2015年10月5日月曜日

『Terracity - テラシティ』 第七話 昆虫人間、現わる

第七話
昆虫人間、現わる
 わはははははとヴァイパーが笑った。「というわけで、おれは再び自由になった。しかもこの手におまえたちの自由を握ってな」
 そう言いながら小さな黒い箱を取り出して高々と掲げ、なおも心ゆくまで笑っていると黄色いアヒルのおもちゃが降ってきてヴァイパーの頭に命中した。
「何しやがる」
 ヴァイパーが叫ぶと頭上から勇ましい女の声が響き渡った。
「ばかみたいに笑ってんじゃないよ。ガキが目を覚ますだろ」
 ヴァイパーが見上げた。司令室の真上をキャットウォークが横切っている。そこに金星人の女が一人、金星人の赤ん坊を抱いて仁王立ちとなり、ヴァイパーに向かって指を突きつけていた。金星人ヴァイパーの妻ヴァイプスだ。ヴァイパーも指を突きつけた。
「何を。てめえの声のほうがよっぽどでかいぞ」
「あんたのばか笑いに比べりゃかわいいもんさ」
「ぬかしやがる。てめえのどこがかわいいんだ」
「そうかい、あたしがかわいくないってのかい」
「あたりまえだ。てめえのどこがかわいいんだ」
「へえ、そうかい」
「おう、そうとも」
「じゃあ訊くけど、昨夜の台詞はなんなんだい」
「何言ってやがる。おれが何を言ったてっんだ」
「知りたきゃ教えてやるよ」
「うるせえから、黙ってろ」
「黙らないね。言ってやる」
「うるせえから、黙ってろ」
「おまえほどかわいい女は見たことがない」
「そんなことは言ってねえ」
「おれはおまえと一緒になれて幸せだって」
「いいや、全然記憶がねえ」
「へえ、そうかい」
「おう、そうとも」
「そうだろうね。きっと、そう言うと思ったよ」
「なんだと。なんでおれがそう言うと思うんだ」
「そりゃあそうさ、あんたは大嘘つきだからね」
「なんだと。おれのどこが大嘘つきだってんだ」
「大嘘つきだよ。でなきゃ、なんだってんだい」
「このアマ、おれのどこが大嘘つきだってんだ」
「ばか、嘘しかつかないからそう言ってんだよ」
「ばかはてめえだ。おれは嘘なんかつかねえぞ」
「はっ、嘘しかつかない野郎が何言ってんだい」
「このアマぶん殴ってやる。ここへ降りてこい」
「やれるもんならやってみな、へなちょこ野郎」
 今度はおしゃぶりが飛んできてヴァイパーの頭に命中した。ヴァイパーはうなり、ヴァイプスは赤ん坊を腕に抱き締め、腰を振りながらキャットウォークを立ち去っていく。
「てめえ、このアマ、戻ってこいって言ってんだ」
 ヴァイパーはこぶしを振り上げて叫んだが、ヴァイプスはそのまま歩き続けて視界から消えた。
「えい、ちくしょう、あのアマ、本当に我慢ならねえ」
 ヴァイパーがつぶやいた。腰を下ろして頭を抱えた。
「追いかけたほうがよくはないか」セプテムが言った。
「それがいい」とヴァゾーが言った。「謝ってこいよ」
「同感だ」とゴラッグがうなずいた。「謝ってこいよ」
「おれが悪いってのか?」ヴァイパーが立ち上がった。
「いや、そういうわけじゃない」とセプテムが言った。
「ただ、まあ、こういう場合は」とヴァゾーが言った。
「謝ってこいよ。謝ってこいよ」とゴラッグが言った。
「おまえら、何もわかってない」ヴァイパーが言った。「息を切らして追いかけていって、すまねえ、おれが悪かった、なんてあの女に言ってみろ。へえ、そうかい、あんたが悪かったのかい、とこう来やがるんだ。へえ、そうかい、あたしゃ知らなかったよ、とかほざくのを、こっちが覚悟を決めてぐっとこらえて、ああ、おれが悪かった、なんて言ってみろ。そしたらあの女、なんて言うと思う? じゃあ次からはよくなるんだね、ってこう来やがる。しかたがないから、ああそうする、次からはよくなるよ、なんてこっちは言う。そしたらあの女がなんて言うか、おまえらわかるか? へえ、そうかい、じゃあ、せいぜいがんばるんだね、でも、あんたがどんなにがんばったって、あたしゃ信用しないからね、とか言いやがるんだ。そうしたら、おれだけじゃない、どんな聖人だってぶちきれるぜ。そこから先は、また罵り合いだ。第二部は、もしかしたら二時間半くらいかな。あの女は平気かもしれないが、おれはだめだ。耐えられない」
