱えながら七回にわたって城壁をめぐり、理念の力によって城壁が崩れ落ちるとなだれ込んで男も女も見境なしに叩き斬り、思い出したように女たちを押し倒し、略奪品の山を抱えて前進を続けた。予言が成就しつつあった」とミュンが言った。

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2016年2月26日金曜日

トポス(114) 世界は千年続く闇に閉ざされようとしている。

(114)
 予言者たちが道に並んで、声をそろえて終わりの始まりを叫んでいた。
「世界が終わる」
「終末に備えよ」
「この声を聞け」
 予言者たちが人々の耳に口を近づけ、聞けっと叫んで唾を飛ばした。
「千年にわたる平和と繁栄の時代が、いままさに終わろうとしている。壁の割れ目に巣食う邪悪な黒い力がこの世界を悪と穢れで染めようとしている。間接税がニパーセント下がったと言って、児童福祉の適用枠が拡大され、確定申告の必要経費枠が少しばかり大きくなったと言って、愚かなおまえたちは喜んでいるが、忘れるな、一切が無法におこなわれていることを。行政機関も手続きも、何も変わりがないと愚かなおまえたちは抗弁する。司法書士も弁護士も、前と同じ料金を取る、と愚かなおまえたちは主張する。だが、それはおまえたちの目にそう見えているだけなのだ。同じように見えたとしても、一切は無法の上に成り立っている。行政機関にも手続きにも、いまや前と同じ根拠はない。司法書士も弁護士も無法に料金を定めている。そしておまえたちは無法に定められた料金を無法に支払い、無法に働いて無法に報酬を受け取り、無法に買い物をして、無法に税金を払っている。世界は邪悪な黒い力の陰に沈み、骨の髄まで悪に染まった。無法の時代が始まったいま、ありとあらゆるものが無法となった。犯罪が無法であるように、善意によるおこないも無法となり、両者の区別はなくなった。聞けっ。愚かなおまえたちはよく聞くがいい。世界は千年続く闇に閉ざされようとしているのだ」

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2016年2月25日木曜日

トポス(113) ネロエは邪悪な黒い力の居場所を示す。

(113)
 壁は火を噴く山の足もとにある、とネロエは言った。壁も割れ目も太古からあり、壁が生まれるのと同時に割れ目も生まれたとネロエは言った。邪悪な黒い力は割れ目の奥にひそみ、そこから人間に向かって悪の息吹を吹きかけていた。悪の息吹を浴びた人間は心を悪に染めて非合法の魔法玉を作り出し、それを売りさばいて利益を得ると悪の触手を四方に伸ばして経済を仕切り、行政を飲み込み、司法をしたがえ、王たちを駆逐して国家の存在を脅やかした。邪悪な黒い力は世界を穢し、世界を支配しようとたくらんでいる。残忍で狡猾な邪悪な黒い力は公務員のための年金制度をあらゆる国家から引き継いだので、すでに大半の公務員が邪悪な黒い力の支配を受け入れている。軍人年金と退役軍人向けの医療保険も整備しようとしているので、将校たちも兵士たちも、そしてもちろん予備役も、間もなく邪悪な黒い力の勢力に加わることになるだろう。それだけではない、とネロエは言った。一般市民には減税と福祉の向上を約束し、教育費の全額免除に向けて財源確保に動いている。未就学児童のための先進的な初期教育プログラムを立ち上げ、働く母親のための育児支援制度を検討し、マイノリティへの理不尽な差別に対して深刻な懸念を表明した。邪悪な黒い力の偽りに満ちた囁きに、人々は千年にわたる平和と繁栄を捨てようとしている。闇の支配を受け入れようと、愚かな心を傾けている。法律家たちは正統性に疑念を表明しているが、法律は男が作ったものだと主張するフェミニストたちは邪悪な黒い力を熱烈に支持している。時間はない、とネロエは言った。急がなければ、この世界は千年の闇に閉ざされることになるだろう。
「それでよ」キュンが言った。「前とはどこがどう変わるんだい?」
 ヒュンがキュンの頬を叩いた。
 クロエもキュンの頬を叩いた。

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2016年2月24日水曜日

トポス(112) ヒュン、ネロエに導かれて街道を進む。

(112)
 ネロエの声と影に導かれて、ヒュンは街道を進んでいた。ヒュンの隣にはショットガンを担いだクロエがいた。羊飼いの杖を担いだキュンもいた。そしてこの三人のあとにはそれぞれに得物を手にした蛮族の軍団がいた。獰猛で、精強を誇る蛮族の軍団はヒュンの指図を待たずに行動した。村を見つければ襲いかかり、男たちは皆殺しにして女たちを押し倒した。手当たり次第に叩き壊し、残った物には火を放った。町を見つければ包囲して、攻城兵器を繰り出した。投石機で石や動物の死骸を町に打ち込み、町の城壁の下まで穴を掘って、そこで豚の群れを焼き殺した。城壁が崩れるとなだれ込んで男も女も見境なしに叩き斬り、思い出したように女たちを押し倒し、略奪品の山を抱えて前進を続けた。いくつもの町や村が廃墟となって死体の山ができあがったが、クロエの心は晴れなかった。
 街道を進むヒュンの前にネロエの影が浮かび上がった。
「わたしはネロエ」とネロエが言った。「急がなければなりません。邪悪な黒い力は気がついています。敵が戦力を結集して反撃に出る前に、邪悪な黒い力の本拠を叩かなければなりません」
「俺は運命を受け入れている」とヒュンが叫んだ。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
「でもよ」キュンが言った。「その本拠って、どこにあるんだよ?」
 ヒュンがキュンの頬を叩いた。
「それで」クロエが言った。「その本拠はどこにあるの?」
 ネロエの影が消え、巨大な壁が空に大きく浮かび上がった。壁の中央に楔形の割れ目があり、その割れ目が黒々とした罪を吐き出していた。クロエが、キュンが、息を呑んだ。蛮族の男たちがおののいた。

