2016年5月18日水曜日

トポス(180) 大きな黒い鳥が湖面を渡る。

(180)
 森に囲まれた湖に月が光を投げかけていた。冷たい風が湖面を渡り、さざ波が起こり、影と光が揺れ動いた。風が音もなく抜けていく。波が消え、平らな湖面に月がくっきりと影を落とす。鏡のように凪いだ水が満天の星を映し出した。そして再び風が起こり、水が揺らぎ、黒い影が湖上に大きく弧を描いた。大きな黒い鳥が飛んでいた。羽ばたきながら湖畔に降りて、鳥の皮と鳥の翼を脱ぎ捨てた。不格好なロボットが黒い羽毛の下から現われて、岸辺を埋める石を踏んだ。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 ロボットはゆっくりと足を前に進めながら、ロボットの殻を脱ぎ捨てていった。金属の腕の下から人間の腕が現われた。金属の脚の下から人間の脚が現われた。金属製の胴の下には引き締まった若者の胴があった。不格好な頭の殻を取り外すと、美しい若者の顔が現われた。若者は湖畔に立つ樫の木に登って枝に腰掛けた。横笛を取り出して唇にあてると息を込めて笛を鳴らし、美しい音色を夜の湖畔に踊らせた。若者は目を閉じて、飽かずに笛を吹き続けた。ふと目を開けて奇妙なことに気がついた。笛の上で赤い光の点が揺れている。笛を鳴らす指の上でも揺れている。笛を支える腕の上でも揺れている。笛を口から離して顔を上げた。レーザーサイトの赤い光が若者の目を貫いた。数え切れないほどの赤い光が若者の顔に点を描いた。
「愚か者め」若者が叫んだ。「あとたった一晩で呪いを解くことができたというのに」
「降伏しろ」
 すぐ足もとで誰かが言った。若者を狙う銃が見えた。
「降伏する」
 両手を上げて若者が言った。

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