「まあ」とセプテムがうなずいた。「そうだろうな」
「おれも似たような経験がある」ヴァゾーが言った。
「そうだな。似たようなもんだ」ゴラッグが言った。
「女はずるい」とヴァイパーが言った。
「女はずるいな」セプテムがうなずく。
「まったくだな」とヴァゾーも言った。
「おれも同感だ」とゴラッグが言った。
「仕事に戻ろう」ヴァイパーが言った。
 ヴァイパーが立ち上がった。
 両手の甲を腰に当て、わはははははとヴァイパーが笑った。
 悪党どもが相談を始めた。悪党どもは計画を立て、悪事の準備に取りかかった。準備が整ったそのときには巨大なドリルを備えた無敵の地底戦車が地上への道を切り拓き、恐るべきヴァイパーの軍団がテラシティを目指して出撃することになるだろう。そしてスパークスは誘拐され、アダム・ラーは最後の手段を奪われることになるだろう。テラシティに新たな脅威が迫りつつあった。
 悪党どもが勝利を得るのか?
 テラシティはどうなるのか?
 わはははははとヴァイパーが笑った。
 それからいきなり真顔になって、このように言った。
「おれ、やっぱり謝ってくる」

 そのころ、銀色に輝くテラグローブでは。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。美人コンテストの会場にガニメデの昆虫人間が現われました。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
 テララジオから流れるアルタイラの叫びにアダム・ラーが耳を傾けていた。救いを求めるアルタイラの声に、蒼白の美貌と健やかな肉体を持つ正義の戦士の心が猛った。
「なんということだ」深みのある声でそうつぶやくと、テララジオに顔を近づけた。「わたしはこの声の持ち主から逃れることができないのか」薄い唇を舐め、丸窓の外に浮かぶ雲を見つめてあとを続けた。「あれほどひどい仕打ちを受けたにもかかわらず、この魅惑的な声を聞くと、なぜかわたしの胸が高鳴るのだ。なぜかは知らないが、あのふくよかな唇がまぶたの裏に浮かぶのだ」再び通信装置に目を落とした。「正義の心が猛っているのか? それとも、それとも、これが、恋というものなのか? ああ、なんという胸の苦しさだ。それにしても、あの気のないそぶりはいったいどういうことのか?」そう言うと青い詰め襟のホックをはずし、青いチュニックのボタンに手をかけた。「あの娘、まさかと思うが、わたしをじらして喜んでいるのか?」
 このとき、指令室のドアが開いた。振り返ったアダム・ラーの目に驚きが浮かんだ。蒼白の美貌に緊張が走り、あわただしく指が動いてはずしたばかりのホックをとめた。金の縁飾りがついた白いマントをいかめしくまとい、まるで泳ぐような足取りで入ってきたのはテラシティの最高実力者、アダー執政官だ。長身で細身、すでに高齢ではあるものの頭脳は明晰で眼光は鋭く、沈着冷静、辣腕、非情な実務家として知られていた。二十年来の友人であっても必要があれば平然と切り捨てて悔いることを知らないので、執政官の前で落ち着いて立っていられる者は一人もない。敵からは、そしてときには味方からも、恐れを込めてテラシティのヘビと呼ばれていた。アダー執政官に続いて現われたのは執政官の専属秘書、燃えるような赤毛の美女ラグーナだ。豊かな巻き毛を肩に垂らし、銀色のミニドレスに銀色のブーツという蠱惑的な姿で颯爽と歩き、その美貌と突き出た胸とまばゆいふとももによって男たちの目をやすやすと奪った。ラグーナが入ってくるだけで部屋の温度が三度上がり、ラグーナがそのヒョウのような目を向けると百人の男のうちの少なくとも一人がその場でただちに石になった。
