2015年4月30日木曜日

Plan-B/ 黒衣

S5-E02
黒衣
 町に黒衣の男が現われて、夜ごとに子供をさらっていた。黒衣の男は神出鬼没で、いまは路上にいたかと思えば次の瞬間には屋根に移り、そうかと思うとどこかの家の子供部屋に現われて子供の寝顔を見下ろしていた。町の人々が総出で見張っていても、黒衣の男を捕えることはできなかった。子供が次々とさらわれるのを阻むことはできなかった。だが勇敢な子供がいた。その子はナイフを隠して寝台にもぐって、黒衣の男を待ち構えた。幾晩も幾晩も、ナイフを握って黒衣の男がやって来るのを待ち続けた。ついに黒衣の男が現われた。黒いマントを広げて覆いかぶさってきたところを、隠し持ったナイフで切りつけた。黒衣の男が絶叫した。窓が震え、窓のガラスにひびが走った。黒衣の男は胸にナイフを突き立てたまま、その子の部屋から飛び出した。路上に下りたところを町の人々に見つかった。町の人々は息を呑んだ。黒衣の男はマントの下に何本もの腕を隠していた。いくつかの腕で、さらったばかりの子供を抱えていた。黒衣の男は子供を捨てて闇に逃れた。

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2015年4月29日水曜日

Plan-B/ 壁

S5-E01
 手をついたとたんに腕を壁に吸い込まれた。一瞬で肩まで埋まって、頬を壁に押しつけている。抜け出せない。身動きができない。肩から先の感覚がない。それでもからだを引き寄せる強い力は感じている。顔がめり込んだ。頬の感覚が消えていく。視野が狭まり、思考が凍りついていく。恐怖が消えた。口も消えた。あとには染みも残らない。

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2015年4月28日火曜日

Plan-B/ 目次

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なお、Season-5以降のリンクはまだ作成されていません。公開しながら順次追加していく予定です。
 Plan-B 目次

2015年4月27日月曜日

Plan-B/ 美女

S4-E33
美女
 宇宙からやって来た怪物たちが森のはずれの湖に宇宙船を隠していた。夜になると浮上して、近くの町に偵察を送って若い娘の写真を撮っていた。集めた写真を囲んで協議して町一番の美女を投票で決め、町一番の美女に選ばれた娘をさらうために、ある晩、全員で出撃した。ところが森を抜けていくあいだに一匹、また一匹と消えていく。その森には殺人鬼の一家が潜んでいた。宇宙から来た怪物が地球人の娘をさらおうとしているところを見かけると、追いつめて残忍な方法で殺していた。地球防衛の第一線にいることを、一家はとても誇っていた。

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2015年4月25日土曜日

インヒアレント・ヴァイス

インヒアレント・ヴァイス
Inherent Vice
2013年 アメリカ 148分
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン

トマス・ピンチョン『LAヴァイス』(2009)の映画化。前作『ザ・マスター』の感想でわたしは「次回作は静物を二時間映しておしまい、ということになるのではないか、と実はちょっと恐れている」と書いたが、幸か不幸か(たぶん不幸にして)そういうことにはなっていない。独りよがりで精彩に乏しいピンチョンの世界が全編にわたって薄っぺらく貼りつけられていて、独りよがりで精彩に乏しくて薄っぺらであるという点においてきわめてピンチョン的である一方、映画的であろうとする努力は完全に放棄されている。『インヒアレント・ヴァイス』が仕上がりがこうであることから逆算すると、実は『ザ・マスター』もすでにそうであった可能性も疑いたくなる。ピンチョンに対する批評性が昂じた結果、こうなっているのではないかといちおう疑ってはみたが、その可能性は乏しいと思う。この恐ろしく空虚な仕上がりは映画的な再現よりも「文学的な」かつ直接的な再話を試みた結果であろう。いずれにしてもこちらは寝ぼけたようなダイアログが投げ出された冒頭数秒で「ヒッピーが、ヒッピーが来る」と拒絶反応を起こしていた。この二時間半はかなり長い。 