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2016年2月23日火曜日

トポス(111) ピュンは立ち上がる。

(111)
「俺には俺の物語があった」とピュンは言った。「物語の最後で、俺はとうとう復讐を果たした。あのヒュンの胸にナイフを突き立てて、奴の息の根をとめてやった。俺の物語は俺の望みどおりに結末を迎えた。それなのに俺はちっともハッピーじゃない。なぜだか知らないけど空しさが募って、何をする気もなくなって、気がついたら魂の抜け殻みたいなことになっていて、酒に溺れて倒れていた。そこへギュンが現われた。すごいことを始めたから、俺に手を貸せって、そう言ったんだ。なんて答えたのか、おぼえてない。なにしろへべれけだったし、生きる目的を見失って、もうどうでもよくなっていた。とにかくギュンは俺に何かをやったんだ。気がついたらどこかに閉じ込められていた。気分は悪くなかったよ。酔いはすっかり醒めていた。なぜかハンマーを持っていて、闘志みたいなものが湧いてきて、大暴れしたいって気持ちでいっぱいになった。そしたらどこからか、ギュンの声が聞こえたんだ。頼むぞ、ピュンってギュンが叫んだ。すごい音がして、煙が吹き出て、気がついたら所長の子分の狩人の奴らが俺をずらっと囲んでた。戦ったよ。俺は倒れるまで戦った。倒れたところでまたギュンの声がした。戻れ、ピュンって、そう叫んだ。そしたらまたどこかに閉じ込められていた。怪我は完璧に治って、闘志満々みたいな感じになって、で、またギュンが叫んだんだ。頼むぞ、ピュンって。あとはもうその繰り返しさ。気がついたら、って、なんかそればっかりだけど、俺は地面に倒れてた。そこら中に穴が開いていたけど、まあ、俺って頑丈だからなんとか立ち上がったよ。びっくりしたね。まわりにあの狩人の奴らがごろごろ転がってた。潰されてたんだ。ぺちゃんこだよ。あれはひどい有様だった」

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2016年2月22日月曜日

トポス(110) 所長は変身する。

(110)
「ギュンは巨人に変身した」と所長は言った。「エイリアン・テクノロジーを悪用して巨人になり、羚羊を追う狩人たちを踏みつぶして空へ逃れた。大宇宙の偉大な力がもたらす大いなる調和が乱された。だがわたしにも準備ができていた。いや、覚悟ができていたと言うべきだろう。わたしは空を見上げた。真昼の空に薄っすらと、大宇宙の偉大な力が浮かんでいた。大宇宙の偉大な力はそこからすべてを見ていたのだ。わたしは手を差し上げて、スーツを使う許可を求めた。わたしは許可を与えられた。超高空から機動ユニットが次々に投下されてわたしのからだを包み込んだ。わたしは全長八十メートルの戦闘メカと一体になった。わたしは両手を上げてバッファっと叫んだ。もちろん無意味な掛け声ではなく、プロセスを開始するためのコマンドだ。ロケットモーターの強烈なパワーがわたしの巨体を空へ、さらに大気圏外へと運び上げた。わたしはそこでギュンを見つけた。ギュンが放った光線をかわしながら光子魚雷を発射した。わたしはギュンに致命的なダメージを与えることに成功した。だがギュンの卑劣な攻撃によってわたしのスーツも重大な損傷を受け、兵器システムがダウンした。わたしは肉弾戦でギュンに挑んだ。ギュンの卑劣な反撃がスーツのロケットモーターを破壊した。もちろんわたしも反撃した。ギュンは逃れようと試みたが、わたしは腕をギュンの腕に絡みつけた。わたしとギュンは互いにもつれながら大気圏に向かって落ちていった」

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2016年2月21日日曜日

トポス(109) ギュンは変身する。

(109)
「わたしは常に科学的に思考する」とギュンはいつも話していた。「気温の急激な上昇と気圧の急激な変化から、地球の大気圏で重大な異変が発生していることに気がついた。危険な規模の天体が地表に向かって猛烈な速さで近づいていた。わたしの敵はついに一線を越えたのだ。だがわたしには準備ができていた。わたしはまず、わたしを囲む敵に向かってピュンを使った」
 ギュンが乳白色の玉を投げた。
「頼むぞ、ピュン」
 降り注ぐ弾がピュンを裂いた。
「敵がピュンに気を取られているあいだに、わたしはサングラスを取り替えた。外見はいつもかけているサングラスとまったく同じだが、その正体はサングラスではない。エイリアン・テクノロジーの研究成果を詰め込んだ究極の発明であり、わたしはそれをスーパーグラスと呼んでいた。スーパーグラスを身につけたわたしはまず胸の前で腕を組み、それから両手を空に向かって差し上げて、デュワっと叫んだ。もちろん無意味な掛け声ではなく、プロセスを開始するためのコマンドだ。そして変身のプロセスは叫ぶのと同時に完了し、わたしは身長八十メートルの巨人になった。わたしは所長の子分どもを踏みにじり、それから再びデュワっと叫んで飛び上がった。空を飛ぶことができるのだ。わたしはマッハ十五のスピードで成層圏まで飛び上がり、地球の大気圏にすでに突入していた小惑星を発見した。わたしは小惑星の進路に飛んで両手でこの天体の落下を食い止めた。そのまま大気圏外まで押し戻し、ラグランジュ点の彼方へ投げ飛ばした」

