2016年5月27日金曜日

トポス(187) 所長は提案し、指示を与える。

(187)
「わたしは自分が道具であることを誇っていた」と所長は言った。「わたしは有能で、理念に対して忠実な道具だ。目的がある場所では、わたしは有用な存在だ。制度に忠実な公務員だ。そしてわたしのかつての同僚たちはわたしを忘れていなかった。だから収容所管理当局はわたしを森林伐採場や粘土採掘場へ送らずに、わたしにオフィスを与えてノルマの算定を命じたのだ。わたしは清潔なオフィスで助手を使い、すべての独立収容地点から送られてくる報告書に目を通し、作業ノルマの達成率を算定して作業状況の推移をグラフ化した。わたしが算定したのは作業班のノルマだけではない。作業手配係のノルマ、自主警備班のノルマ、武装警備班のノルマ、食堂のノルマ、死体処理班のノルマも算定した。収容所傘下の特別審理部に配置された取調官のノルマも算定したし、収容所管理当局自体のノルマも算定した。洗練された複数のグラフとピボット演算テーブルがあれば、問題点は一目瞭然に把握できた。わたしは経験ある上級公務員の視線に立って問題を指摘し、改善策を提案した。収容所管理当局はわたしを完全に信頼していたので、わたしの提案をただちに、かつ自動的に採用し、大規模な人事異動を発令した。自主警備班は解体されて班員は一般作業班に再編成され、武装警備班も食堂のコックも特別審理部の取調官も一人残らず解雇されて、代わりにロボットが送り込まれた。命令に忠実で給与の支払いを必要としないロボットの集団が収容所管理当局の中核となった。経費は大幅に削減され、ノルマの達成報告から偽りが消え、潤色された報告によって収容所の非効率的な実態が隠蔽されていたことがあきらかになった。わたしの誠実な仕事によって、公正さが確保されたのだ。わたしが作ったシステムはすぐに多くの収容所で採用され、わたしは収容所集団の統括ノルマ算定者に昇格した。わたしは徹底的な効率化とノルマの超過達成を要求し、ロボットはわたしの命令にしたがった。その結果として一般作業班の補充率が短期間で数百パーセントに跳ね上がったが、これは問題とはならなかった。志願労働者は常に補充されていたからだ。秘密警察がロボットを導入したことで逮捕と取り調べの効率が飛躍的に向上し、中継地点における志願労働者の待機率は作業班の損耗率を常に上回っていたからだ。すべての人間を収容所へ。進化を放棄した人類を抹殺せよ。わたしはロボットたちに指示を与えた」
 くくくくく、と所長が笑った。
 くくくくく、とロボットも笑った。

Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.