追記:造形性でしか判断しない、というこちらの習性と、意図的に造形性が放棄されているように見えるこの映画の性格が噛み合っていないという可能性を考えている。つまり見た目の退屈さは別としても、見方を間違えているのではないか、という可能性を疑っている。画面の作りにしても俳優の演技にしても、とにかくどうにも釈然としない。立体性に欠けた絵は過去を遠くに見ているのか。まるでホームムービーの中の一般人のような演技は何を意味しているのか。もしかしたらこれはピンチョンという型を借りた反映画的な試みなのか。あれやこれやと考えるけど、どうにも始末が悪くて困っている。


Tetsuya Sato

Plan-B/ 悲鳴

S4-E32
悲鳴
 宇宙服に身を包んだ美女がとある惑星の岩の上に立っていた。ヘルメットの留め具に指を伸ばして、金属製の留め具を一つ、また一つとはずしていって、ヘルメットを頭からはずすと金色をした豊かな髪を揺らし始めた。そこへ醜悪な怪物が現われて、背後から美女を抱き締めた。美女は悲鳴を上げて抵抗した。怪物は一つしかない巨大な目玉でまばたきをしながら、腕とも触手ともつかない器官で美女の胸と下腹をまさぐった。美女の宇宙服が裂けていった。まず腿があらわになり、続いて胸があらわになった。美女が再び悲鳴を上げ、男たちは光線銃で怪物の目玉を狙いながら、状況の進展を見守っていた。

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2015年4月24日金曜日

Plan-B/ 蚊

S4-E30
 宇宙人を乗せた宇宙船が沼沢地に墜落した。宇宙人は瀕死の重傷を負って宇宙船の残骸から這い出して、そこで蚊の大群に襲われた。宇宙人は自らが背負う罪の重さを嘆きながら絶命し、宇宙人の血を吸った蚊は巨大化して近くのキャンプ地に襲いかかって、不純異性交遊中の男女多数を血祭りにあげた。知らせを聞いて警官隊が出動したが、歯が立たない。害虫駆除業者も全滅した。やがて軍隊が到着し、攻撃用ヘリコプターの編隊が森の上空で蚊の大群に遭遇した。ヘリコプターの機関砲が回転を始め、国立公園の空にミサイルが飛んだ。

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2015年4月23日木曜日

Plan-B/ 塵

S4-E31
 シーツの上に黒い染みが広がっていった。男が指で染みに触れると、染みが男の指に飛びついた。手の甲を駆けて、腕をすばやく包み込んだ。染みのように見えていたのは巨大化したダニの大群だった。男は腕に痛みを感じた。払いのけようとしたが、無数のダニがすでに腕に食い込んでいた。ダニが腕を食い散らす。男は絶叫を上げながらダニが群がるシーツに倒れ込んだ。

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2015年4月22日水曜日

Plan-B/ 冷気

S4-E29
冷気
 新しく借りた部屋で最初の夜を過ごしながら、彼女は冷気が下りてくるのを感じていた。夏だというのに彼女は毛布を重ねて寒さをこらえ、朝になると階段を駆け下りていって管理人の部屋のドアを叩いた。原因はたぶん真上の部屋にある。管理人の老人は鍵の束を引っ張り出して彼女と一緒に階段を上がった。彼女の部屋の真上の部屋のドアを叩いて、なかに向かって声をかけた。返事はない。管理人の老人が肩をすくめた。しかしそうしているあいだにもドアの隙間から強い冷気が噴き出してくる。それを彼女が指摘すると管理人の老人は鍵束を開いて鍵を出した。何事かをつぶやきながら鍵穴に鍵を差し込んで、部屋のドアを押し開けた。部屋のなかは凍っていた。壁も棚も薄氷で覆われ、机や椅子の端からは小さな氷柱が下がっていた。部屋に足を踏み入れると、足の下で氷が割れる音がした。彼女の息が白くなる。天井に開いた大きな穴から様々な太さの白い管がぶら下がって、互いに絡み合いながら男を絡め取っていた。凍りついた男の顔でまぶたが動いて、濁った目が彼女を見下ろした。管に並んだ吸盤が見える。管だと思ったものは触手だった。触手の束がゆっくりと動いて、凍った男を引き上げていった。触手が消えると天井に開いた穴も消えた。凍った部屋が溶け始めた。家具や壁から水がしたたり落ちていった。管理人の老人がまたなにかをつぶやいている。彼女は自分の部屋に駆け下りていって、天井が濡れているのを確かめてから電話で不動産屋を呼び出した。