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2016年2月20日土曜日

トポス(108) 大宇宙の偉大な力が決断を下す。

(108)
「ギュンはピュンを盾に使った」と所長は言った。「予想はしていたが、ギュンの執拗さは、あるいはピュンの執拗さは、と言うべきかもしれないが、それはわたしの予想をはるかに超えるものだった。何度倒しても、ピュンは白煙とともによみがえった」
「頼むぞ、ピュン」
 ギュンが乳白色の玉を投げた。
 降り注ぐ弾がピュンを裂いた。
「戻れ、ピュン」
 ギュンが退き、所長が進んだ。
「頼むぞ、ピュン」
 ギュンが乳白色の玉を投げた。
 降り注ぐ弾がピュンを裂いた。
「戻れ、ピュン」
 ギュンが退き、所長が進んだ。
「頼むぞ、ピュン」
 ギュンが乳白色の玉を投げた。
 降り注ぐ弾がピュンを裂いた。
「戻れ、ピュン」
「一瞬で終わるはずの任務が予想を超えて長引いた」所長は言った。「やがて弾薬が尽きた。味方の損害も無視できない規模になった。わたしは直腸から這い上がる振動に強い怒りを感じ取った。大宇宙の偉大な力は怒っていた。言うまでもないが、ギュンの非道な行為に対して怒っていた。分不相応な力をあやつることで、ギュンは宇宙の平和を、大宇宙の偉大な力がもたらす調和を乱していた。大宇宙の偉大な力は決断を下した。小惑星帯を漂っていた全長四キロの小惑星がコースをはずれた。それは大宇宙の偉大な力が発する強力無比の牽引ビームに導かれて、一直線に地球を目指して突進した」

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2016年2月19日金曜日

トポス(107) ギュンと所長との戦いが始まる。

(107)
「準備はできていた」とギュンはいつも話していた。「わたしはエイリアン・テクノロジーを応用して新しい種類の武器を作り上げていた。外見は魔法玉に似ているが、概念はまったく異なっている」
 ギュンはその乳白色の玉を所長に向かって投げつけた。
「頼むぞ、ピュン」
 ギュンが叫ぶと玉がはじけて煙が上がり、煙の下からピュンが姿を現わした。狩人たちがピュンを狙って発砲を始め、所長もピュンに狙いをつけてミサイルや殺人光線を発射した。ピュンは倒されるまでハンマーを振るって狩人のうちの三人を倒した。蜂の巣にされて血を撒き散らしながら倒れると、ギュンが手を上げてもう一度叫んだ。
「戻れ、ピュン」
 ピュンが倒れた場所で煙が上がり、乳白色の玉がギュンの手に戻った。
「わたしはこれを、カプセル兵士と呼んでいる」とギュンはいつも話していた。「いまはまだ、一つのカプセルに一人しか入れることができないが、研究を進めれば一個軍団を収容することもできるようになるだろう。個人が軍隊を携帯できるようになる。誰でも、いつでも、そしてどこでも、戦争を始めることが可能になる。形勢が不利になったら、戻れと言うだけで撤退できる。しかもカプセルに戻れば損傷が自動的に修復される仕組みになっている。これは画期的な発明だ。戦争の概念そのものが、大きく変わることになるだろう。戦争という、言わば国家の占有物をわたしは人民に解放したのだ。わたしの名前は必ずや、歴史に刻まれることになるだろう」とギュンはいつも話していた。

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2016年2月18日木曜日

トポス(106) 所長はギュンに死を宣告する。

(106)
「わたしは自分が道具であることを常に誇っていた」と所長は言った。「ただの道具ではない。有能で、理念に対して忠実な道具だ。刑務所の秩序、経費削減、囚人の有効活用、宇宙の平和。いずれも殉じるだけの価値がある崇高な理念だ。たしかに一度は愚かしい復讐心や醜悪な猜疑心の奴隷となったが、認知行動療法の効果によって否定的な思考を克服することに成功した。いま、わたしの心は穏やかさを取り戻し、わたしの全存在は大宇宙の偉大な力に捧げられている。道具は正しい持ち主の手に戻ったのだ。そして正しい持ち主はわたしという道具を宇宙の平和を乱すギュンという名の怪物に向かって振り下ろした。しかし、ギュンは逃亡した。残念ながらわたしの準備は十分ではなかった。わたしは準備を整えながらギュンを探した。狩人たちの鷹の目が、すぐさまギュンの所在を探し出した。谷をはさんだ尾根の上の岩陰に狡猾な羚羊を見つけ出すように、そろいもそろった鷹の目がギュンの居場所を見つけ出した。わたしは狩人たちに出動を命じた。もちろんわたしが先頭に立った。わたしのからだのロボット部分は大宇宙の偉大な力によって改造され、わたしは無敵の存在となっていた。数々の兵器が埋め込まれ、いかなる目標も瞬時に破壊する力を備えていた。狩人たちがギュンを包囲し、わたしはギュンに死を宣告した」

