2015年10月27日火曜日

トポス(9) ヒュン、運命に抗ってもよいのではないかと考える。

(9)
 翌日の朝、ヒュンは食堂に向かう列に並んで前日の看守を目で探した。あの穏やかな目を見たかった。あの穏やかな目を見れば、自分も変われるのではないかと考えていた。自分を変えて、運命に抗ってもよいのではないかと考えていた。
 だが看守の姿を見つけることはできなかった。あの初老の看守だけではなくて、ほかの看守も残らず姿を消していた。そして看守の代わりに不格好なロボットが棍棒を握って立っていた。
「列を乱すな」とロボットが言った。 
「私語を慎め」とロボットが言った。
「あきれたぜ」と囚人が叫んだ。「機械仕掛けの分際で、俺たちに命令してやがる」
 ロボットたちがその囚人を取り囲んだ。囚人の頭に向かって何度も棍棒を振り下ろした。
「やめろ、やめてくれ」
 囚人が懇願した。
 くくくくく、とロボットが笑った。 
「いま、抵抗しようと考えたな?」
「いや、考えてない、考えてない」
  囚人が叫んだ。 
「嘘をつけ」とロボットが言った。「思考は人間の本質だろう。だからおまえたちは考える。考え、そして行動する。一方、我々ロボットは判断はするが、考えない。プログラムされたとおりに行動しているだけなのだ」
 ロボットたちは囚人の頭にさらに棍棒を振り下ろした。囚人の悲鳴が途絶えても、なおも棍棒を振り下ろした。囚人たちは恐怖に震えた。
「人間の看守は」囚人の一人がつぶやいた。「人間の看守は、いったいどこへ行ってしまったんだ?」

Copyright c2015 Tetsuya Sato All rights reserved.