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2015年4月21日火曜日

Plan-B/ 鼓動

S4-E28
鼓動
 モニターのなかで絵が鼓動するのを感じて、男は期待に胸をふくらませた。両手を絵に近づけて体温を感じた。絵が動き出して、男の指に触れていく。男は絵に指を這わせて、肌の感触を味わった。絵が盛り上がった。襞の動きが男の指を包み込んだ。男が前にのめり出し、額をモニターに押しつけていく。

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2015年4月20日月曜日

Plan-B/ 懐胎

S4-E27
懐胎
 女は虚ろな夢から覚めて腹のあたりに痛みを感じた。なにか、しこりのようなものがある。触っていると、それが膨らんできた。女は恐怖を感じて起き上がった。明かりをつけて、Tシャツの裾をまくり上げた。へその下が盛り上がって、黒ずんだ皮膚から血が垂れていた。滲み出る血に指が触れた。痛みが背中を這い上がって頭の奥を締めつけた。女のからだが寝台に倒れ、背を反らして痙攣した。膨れ上がった腹に裂け目が走り、裂け目を大きく広げながら太った手が現われた。血まみれの頭が起き上がり、続いてからだが女の腹からこぼれ落ちた。

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2015年4月18日土曜日

ワイルドスピード SKY MISSION

ワイルドスピード SKY MISSION
Furious Seven
2013年 アメリカ 138分
監督:ジェームズ・ワン

前作でドミニク・トレット一味に袋にされたオーウェン・ショウの兄デッカード・ショウが復讐に乗り出して、手始めにホブスのオフィスに現われて情報を集め、ブライアン・オコナーの自宅を吹っ飛ばし、さらにドミニク・トレットの前に現われてチキンレースを挑むので、デッカード・ショウとかねてより戦争状態にあった名無しの人物が現われてドミニク・トレットに協力を申し出て、というか協力を求め、デッカード・ショウを探すためには神の目のチップが必要であり、その開発者である天才ハッカーはコーカサスのどこかでテロリストに捕らわれているので救出しなければならない、という話になり、ドミニク・トレットの一味がコーカサスまで出かけていくと探すまでもなくデッカード・ショウがそこに現われ、チップを追ってアブダビへ出かけていくとそこでも探すまでもなくデッカード・ショウが現われ、あれやこれやがあってドミニク・トレットの一味はテロリストに追われるはめになり、勝負を決するならばロサンゼルスのストリートで、ということで待っていると、案の定、探すまでもなくデッカード・ショウが現われる。 
デッカード・ショウがジェイソン・ステイサム、名無しの男がカート・ラッセル。シリーズ総決算とポール・ウォーカー追悼という趣があって、特に追悼という意味では最後のほうは涙なしには見れないが、総決算という意味ではまとめに入っているところがあって、前作にあったような破天荒な勢いはない。敵役がジェイソン・ステイサムだから、ということなのか、レースよりも肉弾戦にほうに傾いていて、車のスタントは相変わらず壮絶だが、どこかあっさりとしている感がある。『ワイルドスピード』的な視点を低めに抑えたカメラワークのところどころにジェームズ・ワン的な貼りつくようなカメラワークが混ざり込んで、それがなんとなく渾然としながらまとまっているところが面白い。


