2011年10月8日土曜日

エドガー・ライトが好き

A Fistful of Fingers(1995)
エドガー・ライトが二十歳のときに作った自主制作映画で、セルジオ・レオーネとクリント・イーストウッドへのオマージュがいっぱい詰まった西部劇である。例のごとき格好をした名無しのガンマンが凶悪なガンマンThe Squintを追ってインディアン・パートナーと一緒に森をうろうろするわけだけど、出演者も大半が二十歳前後でみんなほっぺたが柔らかそうで、とても西部の悪人集団には見えてこないし、本物の馬だって一頭も出てこない(馬に乗るときには学芸会で使うような馬のはりぼてを腰にはめる)。演出もまだへたくそだが、それでも作家性のようなものの原型が見える。


ショーン・オブ・ザ・デッド(2004)
Shaun Of The Dead
人工衛星の墜落でロンドンに疫病が発生し、死んだ人間がゾンビとなってよみがえって人間を襲う、という状況を背景に、家電量販店の販売員ショーンが恋人との関係、家族との関係についてちょっぴり苦悩し、ふと気がつくと異様なことになっているわけだけど、常識が邪魔をするので「ゾンビ」という単語が口に出せない。いわゆる『ゾンビ』のきわめて英国的なパロディで、低予算ではあるが、ホラー描写は大真面目だし、やるべきところはきちっとやっていて、同系統のイギリス映画として(むりやり)考えた場合、ダニー・ボイルの『28日後』よりも全然見ごたえがある。人間がまるで「生きた屍」のように見える生気の乏しい生活描写と、そこにあぐらをかいてまともに動けなくなっている登場人物が魅力的なのである。後半、その口に出せない物が大量に現われると、さすがに逃げたり戦ったりするわけだけど、極限状況のなかでも根本的に習性の動物であり続けるところが哀れであった。ゾンビもまた日常のなかへ取り込んでしまう結末は出色。よく吟味された脚本とテンポのよい演出が心地よい。 
ショーン・オブ・ザ・デッド [DVD]



ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!(2007)
Hot Fuzz
ロンドンで最高の検挙率を誇る最優秀の警官ニコラス・エンジェルは、その優秀さによって上司、同僚の存在を脅かすようになったので(このままでは俺たちが無能に見える)何も起こりそうにない田舎の町にいきなり左遷される。ところがこの町には恐るべき秘密があり、見た目にも明らかな殺人事件はことごとく事故ということになり、なにやら目に見えない陰謀が進行しているようではあるが、さらに恐るべきことに事実は意外なまでに単純だったりする。『ショーン・オブ・ザ・デッド』同様、脚本がよく考えてある。演出はテンポが速く、素材に対する愛着を示しながら、批評性も忘れていない。サイモン・ペッグの見事な役作りにも注目したい。ティモシー・ダルトンのなんだかもう、わけのわからない悪役ぶりも忘れられない。開巻間もなくビル・ナイがひょっこり顔を出したところで『ショーン・オブ・ザ・デッド』のあの場面が頭によみがえり、なんとなく笑いがこみ上げてきて、あとは最後までほとんど笑っていた。傑作である。
ホットファズ;―俺たちスーパーポリスメン!― [DVD]



スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団(2010)
Scott Pilgrim vs. the World
スコット・ピルグリムは17歳の女子高生と清い交際をしていたが、その女子高生と図書館でデートしているときにラモーナ・フラワーズを目撃し、瞬時に恋に落ちて惰性にしたがって二股をかけ、臆することなくラモーナ・フラワーズに交際を申し込むと未知の人物から届けられた怪しいメールが死を予告し、間もなくラモーナ・フラワーズの邪悪な元恋人軍団の最初の一人、踊るインド人が壁を破ってスコット・ピルグリムの前に現れ、それを戦って倒して得点とコインに変換するとスタントマンの一群を率いる第二の元恋人、完全菜食によってあやしい超能力を身につけた頭の悪い第三の元恋人、ラモーナ・フラワーズが気の迷いでつきあった第四の元恋人、日本人兄弟二人がセットになった第五と第六の元恋人、そして第七の元恋人がつまり次々と現れる。徹底しておばかで、内容はないも同然だが、スコット・ピルグリム本人とその周辺人物の会話のリズム、カットと音のリズム、スーパーインポーズによる突っ込みのリズムできわめて密度の高い映画に仕上がっている。そのリズム自体はあきらかに『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『ホット・ファズ』の延長線上にあってこれまで以上のスピードを備え、手法としては『グラインドハウス』のフェイク予告編『Don't』に近い。 『A Fistful of Fingers』から15年、ずいぶん遠くへ来たものだ。単にプロットを提示するのではなく、映画という表現手法に対して誠実に創意を発揮している点できわめて好ましい作品である。 
スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団 [DVD]

Tetsuya Sato