2012年6月6日水曜日

デイヴ・コートニー『悪党!』

デイヴ・コートニー『悪党!(ワル)』 翻訳:山本光伸(徳間書店)


ロンドンで「取り立て業」や「セキュリティ・サービス」を営んでいた「悪党」の回想録。いささか脈絡に乏しい内容が話し言葉でどこまでもどこまでも記されていて、翻訳者の方は相当に苦労したのではあるまいか(解説には苦労したと書いてあった)。アラン・シリトーよりも大変そう、というくらいしかわからないが、仕上がりは見事なものである。で、内容もかなりすごい。
まず明るい。元気がいい。実に前向きな悪党で、しかも驚くほど誠実である。もちろんこちらは絵に描いたような小市民なので、開陳されている価値観すべてを受け入れることはできないが、自分の人生に対するあの誠実さはちょっとあやかりたいくらいだ。
そして何よりも感心したのが、何をするにしてもいかに「決めるか」を常に気にかけていることだ。どのような場面でどのような決め台詞を口にすれば、あるいはどのような行為をすれば、それがどのように声望に加わり、名となって後に残るかを気にしている。だからかっこ悪い振る舞いや、評判を落とすような振る舞いは自ずとできない仕掛けになっているのである。どうやら婆ちゃんの影響が強いようだが、実行できるのは見上げたものだ。そして「決める」ことに成功すればそれを自分の回想録に書き残し、さらに他の犯罪者の回想録にもその有様が収録されていると指摘することを忘れない。昨日したことを忘れるような生活では、これはとうてい真似できない。我が国の犯罪者も少しは真似をして、かっこをつけてみたらどうかとも思ったが、よくよく考えてみると英国以外の土壌ではあのような指向性はあまり見かけない。英文学が英国の風土病であるのと同様に、英国の犯罪者も英国の風土病として捉える必要がありそうだ。 



Tetsuya Sato