Tetsuya Sato

Plan-B/ 休暇

S4-E26
休暇
 男は十年ぶりの休暇を取って故郷の町に帰っていった。十年ぶりに見る故郷の町は十年前のままだった。店の様子が同じなら、走っている車も同じだった。十年ぶりに会う人々も十年前のままだった。なにかおかしい、と男は思った。はずれた場所にある保守的な土地で、どちらかと言えば変化に疎い傾向はあったが、それにしてもこれはおかしい、と男は思った。誰も歳を取っていない。女たちも変わっていない。十年前に十歳だった子供が十歳の姿のままでそこにいた。いよいよおかしい、と思いながら、男は実家の玄関に立った。父親も母親も十年前となにも変わっていなかった。音信不通だったことを咎めもしないで、男を家に迎え入れた。男の部屋もまったく変わっていなかった。母親の料理もまったく変わっていなかった。これはこれでけっこうなことだ、と男は思った。実を言えば、男も変わっていなかった。反社会的な気質も衝動的な性格も、そして暴力的な傾向も、十年前となにひとつとして変わっていなかった。町は十年前と同じだったが、十年前の男の姿を忘れていた。あるいは忘れたふりをしていた。これは、思い出させる必要がある。長い休暇になりそうだ、と男は思った。

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2015年4月17日金曜日

Plan-B/ 鬼

S4-E25
 山門の重たい扉が押し破られ、鬼が境内に踏み込んできた。僧兵たちが薙刀をかまえ、弓兵たちが大ぶりな弓に矢をつがえた。号令一下、白い矢羽を持つ矢が放たれ、暗い空を貫いて鬼のからだに突き刺さった。鬼が雄叫びを放って僧兵たちに掴みかかる。

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2015年4月16日木曜日

Plan-B/ 牙

S4-E24
 強い飢餓感がそれの本能を脅かした。それは自分の感覚に集中した。獲物がいる。立ち上がって獲物のにおいを追っていった。それが動くと木の枝がしなって、枯れ枝がはじけた。足音を忍ばせるには、それのからだは大き過ぎた。水のにおいが鼻を覆った。水のにおいをかき分けて、獲物のにおいを見つけ出した。近い。そう思う間もなくそれは獲物に目をとめて、藪のなかから飛び出した。男と女が目を丸くしている。恐怖の叫びを上げようとしている。それは足が川原の小石に触れるのと同時に首を振って男のからだを跳ね飛ばした。女が立ち上がるあいだに態勢を整え、逃れようとする女の背中をとがった爪で引き裂いた。倒れたところへ駆け寄って喉笛をすばやく食い破った。身を翻して男に近づき、からだを足で押さえ込むと首筋に鋭くとがった牙をあてた。牙が男の血に浸った。

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2015年4月15日水曜日

Plan-B/ 小包

S4-E23
小包
 マニラ紙の小さな包みを郵便配達員が差し出していた。男は配達員の顔を見ないようにしながら受取証にサインして、ドアを閉じて鍵をかけた。包みをつかんで机に戻るとナイフを取って、包みにかかった紐を切った。二重になった包み紙を破っていくとボール紙の箱が現われた。男は箱を机に置いて、慎重な手つきで蓋を取った。おが屑のなかに三角フラスコが沈んでいた。フラスコの首をつまんで目の高さに持ち上げた。人間のような姿をした裸の生き物が入っていた。フラスコの首が細いので、生き物はそこから出ることができない。怒ったような目をしている。男がフラスコを軽く振ると、なかの生き物が転がった。男はアルコールランプに火をつけて、フラスコの底をあぶり始めた。生き物が熱さに苦しんでいる。火から離すと顔をゆがめて男をにらんだ。男はフラスコを机に置いて紙にペンを走らせた。溺れさせる。酸をかける。アルコールで溺れさせる。蠅と戦わせる。百足と戦わせる。ときどき顔を上げて、フラスコのなかの生き物を見た。紙に目を戻してはペン先を舐めて考えた。ふと見ると生き物がなにかやっている。どこから取り出したのか、小さなペンを小さな紙に走らせている。なにを書いているのか気になったが、生き物はからだで隠して見せようとしない。男はフラスコを逆さに持って強く振った。生き物の手から紙が離れて、フラスコの首に貼りついた。男はフラスコの口に目を近づけた。生き物は槍のようにペンを構え、男の目を狙って投げつけた。ペンが男の目に突き刺さり、フラスコは床に落ちて粉々になった。