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2016年2月17日水曜日

トポス(105) ギュンは邪悪な黒い力の庇護を求める。

(105)
「わたしにはわたしの物語がある」とギュンはいつも話していた。「この物語は波乱に富んでいて、このわたしですら先が読めないことがたまにあるが、それでも可能な範囲で先を読んで、必要だと思えば先手を打つ」とギュンはいつも話していた。「さしあたりの問題は所長とその一味だった。彼らはあきらかにわたしを抹殺しようとたくらんでいた。だからわたしは先手を打った」とギュンはいつも話していた。「わたしは所長の主治医からいつも情報を受け取っていた。そのために大金を使ったことは言うまでもないが」とギュンはいつも話していた。「そうしてもたらされた情報は使った金に見合うほど、十分に興味深いものだった。所長に関する認知療法の記録は所長がいわゆるアブダクションの犠牲者であることを明かしていた。つまり所長は直腸にプローブを挿入されて、エイリアンにコントロールされていたということだ。エイリアンがわたしを狙う理由については、いくらか思い当たる節があった」とギュンはいつも話していた。「わたしは自分が危険にさらされていることを理解した。そしてただちに必要な選択をした。邪悪な黒い力に庇護を求めたのだ。わたしは庇護を必要としていたが、同時にわたしは、自分が必要とされることも理解していた。邪悪な黒い力はもちろんわたしを受け入れた」とギュンはいつも話していた。「言うまでもなく、わたしを必要としていたからだ。邪悪な黒い力は政府が秘匿していたエイリアン・テクノロジーを手に入れていた。そしてエイリアン・テクノロジーを研究して、活用できる有能な人間を探していた。つまりわたしだ。わたしはただちに研究に取りかかった。そして不可能を可能にした」とギュンはいつも話していた。

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2016年2月16日火曜日

トポス(104) ヒュン、冒険の仲間とともに旅に出る。

(104)
 運命に招かれて、ネロエの声と影に導かれて、ヒュンの新たな旅が始まった。物語を完成させる旅が始まった。旅が終わりに達したとき、物語は完成する。疑いを抱く理由はない。かけらほどの理由もない。では、旅はどこで終わるのか。どこでどのように終わるのか。過剰な飲酒のせいでヒュンは肝臓に問題を抱えていた。遺伝的に高脂血症に陥りやすい傾向があり、動脈硬化の危険が常に指摘されていた。いまここで、この瞬間に、ヒュンは小さな血栓が原因で死ぬかもしれない。だとすれば、ヒュンの物語はそこで終わる。ヒュンの背後を進むクロエがいきなりショットガンの引き金を引くかもしれない。そうなれば、ヒュンの物語はそこで終わる。なぜヒュンの背後でショットガンを構えていたのか、なぜショットガンの引き金を引いたのか、クロエは自問するだろう。たとえどのような答えを得ても、クロエの心が晴れることはないだろう。そして偽りの涙がクロエの目からこぼれるだろう。しかしそのときには、物語はすでに終わっている。もちろん、どうしても何かが起こらなければならないというわけではない。ただ旅立ちを見送って幕を引いて、続編への期待を託して終わらせることも不可能ではない。そのような種類の誘惑と戦うのは、それほど楽な仕事ではない。

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2016年2月15日月曜日

トポス(103) ヒュン、クロエと再会してネロエに導かれる。

(103)
 蛮族が暮らす町の広場で、クロエとキュンはヒュンを見つけた。赤い羽根飾りがついた帽子をかぶって、腰に剣を吊るしてぶらついていた。蛮族の娘を見ると笑みを浮かべて声をかけ、蛮族の男を見ると剣を抜いて斬りかかった。ヒュンが剣を抜いて斬りかかるとまわりの男たちも剣を抜いて、相手かまわずに斬りかかった。剣戟の音が広場に響き、しばらくのあいだ打ち合ってから全員で酒場にもぐり込んで飲み始めた。ヒュンも蛮族のおごりで酒を飲んだ。酔っ払うとテーブルの上に立って剣を抜いた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
 クロエが酒場に乗り込んでいった。ショットガンを腰で構えて、ヒュンの頬を平手で打った。
「飲んだくれ」クロエが叫んだ。
 ヒュンがクロエの頬を叩いた。
「ろくでなし」クロエが叫んだ。
 ヒュンがクロエの頬を叩いた。
「あんたなんか、死んじまえ」
 クロエがショットガンをヒュンに向けた。
「俺には、おまえだけなんだ」
 ヒュンがクロエを抱き寄せた。クロエの頬を涙が伝った。
 二人の前にネロエの姿が浮かび上がった。顔が蒼白で、背後がわずかに透けて見える。
「わたしはネロエ」とネロエが言った。「泉の精霊の力を借りて遠くからあなたがたに話しかけています。あのとき祭壇に横たえられたヒュンを、わたしは蛮族の地に送りました。あのとき祭壇で命を奪われたのは、ヒュンの身代わりとなった蛮族の男だったのです。さあ、何を待っているのですか。立ち上がるときが訪れました。邪悪な黒い力は世界をしたがえ、人々は暗黒の支配に慣れ始めています。時間はもう、残されていません。邪悪な黒い力を一刻も早く倒さなければなりません。運命が招いています。ヒュン、あなたの物語を完成させるときが来ているのです」
 ヒュンが腰の剣を抜き放った。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」

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2016年2月14日日曜日

トポス(102) 千年にわたる平和と繁栄の時代は終わりを告げる。

(102)
 それから三年後、クロエとキュンは蛮族が暮らす土地を目指して海辺の道をたどっていた。風が荒び、波が泡立ち、吹き寄せるしぶきが道を濡らした。千年にわたる平和と繁栄の時代は終わりを告げ、世界は邪悪な黒い力にしたがっていた。勇者は倒れ、王たちは国を追われ、あらゆる場所で無法と暴力がはびこっていた。司法は機能を失い、通貨は信用を失い、経済はことごとくが地下にもぐり、国家は税収を失って次々に死に絶え、職を失った公務員はいまや邪悪な黒い力の配下となって前と同じ仕事を続けていた。邪悪な黒い力は光を追いやり、治安と秩序を回復し、通貨の信用を取り戻した。人々が暗黒の支配の下でなんとか生活を取り戻すと予言者たちが現われて、再び聞けっと叫び始めた。運命によって選ばれた勇者が世界を救うために立ち上がろうとしているという。邪悪な黒い力を討ち倒して、千年にわたる平和と繁栄の時代をもたらすという。その勇者はどこにいるのか、どこからやって来て、そしてどのように戦うのか。人々がたずねると予言者たちは南の方角を指差した。勇者ははるか南の蛮族が住む土地にいるという。そこで目覚めのときが来るのを待っているという。目覚めのときはいつ来るのか。人々はたずねた。間もなくだ。予言者たちは声をそろえた。

