2011年12月31日土曜日

憎鬼

デイヴィッド・ムーディ『憎鬼』(風間賢二訳、武田ランダムハウスジャパン)


イギリスの地方都市で駐車違反罰金処理事務所に勤めているダニエル・マッコインは自分の現状に不満を抱くいたって無害な小市民で、職場における不遇に悩み、子育ての重圧に悩み、妻との関係で悩み、義父との関係での悩み、ふところの寂しさにも悩んでまるで面白くない日々を送っていたが、その視界の隅では唐突に暴力が起こり、それまでまともであった人間が近くにいるまともな人間をいきなり殺すのを目撃し、あるいはテレビのニュースで同じことが繰り返されていることを知り、日を追ううちに異様な暴力が自分と家族を包囲していることに気がついて、そのことで脅え、そのことで悩み、何も言わない政府に対して不信を抱き、いよいよ暴力が間近に迫ると家族とともに自分の家にたてこもる。いわゆる「ゾンビもの」の類型として紹介されているが、ここに登場するのはゾンビではなくて不意に他者を攻撃する市民であり、いつどこで誰に襲われるかわからないという状況なので、人々は激しく脅え、他人から距離を取ることになり、一人称、現在進行形のテキストは語り手の緊張と恐怖をよく伝えている。思わしくない家庭環境から妻との感情のすれ違い、内面の不安から周囲の状況へと視線が絶えず揺れ動き、その視線の先の微細な描写が日常から非日常までをたくみにとらえて面白い。訳文がやや言葉を選んでいない嫌いがあるものの、これは拾い物。


Tetsuya Sato