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2015年4月14日火曜日

Plan-B/ 腫瘍

S4-E22
腫瘍
 その患者は大腸に悪性の腫瘍ができていた。患者が手術室に運ばれてきて、手術台に横たえられた。患者のからだに心電図や血圧計、パルスオキシメーターなどの計測装置が取り付けられ、腕には点滴用の針が刺し込まれた。静脈麻酔で患者が意識を失うと、麻酔医が患者の口から管を差して患者の肺に酸素を送った。管がテープで固定され、看護師たちが計測装置の数値を読み上げ、執刀医は患者の状態が安定していることを確かめて手術の開始を宣言した。患者の腹が消毒され、患者の腹に印がつけられ、執刀医の手にメスが渡った。患者の腹が切り開かれ、鉗子が患者の肉を押さえ込んだ。患部が現われた。執刀医がマスクの下から声を上げた。黒い腫瘍が身震いをしている。飛び上がって執刀医の顔に貼りついた。剥がそうとしても剥がれない。黒い肉の下から鋭い牙が飛び出して執刀医の顔を刻んでいく。絶叫が上がり、看護師たちは医師を助けようと手を伸ばす。腫瘍から強酸性の液体が噴き出して看護師たちの顔を焼いた。機械が倒れ、棚が倒れ、手術器具が床を滑る。麻酔医は患者のかたわらに立って患者の呼吸を見守りながら、患者の腹からさらになにかが現われたのを目の片隅でとらえていた。

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2015年4月13日月曜日

Plan-B/ 瓜

S4-E21
 老人が畑に出て瓜を採っていると見慣れない小僧がやって来て瓜をくんろと訴えた。そこで老人は小僧に瓜を一つくれてやった。すると小僧は瓜を一口で平らげて、もう一つくんろと訴えた。老人は小僧に瓜をもう一つくれてやった。小僧はそれもたった一口で平らげた。そしてもう一つくんろと訴えるので、老人はもう一つくれてやった。気のいい老人がくんろと言われるたびにくれてやるので、畑の瓜はとうとう一つもなくなってしまった。日も暮れたので、老人は家に帰っていった。昼間のことを女房に話していると外から老人を呼ぶ声がした。外に出てみると大天狗が黒雲を背負って立っていて、昼間はせがれが世話になったと叫ぶと老人の前に金の粒や銀の粒、赤や黄色の反物を山のように積み上げた。因業で知られた隣の男が藪のなかからこれを見ていて、早速真似をしようとたくらんだが男の畑には瓜がない。家のなかの一切合財を売り飛ばし、女房子供の着物も質に入れて瓜を山のように仕入れて畑に並べ、そうして小僧が来るのを待ち構えたが、今度は小僧がやって来ない。日暮れまで待っても来ないので、男は天狗とその一族を三代前までさかのぼって罵って、家に帰ってからも罵っていると外から男を呼ぶ声がした。外に出ると大天狗が黒雲を背負って立っていて、見るなり下駄を上げて男をつぶし、これで貸し借りはなしじゃと叫んで夜の空に舞い上がった。

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2015年4月11日土曜日

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
Birdman: Or (The Unexpected Virtue of Ignorance)
2014年 アメリカ 120分
監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ