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2016年2月13日土曜日

トポス(101) クロエは心に強い痛みを感じている。

(101)
 徴募兵たちの腕が四方から伸びてヒュンを捕えた。ヒュンは酔っ払いの目でギュンを見上げて、もつれた舌を動かした。
「あんた、誰だっけ?」
 徴募兵たちはヒュンを抱えて、石から切り出した祭壇に運んだ。手足を縛って祭壇の上に横たえた。ギュンがヒュンを見下ろしていた。ヒュンが再び口を開いた。
「あんた、知ってるぞ」
 ピュンが駆け寄ってヒュンの口にぼろを詰め込んだ。ギュンがナイフを取り出して、ヒュンの前髪を切り落とした。同じナイフを横たわったヒュンの胸にあてがった。
 クロエは見ていた。クロエは心に強い痛みを感じていた。しかしこの痛みは新たな怒りの苗床になるに違いない。からだの奥から湧き上がるであろう怒りを思って、クロエはまぶたを暗くしながら見守っていた。
 ギュンがナイフを突き立てた。ヒュンの心臓に向かってまっすぐに鋭いのナイフを突き立てた。まわしながら引き抜いて、血にまみれたそれをピュンに渡した。ピュンもナイフを突き立てた。ヒュンのからだに向かって二度三度と、勢いよくナイフを突き立てた。
 徴募兵たちが歓声を上げた。クロエの合図で督戦隊が前に進み、徴募兵の軍団が荒れ野に向かって進撃を始めた。

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2016年2月12日金曜日

トポス(100) ギュンは復讐の機会を作り出す。

(100)
 新たに編成された軍の兵士たちは武器も装備も与えられていなかった。制服も与えられていなかったので徴募されたときのままの格好で、突然降りかかった身の不運を飽くこともなく嘆いていたが、そこへクロエがやって来て全軍に出動を命令した。悲嘆の叫びが次々に上がり、クロエの合図で黒い棍棒を握った督戦隊が前に進んだ。このとき、聞けっと叫ぶ声が上がった。スキンヘッドに黒眼鏡をかけた予言者が徴募兵のあいだに立ち上がり、もう一度聞けっと叫んで杖を振った。
「迫っているぞ」とギュンは言った。「化け物の軍団が迫っている。襲い来れば逃れる手段は一つもない。逃れようと試みれば、背後から命を奪われる。家も土地も奪われて、役場は新たな所有者となった化け物の群れでにぎわうであろう。おまえたちには、もはや戦う道しか残されていない。運命を嘆くな。武器がない、制服がない、靴すらもないと言って嘆くのはやめろ。運命を受け入れ、覚悟を決めて戦いに臨め。勝機はある。しかるべき生け贄を捧げ、神々を味方につけるなら、おまえたちは戦場で勝利を得るであろう。醜悪な怪物どもを滅ぼして、大地の肥やしとするであろう」
 ならば生け贄を、と兵士たちが口々に叫んだ。勝利をもたらす生け贄を、と兵士たちが口々に叫んだ。
「聞けっ」ギュンが叫んだ。「神々はそこにいる、その男をご所望だ。運命を受け入れた者、この国の王であった者、その者を生け贄にご所望だ。その者を捧げれば、神々は輝く勝利をもたらすであろう」
 叫びながら、ギュンはヒュンを指差していた。

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2016年2月11日木曜日

トポス(99) 所長はギュンとピュンを追跡する。

(99)
「骨盤が震えていた」と所長が言った。「大宇宙の偉大な力が、わたしの骨盤を激しく震わせていた。背筋を這い上がる振動の大きさから、終局が近づいている、とわたしは悟った。そしてそれを裏付ける報告を狩人たちが持ち帰った。険しい山で、霧に濡れた岩肌を駆けて、命を賭けて、俊敏な羚羊を追うことに慣れた狩人たちは、町の家並みを屋根から屋根へと自在に伝って、その卓越した視力を駆使して眼下で起こる一切を認め、異変を確実に読み取った。町はずれの兵営の庭にギュンとピュンがいるという。しかもヒュンまでいるという。知らせを受け取ったとき、わたしはわたしの所管で発生した損害の概算を算定しようとしていたが、ただちに仕事を投げ捨てて外へ飛び出した。飛び出したとたんに黒い棍棒を持った男たちが群がってきた。わたしはわたしの権威に訴えて道を開けるように要求したが、男たちは要求を受け入れる代わりに棍棒を振り上げて襲ってきた。囲まれていたので逃げ場はなかった。だがわたしには大宇宙の偉大な力がついていた。一瞬のうちに、まさしく一瞬のうちに、わたしの肛門から強力な武器を備えた腕が飛び出し、青白い光で強制徴募隊を焼いていった。機械の腕がもとの場所に収まると、わたしは兵営を目指して走り始めた」

