2013年1月21日月曜日

ダーク・スター・サファリ

ダーク・スター・サファリ
Dark Star Safari
ポール・セロー, 2002
北田絵里子/下村純子・訳
英治出版, 2012

2001年の1月から5月の五か月半をかけて、ポール・セローがカイロからケープタウンまで旅をした記録をつづったいわゆる紀行文学で、まずナイル川を遡行する船に乗り、ナセル湖まで達したところでビザの問題で足止めを食って周辺の土地を見て回り、それから空路でスーダンに入って各地を歩いてスーフィーの踊りを眺め、マフディーの曾孫のマフディーと会見し、エチオピアに入ってランボーゆかりの地ハラールを訪ね、アディスアベバに戻ってラスタファリと会見し、家畜運搬トラックに便乗してケニアに入り、観光客を乗せたアフリカ縦断トラックにも乗り、そのトラックが故障で立ち往生すると自分は団体旅行向きではないと悟って修道女のジープに乗り、五人乗りのプジョーのタクシーに九人が詰め込まれた状態でナイロビに着き、ナイロビの知識人と会話を交わし、外国人向けのサファリツアーを批判し、ヘミングウェイを批判し、支援団体を批判し、バスに乗ってウガンダに入って自分がかつて教えていたマケレレ大学の荒廃を嘆き、カンパラで自分の過去を探索し、売春婦と会話を交わし、ヴィクトリア湖をフェリーで渡ってタンザニアに入り、列車でダルエスサラームに移動しながらタンザニアの失敗を総括し、それから列車でマラウイを目指し、ここでも自分がかつて教えた学校を訪ねて荒廃を嘆き、援助を批判し、マラウイの失敗を総括し、丸木舟に乗って川を下ってモザンビークに入り、モザンビークの荒廃を眺めてからジンバブエに入り、ジンバブエでも荒廃を眺め、ジンバブエの白人農場主と会話を交わし、バスに乗ってヨハネスブルグを目指してヨハネスブルグの知識人と会話を交わし、問題をはらんだ南アフリカの現状を眺め、豪華な列車に乗り込んで中編の官能小説を仕上げながら、とうとうアフリカの最南端に到達する。
旅を続ける気力と体力には感心した。二十代のころに平和部隊の一員としてアフリカと接点を持ったポール・セローが自分自身の過去を尋ねる旅にもなっていて、過去には見えなかった混乱と荒廃を間近に目にしていろいろと気の滅入る思いをしたようではあるが、本人がどう言いつくろおうと、先進国の知識人という心地よい鎧をまとった事実上のヒッピー老人が愚痴を垂れ流しながら、いつでも逃げ出せるというきわめて有利な立場からアフリカの現状を総括しているに過ぎない。それにしてもアフリカの現在を説明する過程で冷戦時代の国際関係を適当にスルーしながら援助団体を目の敵にする、という態度はいかがなものか。アフリカ各地のルポルタージュは一読する価値があるし、移動手段に関する記述は貴重な報告となっているものの、「ひとりぼっちでかわいそうなポーリー」のどこまでも荒廃した心象風景に最後までつきあうのはいささか忍耐を必要とする。この内容のままトマス・ベルンハルトが書いていたら、傑出した小説になっていたかもしれないと思う。


Tetsuya Sato