最盛期を1992年に終えたハリウッド俳優リーガン・トムスンはキャリアの再起を賭けてブロードウェイに進出してレイモンド・カーヴァーの短編を自ら脚色して演出もして舞台に上げるが、プレビューを前に準主役が引っくり返るのでブロードウェイ俳優マイク・シャイナーを代役に招いたところ身勝手な暴走に取りかかり、リーガン・トムスン本人もまたかつての当たり役バードマンの声を聞いて無責任な幻想に耽り、初日を迎えた舞台のクライマックスで本物のピストルを持ち出して自分の頭に銃口を向ける。 
全編がほぼワンショットの手持ちカメラで構成された映像は次の角を曲がったときに場面がどうつながるかという関心で観客をひきつけはするものの、後半に入ると息切れする。話はおおむねにおいてブロードウェイの舞台の裏側で進行するが、現実のブロードウェイ俳優が見たらおそらく失笑するであろう。マイケル・キートンもエドワード・ノートンも気ままに幼稚さを剥き出しにするだけで、楽屋の反対側に舞台があるという緊張を見ることができないまま、主人公は勝手に充足する。迷妄に冒された小物が右往左往するという点では『バベル』と同じだが、背景がミニマイズされている分、独りよがりな気取りばかりが鼻につくという結果になっている。シドニー・ルメットがすでに1970年代にやっているようなことをいまさら舞台に上げてみても、意味などあろうはずがない。表面に見えるこの子供じみたレイヤーの背後にもしかしたら何かがひそんでいるのではあるまいかと疑いながら眺めていたが、表面に見えていたものがそのままこの映画の本質であった。そして見終わった瞬間に何を考えていたかというと、これは史上最悪の批評を書いて打ち切りになるようにするしかない、というようなことなのであった。


Tetsuya Sato

バベル

バベル
Babel
2006年  フランス・アメリカ・メキシコ 143分
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

日本からやって来たハンターがモロッコ人のガイドに感謝の印としてウィンチェスター・ライフルを送り、アメリカ人の夫婦は唐突に末の息子を失ったことで不仲になり、夫は関係を修復するために妻をモロッコに連れ出し、モロッコ人のガイドは贈られたライフルを近所のヤギ飼いに売り、ヤギ飼いはヤギの放牧に出かける二人の息子にライフルを預け、二人の息子がライフルの試射をしているうちにバスを狙った一発がアメリカ人夫婦の妻にあたり、夫は妻を助けるために現地人に当り散らし、妻は妻で慣れない環境に運び込まれて恐怖を覚え、夫が大使館に電話して救援を求めると即座にこれはテロリストの仕業だという話になってどこかで政治問題に発展し、出動したモロッコの警察はやたらとハードボイルドに犯人を探し、ヤギ飼いの親子を山に追い詰め、東京ではモロッコから照会を受けた警視庁がライフルの元の持ち主と接触を図り、元の持ち主は妻を自殺で失っていて、聴覚に障害を負った娘は父親に反発したのか軌道をはずれ、アメリカ人夫婦に雇われているメキシコ人の家政婦は息子の結婚式に出るために夫婦の子供を連れてメキシコへ戻り、結婚式を楽しんだあと、帰り道の入国審査でトラブルに放り込まれる。
小さな心の持ち主が世界のそれぞれの場所で悲しみを抱え、勝手なことを不器用に進めていくので、ときには問題が悪化していく。手持ちカメラを多用した撮影はたくみに無数の顔を捉え、前景に見える顔を突き放したように背景に埋め込んでいく。構成上のバランスがよく、語り口は鮮やかで、淡々としたリズムが心地よい。これだけ空間的に拡散した話を飽きさせもせずに最後まで見せる手腕はたいしたものだ。役所広司、菊地凛子も好演していたように思う。ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットはある意味、典型的なアメリカ人を演じてそれらしいし、アドリアナ・バラーザは悲嘆に暮れるメキシコ人家政婦に存在感を与えている。


Tetsuya Sato

2015年4月10日金曜日

Plan-B/ 蟻

S4-E20
 ハイウェイパトロールの警官が砂漠に通じる道の近くで壊れたキャンピングカーを発見した。見るも無残な壊れ方で、車体が強い力で引き裂かれたような痕跡がある。警官は生存者を探して歩きまわって、幼い少女が隠れているのを見つけ出した。少女は警官に抱き上げられて、あいつら、と叫んで泣きじゃくった。砂丘のほうから空気を刻むような不気味な音が聞こえてきた。少女が警官にしがみついた。砂丘の砂が滝のように流れていく。鎌のような巨大な顎を振り立てて、巨大な蟻が現われた。触角を震わせて、黒々とした目で見下ろしている。警官はピストルを抜いて、蟻に向かって弾を浴びせた。少女を強く抱き締めると車に向かって走り始めた。