 アダー執政官が直立不動のアダム・ラーの前で足をとめ、まるで王のように右手を前に差し出した。薬指にテラシティの印章となる金色の指輪が輝いている。もちろん、ただの指輪ではない。この指輪をかざすだけでテラシティのすべてのドアが開くのだ。そして再びかざすとテラシティのすべてのドアが閉じるのだ。そしてもちろん、ドアだけではない。トイレの便座の上げ下げも、指輪をかざすだけでできるのだ。アダム・ラーがすばやく身をかがめて執政官の指輪に接吻した。アダム・ラーが姿勢を正すと執政官がこのように言った。
「突然の訪問に、さぞや驚いたことだろうな」
「いえ、お越しいただき、光栄のいたりです」
 アダム・ラーがブーツの踵を叩き合わせた。
「近くを通りかかったので、ちょっと寄らせてもらったのだ」
 テラシティの執政官ともなると、地上五千メートルの空に浮かぶテラグローブの近くを通りかかることができるのだ。たとえ水深五千メートルの海底であっても、きっと近くを通りかかることができるのだろう。
「邪魔をしたのでなければ、よかったのだが」
「いえ、とんでもない。退屈しておりました」
「英雄アダム・ラーが退屈していたのかね?」
「はい、テラシティの平和が保たれているので、わたしにはまるで出番がありません」
「なるほどな。君の活躍が見られないとは残念なことだ」
「しかし、平和が保たれているのは、喜ばしいことです」
 このとき、テララジオからまたしてもアルタイラの声が流れ出た。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。美人コンテストの会場にガニメデの昆虫人間が現われました。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
 アダー執政官がテララジオのあたりを指差した。
「何か起こっているようだが?」
「そのようですが、何が起ころうと閣下をお迎えするのが最優先です」
「君もなかなか、うまい男だ」アダー執政官が笑みを浮かべた。「いいだろう。ガニメデの昆虫人間はしばらく放っておきたまえ。なにしろテラシティは美人の宝庫だ。ガニメデの昆虫人間も美人コンテストをゆっくり見物したいに違いない」
 ふはははははと執政官が笑った。
 はっはっはっとアダム・ラーが声を合わせた。

 そのころ、美人コンテストの会場では。
 阿鼻叫喚の騒ぎが起こっていた。水着姿の娘たちが悲鳴を上げてステージを走り、観客席では審査員や見物人が出口を求めて逃げ惑った。ステージの上手からガニメデの昆虫人間が現われた。なかばまで肩に埋まった頭は脳味噌が剥き出しになり、その下にランプのような目玉が二つ並んでいる。長い腕の先ではいかにも凶暴そうな二本のかぎ爪が向かい合い、獲物を求めて開いたり閉じたりと不気味な動きを繰り返す。肩を揺すって歩くその様子はいかにも大儀そうで、実際のところ動きはかなり鈍かったが、足元に注意できないテラシティの市民が次から次へと転ぶので取り残される心配はない。マイクを握った司会者が転んだ。ガニメデの昆虫人間が司会者に近づき、重そうな上体を倒してかぎ爪を伸ばした。司会者は金切り声を上げて顔をかばい、そのかたわらでは水着姿の娘が一人、恐怖のあまりに立ち尽くして顔に手をあてて絶叫を放った。

 そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
