2016年4月1日金曜日

トポス(145) ネロエは鏡を見つめている。

(145)
 ネロエの考えでは革命派も爆弾の信徒も信徒に共鳴する小市民も猫舌のネロエにやたらと熱いお茶を運んでくる愚かなメイドも、邪悪な黒い力に与する不浄な勢力に属していた。邪悪な黒い力が壁の割れ目から吐き出す暗黒の波動によって、ネロエの一切の努力にもかかわらず、またクロエの手段を選ばない摘発活動にもかかわらず、強力な悪徳センターが国内に形成されていた。悪徳センターに集結した技師、科学者、思想家.政治家、運動家、作家、作曲家、教師、ドラゴン、エルフ、ドワーフ、さらには裸足で暮らす得体の知れない小人などが額を寄せて国家転覆の陰謀を計画して、自由で平等で限りなく清浄な世界の確立を目指すネロエを亡き者にしようとたくらんでいた。押収される非合法パンフレットの数も、非合法パンフレットを印刷する地下出版所の数も、日を追うごとに増えていた。爆弾の使徒たちにいたっては国外に向けて無数の手紙を書き送り、ネロエをまるで悪の権化のように描き出し、必要に迫られてネロエが選択した行動を人類の悲劇のように宣伝して、ネロエとその人格を貶め、国家と国民の誇りを傷つけていた。ネロエは鏡に自分の顔を映して小じわが増えていることに気がついた。髪がいくらか細くなり、白髪がちらほらと混じっていた。それなのにこの国の王はあいかわらず羽根飾りがついた帽子をかぶり、腰に剣を吊るして広場で小娘の尻を追いかけている。最終的な解決を必要とした。邪悪な黒い力は捕獲され、特別列車の封印された貨車に積み込まれ、間もなく駅に到着する。メイドがお茶を運んできた。煮えているような熱いお茶だ。ネロエはメイドをにらみつけた。

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