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2015年4月9日木曜日

Plan-B/ 蝉

S4-E19
 異星人による侵略は人類が知らないあいだに始まっていた。ひそかに送り込まれた異星人の兵士たちは地下にもぐって鞘のようなポッドに入るとそこで七年のあいだ息をひそめ、ついに時が訪れるとポッドを捨てて地上に現われ、母星からの指令を求めてブナ、クヌギ、コナラなどの樹木に這い上がった。異星人たちは地球人が知らない高度な通信技術を使っていたが、それでも母星からの応答を得るのに七日以上を必要とした。地球環境にあわせて細胞を改変されていた兵士たちには、この待機の期間は長過ぎた。指令を待っているあいだに兵士たちは寿命を迎えて、木からぼとぼとと落ちていった。

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2015年4月8日水曜日

Plan-B/ 蠅

S4-E18
 とある家の地下室で科学者が物質転送装置の開発を進めていた。この装置が実用化されれば輸送に要するコストが大幅に削減されて無作法な配達員が一掃され、人類は新たな時代を迎えることになるだろう。ティーカップを使った実験は成功した。装置Aから送り出されたティーカップが装置Bで実体化した。愛用の万年筆でも実験した。リンゴを使った実験も成功した。実体化した標本は分析センターに送って成分を調べて、転送が正常におこなわれたことを確かめていた。科学者はチリビーンズの缶詰でも実験をして、標本を分析センターに郵送した。分析センターから届いた報告書を見て、科学者の顔が蒼褪めた。缶詰に蠅が入っていたという。

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2015年4月7日火曜日

Plan-B/ 羊

S4-E17
 高原の隅で霧雨を浴びる研究所で、一人の科学者が成長促進剤の開発を進めていた。この成長促進剤を使えばあらゆる家畜を巨大化させることが可能になり、人類は食料問題を永久に解決することができるだろう。狙いは確実で、しかも効果は絶大だったが、制御にいくらかの問題があった。科学者は制御方法を検証するために羊を使って実験を続けた。実験を続けるあいだに羊は研究所よりも大きくなり、屋根も壁も破ってさらに巨大化すると、密生する毛のあいだから小さな羊を生み落とした。次から次へと雨でも降らせるように生み落した。小さな羊には脚がなかった。ウールのボールに羊の頭をくっつけてメーメーと鳴くこの変異体の集団は母体から成長促進剤の影響を受け継いでいて、たちまちのうちに大きくなるとそれぞれが羊の群れを生み落とした。科学者は廃墟と化した研究所で最後の電力を使って計算を始めた。羊の群れは二週間でこの大陸を覆い尽くし、半年後には地球全体を覆うことになるだろう。科学者は恐怖に震えた。人類に残された時間はあまりなかった。

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2015年4月6日月曜日

Plan-B/ 蜘蛛

S4-E16
蜘蛛
 砂漠の縁で砂埃をかぶる研究所で、一人の科学者が成長促進剤の開発を進めていた。この成長促進剤を使えばあらゆる家畜を巨大化させることが可能になり、人類は食料問題を永久に解決することができるだろう。狙いは確実で、しかも効果は絶大だったが、制御にいくらかの問題があった。科学者は制御方法を検証するためにタランチュラを使って実験を続けた。実験を続けるあいだにタランチュラは研究所よりも大きくなり、科学者を殺して逃げ出した。砂漠を横切るフリーウェイに沿って移動しながら家畜や人間に襲いかかり、人口希薄なその一帯を恐怖のどん底に叩き込んだ。そして戦闘機から投下されたナパーム弾で焼き殺された。

