2012年8月8日水曜日

トータル・リコール

トータル・リコール
Total Recall
1990年 アメリカ 113分
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
脚本:ロナルド・シュゼット

未来。建設労働者のダグ・クエイドは美人の女房といちゃいちゃしながら暮らしていたが、この時代の建設労働者というのはよほど実入りがいいのか、亭主が削岩機で地面を掘り崩している間に女房は家でテニスの練習などに励むのであった。
ダグ・クエイドには火星への執着があって、夜ごとに見る夢では見知らぬブルネット美人と一緒に火星の表面を散歩していたりする。そしてその執着が作用した結果、ということになるのであろうが、クエイドはバカンスの記憶だけを売り物にしているリコール社を訪れ、架空の火星旅行を選択する。ところが記憶を刷り込もうとしたところでトラブルが起こり、実はクエイドの記憶はすでに何者かによって改変されていたことが判明する。クエイドは眠らされ、気がつくとタクシーに乗っていた。リコール社を訪れたという記憶はリコール社によって剥ぎ取られていたが、家の前へ着いたところで突然職場仲間に取り囲まれ、リコール社へ行ったであろうと詰問される。そんなことはないとクエイドはかぶりを振るが、まるで信じてもらえない。人気のないところへ連れ込まれて、全員が銃を構えて今にも発砲しそうな気配になってくると、クエイドは咄嗟に反応して自分を囲む全員を瞬時に皆殺しにしてしまう。そして自分の行為におののきながら家に戻り、血まみれの手を洗っているとそこへも襲撃の手が加わり、それやこれやで撃ちまくって死体を並べ、鼻の穴からばかでっかい探知器を引っ張り出し、たいそう痛い思いをした結果、自分の記憶が偽りであり、身分もまた偽りであり、火星に謎の使命が控えていることを知ることになる。
火星に到着したクエイドの前には夢のなかで見たブルネットの美女が現われ、敵の執拗な攻撃にさらされながらレジスタンスと接触すると火星の独裁者コーヘイゲンの陰謀が明らかになり、火星の秘密も明らかになって、火星の未来をかけた血みどろの戦いが始まったりするのである。
恐ろしく安っぽい未来都市や火星の都市(『惑星からの侵略』(1965)に似ていなくもない)グロテスクなだけで想像力の乏しい風俗描写、やたらと長い殺戮場面、無用の流血、といかにもな悪趣味が全開になっていて、そういう種類の、言わばB級表現を身も蓋もなくスタイルと居直るところが間違いようもなくヴァーホーヴェンの映画になっている。だからとても好きなわけだけど、弾が一発当たっただけでガラスが割れて、それで猛烈な減圧が引き起こされて、誰かが悲鳴を上げながら吸い出されてしまうような火星都市という先祖返りを恥とも思わない描写を笑って済ませることができるかというと、それはそれで決して楽なことではないのである(ちなみに同じ理由から、ピーター・ハイアムズの『アウトランド』にもなんだかなあ、という印象を持っている)。




Tetsuya Sato