 ヴァイパーとヴァイプスの戦いが若干の小休止をはさみながら、すでに一時間も続いていた。夫婦の寝室で交わされる会話がドアからもれて、秘密基地に響き渡る。
 おい、おれは謝ったんだぞ。いつ謝ったってんだい。さっき謝ったじゃねえか。さっきっていつだい。さっきはさっきだ。聞いてないね。聞いてろ、ばか。ばかとはなんだい。ばかはばかだ。ばかはあんただ。ばかはてめえだ、ばかばかばか。なんだって、この大嘘つきのへなちょこ野郎。なんだと。何がなんだい。いったい誰が嘘つきだ。あんたに決まってんだろ、嘘つき野郎。てめえ、いったい誰が嘘つきだ。おれが謝った、おれが謝ったって、そればっかりで、いったい何を謝ったんだい。なんの話だ、ばか野郎。あたしにゃわかるよ。てめえに何がわかるってんだ。あんた自分が悪いなんて、かけらほども思ってないだろ。ばか野郎。何がばかだい。このくそアマが。ほら認めない。なんだと。ほら認めない。何言ってやがる。ほら認めない、やっぱり自分が悪いって思ってないんだ、あたしにゃ最初からわかってたんだからね。認めたろうが。知らないね、いったい何を認めたってのさ。おれが悪いって認めたろうが。いったいいつ認めたってんだい。だからさっきだ。さっきっていつだい。さっきはさっきだ。聞いてないね。聞いてろ、ばか。ばかとはなんだい、この大嘘つきのへなちょこ野郎。また言ったな。何度でも言ってやる、この大嘘つきのへなちょこ野郎。てめえ、このアマ。なんだい、どうしようってんだい。ちくしょうめ、ぶっ殺してやる。やれるもんならやってみな。本気だぞ。本気ならやってみな、この大嘘つきのへなちょこ野郎。ちくしょうめっ、ちくしょうめっ。

 そのころ、銀色に輝くテラグローブでは。
 赤毛の美女ラグーナがゆっくりとアダム・ラーの視界を横切った。アダム・ラーの目がラグーナを追う。一方、アダー執政官は窓辺に寄って逆光を受け、つかの間、空に浮かぶ白い雲を眺め、それからいきなり振り返った。
「アダム・ラー」執政官が口を開いた。
 アダム・ラーが直立不動の姿勢を取った。
「実は、困ったことが起きているのだ」
 執政官が窓から離れて、アダム・ラーに歩み寄った。
「そのことで、君に助けてもらいたい」
 アダム・ラーが顎を引いて踵を鳴らした。
「お申し付けいただければなんなりと」
「幸いにも、そう難しいことではない」
「いかなることでもご期待に沿います」
 執政官がアダム・ラーに顔を寄せた。
「君のことで、奇妙な噂が流れている」
 一瞬、アダム・ラーの顔に緊張が走った。
「噂では、君はおならをするそうだな」
 アダム・ラーが喉を鳴らして唾をのんだ。
「おならなど、したことはありません」
 アダム・ラーがそう言うと、アダー執政官の顔にひびのような笑みが浮かんだ。それと同時に壊れた笛のかすれた音色とも思える音が流れ出て、まるまる一小節分、アダム・ラーの司令室に漂った。人体の内奥から生まれた重たい臭気がアダム・ラーの鼻を刺した。執政官の顔から笑みが消えた。
「失礼した。年を取ると回数が増える」
 赤毛の美女ラグーナが顔の前の空気を手ではたいた。執政官があとを続けた。
「わたしも一般市民の前では決してこのようなことはしない。なぜなら、テラシティの常識では執政官はおならなどという下等なことは決してしないことになっているからだ。もちろんこのような常識は例の鋼鉄都市と同様、どちらかと言えば非常識に属するものだが、テラシティの一般市民がそれを常識だと信じてテラシティの誇りとし、地球上のほかの都市の執政官や火星や金星の支配者たちを、彼らが人前でおならをするという理由で侮るからには、わたしもまたテラシティの常識にしたがわなければならないのだ。そしてアダム・ラー、当然ながら君のふるまいも、テラシティのこの常識によって縛られていることを忘れてはならない」
