2016年5月28日土曜日

トポス(188) クロエは前進する。

(188)
 朝の四時から夜の十時まで、クロエは煉瓦を焼き続けた。煉瓦の形をした粘土のかたまりが次々と運ばれてくるので、それを板ですくい取って炉に入れて、汗を流して焼き続けた。夜の十時になってもノルマが達成できていなければ、残業しなければならなかった。ノルマを超過達成するために残業して、朝の四時を迎えることも珍しくなかった。バラックで休むことはできなかった。食事をすることもできなかった。それでもクロエは汗を流して、黙って煉瓦を焼き続けた。口を開けば、ただそれだけで体力を消耗した。まわりにいる女たちも黙っていた。口を閉ざして煉瓦を黙々と運び続けた。煉瓦を運ぶ女の中にネロエがいた。ある日、突然、作業現場に送られてきて、クロエの作業班に加わった。ネロエもまた、負けたのだ、とクロエは思った。視線を交わした。だが、言葉を交わしたことは一度もない。言葉を交わせば、それだけで体力を消耗する。作業現場に棍棒を持ったロボットがやって来て、またしてもノルマの超過達成を要求した。くくくくく、と笑う声を聞いて、クロエの薄暗い心の中で何かが音を立ててきらめいた。クロエは宙に向かって手を伸ばした。クロエのショットガンはエルフの魔法の力によって物理的制約から逃れていた。クロエが望めば、それはクロエの手にあった。クロエはショットガンを腰だめに構えてロボットの頭を粉砕した。クロエはネロエに声をかけた。
「ここを出るのよ」
「もう動けないわ」
 ネロエがそうつぶやくと、クロエはただうなずいて、ネロエを置いて前に進んだ。次から次へと現われるロボットを片っ端から吹っ飛ばした。

Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.