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2016年2月10日水曜日

トポス(98) ピュンはギュンを追跡する。

(98)
「ギュンが変な格好をして、血相変えて走ってた」とピュンは言った。「あれは、ミュンのところの予言者が着ていた服だ。俺もミュンからもらったけど、なんかしっくりしないんで着なかった。捨ててなけりゃ、まだどこかにあると思うけど。でも、そんなことより、おっさんがどこへ向かっているのかが気になった。何かをたくらんでるのに違いないって思ったね。俺はおっさんを追って飛び出した。まわりには強制徴募隊がうようよいたけど、あいつらの目をごまかすのは簡単だった。逃げ隠れするから追われるんだ。あいつらと一緒になって、そこにいるぞ、とか、やつを捕まえろ、とか、向こうへ逃げたぞ、とか叫んでれば、まず気がつかない。俺のことを勝手に仲間だと思うんだ。制服を着てるかどうかなんて関係ない。とにかく俺はあっちこっち指差して叫びながら、裾をばたばたさせて突っ走ってくおっさんを追った。おっさんが馬車を追いかけているのはすぐにわかった。しばらくしてから、その馬車にヒュンがいるのに気がついた。馬車は兵営に向かってた。馬車が兵営の門をくぐると、おっさんもそのまま入っていった。俺も入った。兵営の庭にはすごい数のひとがいたよ。みんな、強制徴募された連中だ。あんなにたくさんの惨めな顔は、俺は見たことがなかったね」

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2016年2月9日火曜日

トポス(97) ギュンはヒュンを追跡する。

(97)
「ヒュンが運ばれていくのをわたしは見た」とギュンはいつも話していた。「その瞬間、千載一遇の機会が訪れたのだと直感した。わたしはすぐさま部屋に戻って、予言者の衣装を取り出した。ミュンと仕事をしていたときに、制服としてミュンから与えられたものだった。粗織りの生地で、縫製もぞんざいで、見た目にも着心地が悪そうだったし、なによりもわたしの趣味にあわなかった。だから一度も袖を通したことがなかったが、捨てずに取っておいたのは、これがいつか役に立つ日が来るかもしれないと考えたからだ。まさしくその日がやって来た」とギュンはいつも話していた。「わたしは予言者の衣装を身にまとってすぐに外へ飛び出した。まわりには強制徴募隊が山ほどもいたが、彼らは予言者の衣装を着たわたしにはほとんど注意を払わなかった。しかし、これは意外なことではない」とギュンはいつも話していた。「冷酷非情な徴募隊も所詮は観念の奴隷であり、先入観にしたがって判断を自動化させていた。彼らが求めていたのは徴兵可能な市民であって、予言者の格好をしたアウトサイダーではなかったのだ。わたしはこれを見越していた。だからわたしは強制徴募隊にわずらわされることなく、まっすぐにヒュンを追うことができたのだ」とギュンはいつも話していた。

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2016年2月8日月曜日

トポス(96) ネロエは義勇軍への参加を呼びかける。

(96)
 軍が全滅したので新しい軍が必要になった。化け物の軍団が迫っている状況では、通常の手順で兵士を集める猶予はなかった。ネロエはテラスに立って演説をして、義勇軍への参加を呼びかけた。多くの市民が義勇軍に志願した。クロエは強制徴募隊を組織して国の各地に送り出した。クロエの強制徴募隊は屈強の下士官で構成され、黒い棍棒で武装して、いかなる躊躇もなしにあらゆる扉を蹴破って、そこにいた者を容赦なしに徴募にした。夕食の祈りを捧げているところへ飛び込んで一家の主人と長男を捕え、工場に出勤してきた工員たちを包囲して全員を軍隊送りにした。病院に押し入って開腹手術中の医師と看護師を徴兵し、もちろん患者のほうも徴兵して、棍棒で小突いて自分の足で歩かせた。あまりの乱暴狼藉ぶりに多くの市民が怒りを抱き、徴募隊を囲んで抗議した。中には石を投げつける者もいた。徴募隊が脅威を感じると、すぐにキュンが出かけていった。羊飼いの杖の先で地面を叩くと抗議する者はいなくなった。強制徴募隊は義勇軍の募兵事務所にも突撃した。事務員や義勇兵をまとめて捕えて軍隊に送った。繁華街では道を封鎖して、路上にいる者を片っ端から捕えていった。酒場にも踏み込んで、酔っ払いを引っ張っていった。抵抗する者は棍棒で殴った。抵抗した者の中にヒュンがいた。したたかに酔っ払って剣を抜き、徴募隊の隊員たちに斬りかかった。徴募隊はヒュンを殴って昏倒させた。残りの酔っ払いと一緒に馬車に詰め込んで町のはずれの兵営に送った。

