2012年3月8日木曜日

アラビアのロレンス

アラビアのロレンス(1962)
Lawrence of Arabia
監督:デビッド・リーン

1916年。エジプト駐留イギリス陸軍のT.E.ロレンス中尉は情報部に属していたが、軍務に適さない人物と見なされていた。それというのも上官の作戦を批判したり、教養を鼻にかけたり、アラブに理解を示したり、マッチの炎を指でもみ消したりするからであったが、ちなみに、このマッチの炎を指でもみ消すという行為は(まだ若かった頃)この映画を見た後で試しにやったことがあるが、マッチの炎というのは頭を上にしておけば放っておいても消えてしまうものなので、その消えていく線に沿って指先を動かしていくと、まるで指でもみ消しているように見える、という、おそらくはそれだけのことで、べつに威張るほどのことはないのであった(と気がつく前に、一度ならず熱い思いをしたとはいえ)。
さて、陸軍のはみ出し者のロレンス中尉を外務省アラビア局が時間極めで借り出し、紅海の対岸、メディナ付近へ送り込む。中尉に与えられた任務はそこでファイサル王子と接触して王子が胸に抱くアラブの将来像を探ることにあったが、到着した先では王子の軍勢はトルコ軍の航空機による攻撃にさらされ、イギリス人の軍事顧問はメディナ周辺からの撤退を勧めていた。だがアラブの理想をアラブよりもよく知っているロレンス中尉はそれはまずいと考え始め、それから夜も寝ないで考えに考え、真昼の空の下でも考えに考え、遂に「アカバだ」と結論に達する。紅海に面した要衝アカバを攻略すれば、問題は解決すると考えたのである。だがアカバには大砲があり、海からは近づくことができない。そこでロレンス中尉はファイサル王子から50人の戦士を借り出し、族長のアリとともに旅立って、まずネフド砂漠縦断という前人未到の大事業をやり遂げる。それから現地部族を説得と甘言で配下の部隊に糾合し、アカバを背後から攻略するのである。1917年7月、トルコ軍は敗退し、アカバはアラブのものとなった。
だが、この偉業をいったい誰が信じるだろうか。アラブが言っても寝言を言っていると思われるだけなので、もちろんイギリス人の自分が言わねばならない。ロレンス中尉はアリに向かってそう言うと、顔をしかめるアリを置いて、従者を二人だけ連れてカイロのイギリス軍司令部を目指して今度はシナイ半島を横切っていく。興奮しているので寝ている間もないのである。だが途中で従者の一人を失い、それを契機に興奮は引き、カイロにたどり着いた頃には事実上の鬱状態に陥っていて、もはやアラビアには帰れないと言い始める。司令官のアレンビー将軍はそのロレンスに無数の約束と甘言を与え、将軍の話を聞いているうちにロレンスのほうでもまた激しく興奮し、二階級特進で少佐となってアラビアに戻る。
アラビアに戻ったロレンス少佐はアラブの戦士を率いてトルコの鉄道を破壊するが、冬を前にそれぞれの部族は略奪品を胸に抱えてそれぞれの村に戻り始め、それでもわずかな手勢を使ってロレンス少佐が鉄道爆破を続けていると残る一人の従者を信管の爆発で失ってしまう。冬が訪れ、手勢はいよいよ少なくなり、それでもロレンスが高慢な態度を取り続けるのを見てアリが激しく批判する。常識を備えたアリの目には、ロレンスがひどく独善的な何かに見えたのである。すると何かを考えたのか、ロレンスはトルコ軍占領下のデラアへ単身で乗り込んでゆき、成り行きにしたがって逮捕されてトルコ軍の将軍から明らかに性的な陵辱を受ける。アリの助けで野営地に戻ったロレンスは激しい鬱状態になり、カイロに戻って転属願を提出する。ふつうの人間になりたい、というのがその理由であったが、アレンビー将軍はそのロレンスに再び無数の約束と甘言を与え、話を聞いているうちにロレンスはまたしても興奮し、自分が傑出した人物であることを認めると、再びアラビアに戻ってアラブの諸族を糾合する。
アラブ軍はいよいよダマスカスを目指して北上を開始し、その途中、敗走するトルコ軍と遭遇して交戦となる。これは一方的な虐殺で、興奮したロレンス少佐も敵の隊列に乗り込んで逃げ惑うトルコ兵を撃ち殺していくが、その様子には正気の気配が感じられない。1918年10月、ダマスカスは陥落し、町はアラブ国民会議によって支配されることになる。だが事実はアラブ諸族が近代的な都市の運営にまったく適していないことを証すだけで、町は大混乱に陥っていく。そしてイギリス軍は国民会議の自壊を待って、何一つ手を下そうとしない。戦争は終わり、英雄の時間は終わったのである。国民会議は崩壊し、アラブの諸族は町を去り、精神的に危ういところでゆらゆらとしているロレンス少佐は二階級特進で大佐となり、ファイサル王子に礼を言われてダマスカスから立ち去っていく。
つまり英雄というのはかなりの変人である、という話で、T.E.ロレンスをピーター・オトゥールが実に痛々しく演じている。
アラビアのロレンス【完全版】 デラックス・コレクターズ・エディション [DVD]

Tetsuya Sato