2016年4月12日火曜日

トポス(155) ミュンが活動を再開する。

(155)
 ヒュンはシロエに手を引かれて夜の町へ入っていった。シロエがヒュンを導いた。道を渡り、川にかかった橋を渡り、工場が煙突を並べる一帯へ、工場で働く人々が貧困にあえぎ、怒りをたくわえている一帯へ、シロエはヒュンを導いていった。町は煙にくすんでいた。貧困にあえぎ、怒りをたくわえたいくつもの顔が暗がりを割って現われては、また暗がりの中へ消えていった。どこかで子供が泣き叫んでいる。母親が怒声を張り上げている。不潔な酒場が路地に並び、顔を赤くした男女が安酒を食らい、三日前の揚げ物を食らい、男が薄笑いを浮かべれば、女はスカートの裾をたくし上げて笑い声を振りまいた。扇動ビラを懐に隠した学生が女給に怒りの眼差しを向けている。脂で汚れたテーブルをはさんでエルフが小声で話している。ドワーフの男たちが重たい声で歌っている。黒ずんだ床板の下にはたぶん武器が隠されている。どの店でも秘密警察の警官が古着の襟で顔を隠して騒ぎが始まるのを待っていた。不穏な言葉を誰かが口にするのを待っていた。私服警官の一人が手帳を開き、短くなった鉛筆で革命前夜と書き込んだ。ヒュンはシロエに手を引かれて一軒の店に入っていった。店の主人はシロエを見ると奥に通じるドアを開けた。ドアの奥には冷たい顔の男女がいた。数人は銃を担ぎ、肩から弾帯をまわしていた。血走った目で爆弾の導火線を調整している娘もいた。大きなテーブルの上には町の地図が広げられ、男が赤鉛筆で建物や道を丸で囲み、丸を線で結んでいた。男が振り返ってヒュンを見た。
「予言が成就しつつある」
 ヒュンに向かって、ミュンが言った。

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