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2016年2月7日日曜日

オデッセイ

オデッセイ
The Martian
2015年 アメリカ/イギリス 142分
監督:リドリー・スコット

火星有人探査計画アレス3の6人のクルーが火星で探査活動をしていると予報をうわまわる規模の嵐が発生して指揮官メリッサ・ルイスは軌道上の宇宙船ヘルメスへの退避を命令、ただちに撤収作業が開始されるが、MAVへと移動する途中で植物学者マーク・ワトニーが通信アンテナの倒壊に巻き込まれて吹き飛ばされ、センサーはマーク・ワトニーの宇宙服が損傷したことを示し、それでもメリッサ・ルイスはマーク・ワトニーを探し出そうとするものの、MAVにも転倒の恐れが出たことから残った5人で火星から脱出、ヘルメスに乗り込んで地球への帰途に着き、一方、生き残ったマーク・ワトニーは砂から這い出して探査用の施設に戻り、次の有人探査船が火星を訪れる4年後まで生き延びるために植物学者としての知識を生かして排泄物で土壌を改善して植物を育て、マーズ・パスファインダーを発掘して地球に連絡を取り、すでに衛星からの観察でマーク・ワトニーの生存を知っていたNASAは救援のための活動を開始する。 
マーク・ワトニーがマット・デイモン、メリッサ・ルイスがジェシカ・チャステイン、アレス3のクルーがほかにマイケル・ペーニャやケイト・マーラ、NASAがショーン・ビーン、キウェテル・イジョフォーなど。状況と状況への対処があるだけで、全体として陽性で前向きという特徴はあるものの、悪い意味でのプロットはない。そしておそらくそこが幸いしてリドリー・スコットは状況全般と個別の状況をうまい具合に視覚化している。視覚的な素材に人間をぶら下げるのはうまいが、視覚的な素材がないところに人間だけを放り込むと、この監督はたぶんその途端に関心を失う(中国市場を意識したシーンのことさらな退屈さがそれを証明していると思う)。マット・デイモンは好演を残し、ほかの俳優陣もみないい感じの仕事ぶりで、視覚的にもよくこなれているということであれば、こちらにはまったく文句はない。ただ、ヘルメスの爆弾はよくわからない。あくまでも素人の感想だが、気圧を上げてハッチを開ければ済むような気がするし、あの減速をする前には回転部を停止したほうが安全ではなかったか、という気もする。 


Tetsuya Sato

2016年2月6日土曜日

トポス(95) 怪物の軍団が迫り、軍が出撃する。

(95)
 ネロエはヒュンを城に迎えた。ヒュンは光り輝く王冠をかぶり、テラスに立って演説した。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
 ネロエはヒュンを急き立てた。化け物の軍団が迫っていた。国を守るためには軍を組織し、兵士たちを訓練して戦争の準備を整えなければならなかった。ヒュンはクロエとキュンを軍司令官に任命した。偵察が戻って化け物の軍団の位置を知らせた。すでに国境が侵されていた。続いて戻った偵察が被害を知らせた。民間人が殺害され、家や畑が荒らされていた。クロエは出撃を命令した。幕僚たちは反対した。兵士たちの訓練がまだ終わっていなかった。キュンは自分のまわりに幕僚を集めた。羊飼いの杖の先で地面を叩くと反対する者はいなくなった。クロエは軍を出撃させた。徴兵されたばかりの兵士たちはろくな装備も与えられずに送り出されて、荒れ野で化け物に包囲されて全滅した。無数の死体が転がったが、それでもクロエの心は晴れなかった。
 軍が全滅していたとき、ヒュンは赤い羽根飾りがついた帽子をかぶり、腰に剣を吊るして町の広場をぶらついていた。失望の目を向ける者には剣を抜いて斬りかかった。非難の目を向ける者にも剣を抜いて斬りかかった。酒場にもぐり込んで友達を作り、友達のおごりで酒を飲んだ。酔っ払うとテーブルの上に立って剣を抜いた。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」

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2016年2月5日金曜日

トポス(94) ネロエは合唱隊と対立する。

(94)
 仮面をつけた合唱隊が城の中庭に整列した。
「ああ、嘆かわしき宿命よ、
「そなたは悪しき竜に力を与え、
「王を、国を悩ませた。
「悪がはびこり、善が倒れた。
「勇者が竜の首を断ち切るまで、
「悪がはびこり、善が倒れた。
「ああ、嘆かわしき宿命よ、
「そなたは勇者を王に変えた。
「無為と無策の二柱で、
「国を、民を悩ませた。
「無知がはびこり、知恵が押された。
「怒りの民が立ち上がるまで、
「無知がはびこり、知恵が押された。
「ああ、嘆かわしき宿命よ、
「そなたは新たな王を与えた。
「新たな王には血も肉もない。
「新たな王には心もない。
「ただ呪いを運び、国と民とを悩ませた。
「新たな呪いを迎えるまで、
「国と民とを悩ませた。
「ああ、嘆かわしき宿命よ、
「そなたは呪いをこの国に与えた。
「女に導きの手を与え、
「国に道を誤らせた。
「悪がはびこり、善が倒れた。
「無知がはびこり、知恵が押された。
「呪いを広げ、国と民とを悩ませた。
「ああ、嘆かわしき宿命よ、
「そなたは勇者を呼び戻した。
「勇者よ、そなたは王となるのか。
「女よ、そなたはどこへ行くのか」
「気になるのですか?」
 ネロエが呪文を唱え始めた。

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2016年2月4日木曜日

トポス(93) ネロエは古老たちと対立する。

(93)
 伝令がやって来てネロエの前にひざまずいた。
「国王陛下がご帰還召されました」
「そのことなら、知っていました」
「この喜ばしい知らせを誰かが携え、わたしよりも先にお知らせしたのでしょうか。それとも耳ざとい小鳥の群れが舞い降りて、そのお心にささやいたのでしょうか。あるいはうたた寝のあいだの夢に幻をご覧になったのか、それとも知らせを得る必要もなく、そもそもあらゆることにお詳しいのか」
「松明の炎のまたたきがひとの目や口よりも雄弁に語り、昨夜のうちに知らせを運んできたのです。各地に置かれた見張りの者が道を見張り、旅人が肩を休める木陰を見張り、獲物を求める獅子のように一つの影を探し求め、探し当てた目ざとい者が夜空に向かって最初の松明を掲げると、合図を認めた者が自分の松明を掲げて次の者に合図を送り、次の者から次の者へと、息切れを知らない火の伝令をこの国に向かって走らせたのです。わたしは知らせを受けて祭壇の前に立ちました。そして残る道中のご無事を祈願しました。するとそこへ古老たちがやって来て、なぜ祭壇の前にいるのか、何を祈っているのかとたずねたのです。わたしはいまお話ししたことを、そのままの言葉で古老たちに伝えました。古老たちは笑いました。小さな炎のまたたきを見て、疑問も抱かずにただ思い込みで判断を下すとは、女の気持ちから出る女の浅知恵であると言って笑ったのです。女の身であるわたしをあざけり、笑ったのです。わたしは邪悪な黒い力の影を感じました」
「そのようなところにまで邪悪な黒い力の影を感じていては、この世の中は成り立ちません。女の知恵は浅いもの、そして古老たちにはまず敬意を払うもの。ところで古老たちはいまどこに?」
「気になるのですか?」
 ネロエが呪文を唱え始めた。