「その点は理解しています」アダム・ラーが言った。「そして申し上げたように、わたしはおならをしたことがありません」
「わたしが問題にしているのは、君がおならをしたことがあるかどうか、などということではない。したことがないというのであれば、それはそれでかまわないし、したいというのであれば、一般市民のいないところで心ゆくまですればいい。それだけではない。どうしても見物人が必要だということであれば、ここにいるラグーナをお貸ししよう。ラグーナの口のかたさはこのわたしが保証する」
 赤毛の美女ラグーナがアダム・ラーを見て微笑んだ。執政官があとを続けた。
「わたしが問題にしているのは、君がおならをするという噂が流れていることだ。わたしが今日ここへやって来たのは、この件で君に釈明の機会を与えるためにほかならない。正直に答えてくれたまえ。アダム・ラー、君はこの件に何か関係しているのかね?」
 アダム・ラーの顔が強ばった。
「そのようなことは絶対にないと断言できます」
「断言できると、名誉にかけて、誓えるかね?」
「もちろんです。名誉にかけて、誓います」
「それを聞いて安心した。だとすれば、あとの処理は簡単だ。噂を口にした市民を端から捕えて、記憶変造装置に入れるだけだ。アダム・ラー、君は記憶変造装置を知っているかね? これは君、実に便利な装置なのだ。従順で暗示にかかりやすいテラシティの市民はこの装置にまったく抵抗できない。そして我々が忘れろと言えば、どのようなことでも忘れてしまうし、我々が事実だと言えば、どのようなことでも事実だと信じ込んでしまうのだ。小型のコンテナほどの大きさがあるのが難点だが、わたしはいずれ、これのポータブル版を開発させてすべての家庭に設置しようと考えている。もちろん、秘密裏にな。アダム・ラー、考えてもみたまえ、すべての家庭に記憶変造装置が置かれた日を。余計なことを考える者は一人もいなくなり、すべての市民がテラシティに都合のよいことだけを考えるようになる。不協和音は消滅するのだ。夫婦喧嘩も親子喧嘩も消滅することになるだろう。家庭の団欒の場に、テラシティは真の平和をもたらすのだ」
「すばらしいことだと思います」アダム・ラーがうなずいた。
 このとき、最新鋭の通信装置テララジオからアルタイラの声が聞こえてきた。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。美人コンテストの会場にガニメデの昆虫人間が現われました。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
 アルタイラの声に向かってアダー執政官の腕が上がった。刺のようにも見える細い指がテララジオに向かって突きつけられた。
「この娘だ。ラグーナ、間違いないな?」
「はい、間違いありません」
「アダム・ラー、君は、この声の持ち主を知っているかね?」
「はい、知っていると思います」アダム・ラーがうなずいた。
「この娘が、けしからん噂を流した張本人だ。アダム・ラーを陥れ、テラシティの平和を乱そうとたくらんだ謀反人だ。この娘は、記憶変造装置だけでは済まないことになるだろう。もう少し、重い罰を与えないとな。ラグーナ、君ならこの娘にどのような罰を与えるかね?」
「わたしなら、ニューゲイト7へ送りますわ」
「ニューゲイト7か、それはいいアイデアだ」
 ニューゲイト7、それは暗黒の宇宙に浮かぶ刑務所だ。恵みをもたらす太陽に背を向け、つねに地球の夜の側にとどまって、陽の光を浴びることは決してない。
 ニューゲイト7、それはテラシティ全市民の恐怖の的だ。そこに一歩入れば暗黒の中世が復活する。石積みの廊下では松明が燃え、闇と湿り気をたくわえた地下牢から、閉ざされた扉の向こうから、世にも恐ろしい悲鳴が上がり、木製の格子の奥では痩せた裸体にぼろを引っかけた囚人たちが鎖の音を引きずっている。
