2015年10月20日火曜日

トポス(2) 山の向こうにヒュンという名の若者がいる。

(2)
 山の向こうにヒュンという名の若者がいた。赤い羽根飾りがついた帽子をかぶって、細身の剣を腰に帯びて、いつも町の広場をぶらついていた。若いのになぜぶらついているのかとたずねられると、ヒュンはすぐさま剣を抜いた。若いのになぜ働かないのかとたずねられると、ヒュンはすぐさま剣を抜いた。なぜすぐに剣を抜くのかとたずねられると、ヒュンはすぐさま剣を抜いて相手の顔に斬りつけた。そして仲間にこっそりと、自分が剣を抜く理由を説明した。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦わなけりゃならないんだ」
 そいつはすごい、とヒュンの仲間はうなずいた。
 仲間のおごりで夜更けまで飲んで、家に帰るとヒュンの部屋がなくなっていた。母親が部屋を貸しに出していた。ヒュンの部屋にはピュンという名の若者がいて、ヒュンの寝台でヒュンの毛布をかぶって眠っていた。
「起きろ、出ていけ」
 ヒュンが叫んで剣を抜くと、ピュンが起き上がってハンマーを振った。
「俺はこれで」とピュンが言った。「今日一日で五十匹の小鬼の頭を割った。おまえを五十一匹目にしてやろう」
「やれるものならやってみろ。だがその前にこの剣の切っ先がお前の胸を貫くぞ」
 ヒュンが剣で突きかかるとピュンはすばやくかわしてハンマーを振った。ヒュンがすばやく退くとハンマーがヒュンの鼻先で空を切った。ヒュンとピュンはすぐに悟った。これは互角の勝負だった。一方が倒れれば残る一方も倒れることになるだろう。ピュンがうなってハンマーを下ろし、ヒュンも構えた剣を鞘に収めた。
「俺は運命を受け入れている」とヒュンは言った。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」
「おまえの運命を分けてくれ」とピュンが言った。「俺も世界を救う英雄になる。だから俺も邪悪な黒い力と戦うんだ」
 二人は酒を酌み交わした。夜通し話し合って、邪悪な黒い力と戦うために冒険の旅に出ることにした。
「だがその前に」とピュンが言った。「魔法玉を少し手に入れておこう」

Copyright c2015 Tetsuya Sato All rights reserved.