2012年6月25日月曜日

デイヴィッド・ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』

デイヴィッド・ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』 翻訳:浅野 輔(二玄社)


アメリカのベトナム政策に関する政治的なルポルタージュ。
やや特異なタイトルは「東部エスタブリッシュメントを中心としたワシントンのエリートがなぜあの泥沼にはまり込んだのか?」というような意味で、アイロニーが込められているらしい。実際、記述の相当量は政治エリートのプロファイルで占められていて、これがなかなかに面白かった。政策決定そのものの(うんざりするような)プロセスも、無用の駆け引きによる政治的混乱の見本市のような状態に描かれていて、読み応えのある内容となっている。とりわけケネディ政権期のベトナムへの対応に関する部分で、その精神的な背景をマッカーシズムの傷跡で説明するくだりは、これまで意識したことがなかっただけに興味深かった。
ベトナム戦争を論ずる上では重要な著作だと思えるが、難点があるとすればハルバースタム本人がベトナム戦争を至近距離で見ていることであろう。本書の成立時期(1972年)からすれば無理もないということもできようが、そのために60年代リベラルに固有の楽観的な視野から逃れることができずにいる。一般的な政治意識としては現在もなお有効であり、理想を語る上では望ましい姿勢であるものの、その支柱が相変わらずウィルソン主義にあるとするならば、それをもって国際関係を論ずるのは危険過ぎると言わざるを得ない。つまりアメリカが反共主義に拘泥して根本にある民族主義を黙殺したと後から言うのは簡単だが、民族主義を尊重するあまり、そこに介在する政治的イデオロギーを度外視する姿勢には問題があろう。どちらを選択した場合でも、必ず後から面倒が起こるという点をハルバースタムは指摘し忘れている。素朴な判断に基づく民族の自決がベトナム戦争以降の世界でいかなる災厄をもたらしたかは、我々の記憶に新しいところである。民族問題は無視できない要素ではあるが、それを近代国民国家と同一のフレームに収めてはならない。もし安定を求めるならば、これが21世紀における国際政治の中心的な課題となる筈である。




Tetsuya Sato