 ニューゲイト7、そこには愛も友情もない。そこにはいかなる正義も存在しない。無情がこんばんはと言い交わし、残忍さがつねに勝利する。残酷な所長に率いられた凶悪な看守が楽しみのために鞭をふるい、囚人はありとあらゆる責め苦を受けて血と汗を穢れた床にまき散らした。鍛冶場のほうから鍛冶屋が鉄を鍛える音が聞こえる。鍛冶屋の手から生まれた数々の責め具が囚人をさいなむ音が聞こえる。大工は中庭で処刑台をこしらえている。処刑台の床が落ち、太い縄が容赦なく囚人の首を締め上げる。所長が笑う。看守が笑う。囚人は叫び、運命を呪う。
 ニューゲイト7、それは脱出不可能な刑務所だ。石の壁に穴を開けることは可能だが、うかつに開ければ真空の世界に吸い出される。全身の血液が沸騰するのを感じながら、膨れた舌を虚空に差し出して悶死する。船を奪うことも不可能だ。運よく乗り込むことができたとしても、最新鋭のセンサーがまたたく間もなく脱獄囚を発見する。千人が試み、千人が死んだ。脱獄を試みた者は屈強の看守に腕をつかまれ、宇宙服なしの宇宙遊泳に連れ出される。千個のひからびた死体が今日もニューゲイト7のまわりを漂っている。
 ニューゲイト7、そこは地獄だ。
 ふはははははと執政官が笑った。
 ふふふふふとラグーナも笑った。

 そのころ、美人コンテストの会場では。
 阿鼻叫喚の騒ぎが続いていた。ガニメデの昆虫人間は司会者のからだをかぎ爪で押さえ、司会者の腹に向かって口吻を伸ばした。白い粘液をしたたらせる不気味な管が犠牲者のからだに近づいていく。ナイフのように尖ったその先端が間もなく犠牲者の服を裂き、臍の真横に穴を開けた。司会者の顔に苦悶が浮かび、ガニメデの昆虫人間が身震いをする。同時に半透明の管が震え、思わず耳をふさぎたくなるようなおぞましい音とともに司会者の内臓が吸い出される。赤黒い肉のかたまりがものすごい速さで管を駆け抜け、昆虫人間の貪欲な腹に収まっていった。司会者が断末魔の絶叫を放った。そしてそのかたわらでは水着姿の娘が一人、恐怖のあまりに立ち尽くしまま、顔に手をあてて絶叫を放った。

 そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
 ヴァイパーとヴァイプスの戦いがいよいよ終盤を迎えていた。夫婦の寝室で交わされる会話がドアからもれて、なおも秘密基地に響き渡った。
 もういいの。よくなんかねえ。もういいんだよ、悪かったのはあたしなんだよ。そうじゃねえ、悪かったのはおれなんだ、悪かった、おれが悪かった。違うんだよ、違うんだよ、悪かったのはあたしなんだよ。いや、おまえはちっとも悪くない、悪いのはおれだ、今度こそは反省したよ。違うんだよ、違うんだよ、反省しなきゃなんないのはあたしなんだよ。もしかしたら、二人とも悪かったのかもしれねえな。そうだね、二人とも悪かったのかもしれないね。おれはおまえと喧嘩なんかしたくねえんだよ。あたしだってそうさ、あんたと喧嘩なんかしたくないんだよ。おれはおまえを愛してるんだ。あたしもあんたを愛してるんだよ。悪かった。うん、あたしも悪かった、アヒルぶつけて悪かったね、痛くなかったかい。全然平気だ、痛くなんかなかったぜ。怪我させちゃいけないと思って、少し手加減したからね。ああ、わかってる、きっとそうだと思ってた、愛してるぜ。愛してる。これからは、ずっと仲よく暮らそうな。うん、ずっと仲よく暮らそうね。死ぬまで一緒だ。うん、死ぬまで一緒だよ。愛してる、愛してるぜ。愛してる、愛してる。

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