2016年4月8日金曜日

トポス(151) 一人は死に、一人は発狂し、一人は戻らず、そして四人目が選ばれる。

(151)
 取調官は深夜になってから自宅に戻り、すでに床に入って休んでいた妻と娘の額に優しく口づけをすると制服を着たまま洗面所へ入って鏡と向き合い、自分のピストルで自分の頭を撃ち抜いた。オフィスには積み上げられた電話帳の上に短い遺書が残されていて、そこには次のように記されていた。「悪の権化となって千年生きるより、心に善人のかけらを残したまま、わたしは今夜命を絶つ」
 すぐに新たな取調官が任命されて邪悪な黒い力の審理を引き継いだが、行き先を告げずにオフィスから出て、発見されたときには下水道の底にうずくまって、意味不明の言葉をつぶやきながら汚物を口に運んでいた。
 三人目には取調官の中でも最も冷酷で最も非情で、最も悪辣な者が選ばれた。この取調官は二日二晩にわたって邪悪な黒い力と対決し、三日目の朝、姿を消した。朝食を運んでいった給仕が取調官の不在を報告し、オフィスの出入り口に立っていた衛兵は取調官は一度も部屋から出ていないと証言した。出入り口は一か所だけで、オフィスの窓はすべて施錠されたままだった。徹底的な捜索がおこなわれたが、取調官を発見することはできなかった。邪悪な黒い力が事情を知っているはずだと言う者はいた。しかし志願して問いただそうとする者はいなかった。
 野戦軍法会議はただちに四人目の取調官を任命した。
 くくくくく、と四人目が笑った。

Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.