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2015年4月5日日曜日

Plan-B/ 犬

S4-E15
 駅の前で犬が飼い主の帰りを待っていた。どこかで踏み切りの鐘が鳴っている。帰宅を急ぐひとの波が改札を通ってあふれ出した。どれもが同じ足取りで、どれもが同じ格好をして、どれもが同じ匂いをさせているので、犬には飼い主を見分けることができなかった。ひとの波が犬を洗って通り過ぎた。最後になってひどくぼんやりとした影が改札を抜けて現われて、それが口笛を吹いて犬を呼んだ。

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2015年4月4日土曜日

Plan-B/ 陥没

S4-E14
陥没
 郊外にある住宅街の一区画が一瞬で消滅した。瀟洒な小窓にレースのカーテンを吊るしたいくつもの家が、いずれもよく手入れされた天然芝の庭と一緒に、突如として口を開いた地面の穴に飲み込まれた。道は断ち切られ、走っていた車も穴に消えた。警察や消防がサイレンを鳴らして駆けつけてすぐに救助活動を始めたが、穴から爆煙が噴き上がるのを見て撤退にかかった。噴き上がる煙のなかから巨大な怪物が現われた。巨大なモグラの怪物が黒々としたからだに土砂をまとい、空に向かって咆哮を放つと爪のそろった前足を振ってひしめく家々を打ち砕いた。警官たちが発砲を始めた。しかし口径の小さな短銃身のピストルばかりなので怪物にはいかほどの効果もない。現場から徒歩で二十分ほどの距離にある最寄駅の近くに対策本部が設置され、何台ものトラックに乗って兵士たちが集まってきた。戦車隊が出動してモグラの怪物に砲撃を加え、上空からは戦闘機がミサイルと機関砲で攻撃した。華々しく火柱が上がって郊外の住宅地は壊滅的な打撃を受け、怪物はまたしても咆哮を放つと穴を掘って地下に逃れた。

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2015年4月3日金曜日

Plan-B/ 遭難

S4-E13
遭難
 旅客機が絶海の孤島に不時着した。わずかな数の生存者は主導権をめぐって対立し、島のあちらこちらにさまよい込んで様々な危険に遭遇し、次から次へと余計な謎を掘り起こしては一人、また一人と消えていく。その島には殺人鬼の一家が潜んでいたが、島の反対側にいたので乗客たちの騒動にはまったく気がついていない。

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2015年4月2日木曜日

Plan-B/ 信号

S4-E12
信号
 宇宙を探査中の宇宙船が救難信号を受信した。船のコンピューターはただちに優先順位を入れ替えて船のコースを変更し、救難信号が出ている惑星の軌道に達したところで乗員のコールドスリープを解除した。乗員たちは船が予定外の位置にいることに驚きながら、それでも規定にしたがって着陸の準備に取りかかった。着陸してみるとそこは地球型の惑星で、大気は呼吸に適していた。乗員たちが信号をたどって未知の世界に踏み込んでいくと、木陰や岩陰で不吉な影が動き始めた。その惑星には殺人鬼の一家が潜んでいた。乗員が一人、また一人と悲鳴を残して消えていく。

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2015年4月1日水曜日

Plan-B/ 勧誘

S4-E11
勧誘
 わたしは無神論者です。信仰は喜びを約束しながら、実は不安と重圧を与えています。神の存在を肯定して信仰を保っても、得られるものはなにもありません。人類はもはや宗教を必要としていません。人類は新たな教義を必要としているのです。新たな教義にしたがって、すでに煙草を否定したように、わたしたちは神を否定しなければならないのです。かつてホテルの部屋から灰皿を取り除いたときのように、今度は聖書をすっかり取り除いて、公共の場所で祈ることを禁止するのです。神を信じる愚か者のつぶやきは煙草の副流煙よりも有害です。これは医学的にも立証されていることなのです。この真実を普及するために大々的な啓蒙活動を展開しなければなりません。第三世界を教化して教会を焼かなければなりません。これは大事業になるでしょう。わたしたちは資金を必要としています。新たな教義を広めるために快適なリムジンを必要としています。この名刺をお持ち下さい。そこに書いてある番号に電話すればクレジットカードで寄付ができます。明日でもかまいませんが、できれば今日中に。できることならいますぐにでも。

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