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2016年2月3日水曜日

トポス(92) ヒュン、国王になる。

(92)
 ヒュンはクロエとキュンとともに街道を南へ進んで大きな町にたどり着いた。
「ここはなんだか、見覚えがあるな」とヒュンが言った。
「あんた、ここで王様をやってたろ」とキュンが言った。
「あんたがあたしを捨てたところよ」とクロエが言った。
「で、ロボットに拾われたんだよな」とキュンが言った。
 クロエがキュンの頬を叩いた。
 キュンがクロエの頬を叩いた。
 ヒュンがキュンの頬を叩いた。
「勝手に手を出すんじゃねえ」とヒュンが言った。
「先に叩いたのは俺じゃねえ」とキュンが言った。
「何度でも叩いてやるからね」とクロエが言った。
「なあ」キュンが町の広場を指差した。「様子が変だ。兵隊が集まってる。いったい何が始まってるんだ?」
 ヒュンがキュンの頬を叩いた。
 クロエがキュンの頬を叩いた。
「何しやがる」キュンが叫んだ。
 広場にいた兵隊や市民がヒュンのまわりに集まってきた。王様だ、とつぶやく声が聞こえた。王様が戻ってきた、とつぶやく声が聞こえた。つぶやきはすぐにさざなみになり、さざなみがさらに多くの者を引き寄せた。
 台の上に予言者が立った。聞けっと叫んで唾を飛ばした。
「王国が存亡の危機を迎えている。だが案ずるな。いまここに伝説の勇者が訪れた。我らを窮地から救うために、邪悪なドラゴンを倒したあの勇者が、我らの王が帰ってきた」
 王様万歳、と予言者が叫んだ。王様万歳、と市民が叫んだ。

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2016年2月2日火曜日

トポス(91) 所長は激しい怒りを感じている。

(91)
「わたしは大宇宙の偉大な力にしたがっていた」と所長は言った。「直腸から語りかける声が骨盤を震わせ、背骨を伝って頭の中で響いていた。その声にあらがうことはできなかった。わたしは声にしたがうことであらゆる疑念から解放され、ただひたすらにギュンとピュンとを追い求めた。ギュンとピュンを追って迷宮に踏み込み、そこでいくらもしないで慄然とする思いを味わった。忘れてもらっては困るが、わたしは監獄の責任者であり、監獄に付属する迷宮も、当然ながらわたしの管理下にある。その迷宮の壁に穴が開いていた。いくつもの穴が開いていた。穴の向こうにも穴があった。破壊の痕跡を見れば、壁が要求仕様を満たしていないことはあきらかだった。公開入札で落札した得体の知れない外国企業が手抜き工事をしていたのだ。誰かが袖の下を受け取って、わたしの迷宮の壁をボール紙で作ったのだ。わたしは強い怒りを感じた。わたしの怒りはギュンとピュンに向かっていった。わたしはギュンとピュンを探して通路を進み、そこで再び慄然とする思いを味わった。迷宮の怪物たちが死体になって転がっていた。監獄が国家から供用されている怪物たちが殺されて、死体になって転がっていた。国有財産が死体になって転がっていた。わたしは短時間のうちに重大な不正の証拠と重大な損失の証拠に遭遇した。わたしは激しい怒りを感じた。怒りの矛先をギュンとピュンに向けていった。ギュンとピュンをなんとかしなければならなかった。そしてもちろん、ヒュンをなんとかしなければならなかった」

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2016年2月1日月曜日

トポス(90) ピュンは迷宮から脱出する。

(90)
「所長が裏切るのはわかってたけど」とピュンは言った。「正直言って、あんな風に出てくるとは全然思っていなかった。大宇宙の偉大な力ってなんなんだよ。はっきり言って、反則だよな。だからギュンも俺も泡食って、とにかく迷宮に逃げ込んだんだ。ほかに隠れられそうな場所がなかったからな。俺よりもギュンのほうが慌ててた。あのおっさん、血相変えて、俺を突き飛ばして逃げてったよ。歳の割にはさ、なんか打たれ弱いみたいだな。いまいち苦労が足りないっていうのか、まあ、俺と比べてもしょうがないけど。迷宮がなんか変だってことには、すぐ気がついた。壁の模様が俺の実家のトイレの壁紙と同じだったんだ。ためしに体当たりしたらへこんだんで、これはこのまま逃げられるって思ったんだ。片っ端から穴を開けて進んでいったら出られたよ。実は途中でヒュンを見かけた。ショットガンの女と杖を担いだ小僧が一緒だった。やばいって思ってすぐ隠れた。それから町まで戻って隠れ家を探した。さすがの俺でもちょっと考える時間が必要だった。ヒュンをなんとかしなけりゃならなかった。所長と、それからあの子分どももなんとかしなけりゃならなかった」

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