2014年8月29日金曜日

異国伝/理性の祭典

(り)

 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。だが人間には美味を求めるという習性があったので、地理上の不在はたいした問題とはならなかった。その国に通じる道は古くから開かれ、多くの商人が馬を引いて訪れて、琥珀色の葡萄酒を持ち帰った。それは当時、極上とされた葡萄酒で、その美味たるや口にした者はただちに感涙にむせび、数日は言葉を失うほどであったという。批評の技術が発達する前の話なので、感動はただ感動として、いかなる抑制も加えられずに表現されたのである。味覚の点でもいくらか発達の余地があったようで、その証拠に商人の多くは葡萄酒を水で薄めて売っていたが、それによって不評をこうむることは一度もなかった。
 葡萄酒の商売は商人たちに莫大な利益をもたらしたが、産地では王も民も変わらずに質素な家で暮らしていた。決して質素を好んだからではなく、国を大きく富ませるほどの生産量がなかったからである。幸いなことにそれで不足を感じることもなかったので、名を上げるのは葡萄酒に任せて生活を変えようとはしなかった。
 誰もが勤勉に働き、季節ととも生活をめぐらせ、丹精を込めて葡萄を育てた。葡萄以外にもいくらかの作物があったようだが、格別の評価は残されていない。収穫の時期ともなれば国中が祭りのような騒ぎになり、総出で葡萄の実を摘み取った。集めた果実は婚姻前の男女が足で潰して果汁にしたが、これは子を産んだ女や兵役を終えた男が葡萄を踏むと、酒が酸っぱくなるとされていたからである。若者たちは葡萄を踏んで踊りを踊り、似合いの相手を探して果肉で足を滑らせた。多くの恋が育まれ、血を見るような争いも一度では済まない。そうしているうちに収穫の季節は終わりに近づき、出来上がった果汁は集めて素焼きの壺に注がれた。壺は口を残して地面に埋められ、果汁はそれから数年をかけて熟成し、やがて見事な葡萄酒となる。
 さて、ある時のこと、一人の農夫がいつもと同じように畑に出て働いていると、葡萄の樹と樹の間から二人の女が顔を出した。なぜか顔面を蒼白にして、ひどく興奮して喋っている。だが、どちらも相手の話に耳を傾けている様子はない。いささか異様な気配に驚いて、農夫は仕事の手を止めた。声をかけても返答はない。口の動きが素早くて、話の中身を聞き取ることもできなかった。女たちはなおも喋りながら畑を横切り、足早に歩いて樹と樹の間を抜けていった。話し声が次第に遠ざかり、やがて宙に消えてしまうと農夫は首をひねって仕事に戻った。いずれも見知った顔ではなかったが、着ていた服からすると土地の者に違いなかった。
 陽がたっぷりと傾くまで仕事をして、それから急がずに家路を辿った。一人の妻と二人の娘は農夫の帰宅を待ちながら、夕食の支度をしている筈であった。激しい空腹を感じて胃袋を鳴らし、家への道を急ぎ始めた。うつむき加減の顔をふと上げて、そこで妙なことに気がついた。道を歩いている者がほかに見当たらない。いつもどおりならば周りに何人も隣人がいて、そろって胃袋を鳴らしていなければならなかった。記憶に昼間の女たちのことが蘇り、不吉な予感が唐突に起こって張り裂けんばかりに心を満たした。農夫は家を目指して走り始めた。暮れなずむ空の下に質素な家が見えてくる。蹴り飛ばすようにして戸を開け放ち、家の中へ駆け込んだが、家族の姿はそこにはなかった。
 道に駆け出して妻と娘の姿を探し求めた。広がる畑へ分け入って、葡萄の樹と樹の間に声をかけたが返答はない。絶望し、疲れ果てて道に戻ると、男たちの一団と遭遇した。いずれも近在の者で、それぞれが松明を掲げて隊伍を整え、肩に農具をかけていた。農夫は救いを求めて声をかけた。だが男たちは振り向きもせずに、ただ目の前を通り過ぎていく。全員が炎の光を浴びて顔を赤く染め、興奮した様子で何かを喋っていたが、一つとして意味を聞き取ることはできなかった。農夫は家へ駆け戻り、わずかな荷物をまとめると男たちを追って道を走った。一団の行く先に家族がいると考えたのである。
 男たちの一団はやがてその国で唯一の町に到着した。農夫も町に入っていった。収穫の祭りにはまだ間があるというのに、そこには国中の人間が集まっていた。騒然としていたが、いつもの祭りとは雰囲気が違う。どうにも不穏で、不快なほどの緊張感が漂っていた。誰もが見境なしに喋り散らし、しかもその内容は農夫にとってことごとく意味不明だった。同じ言葉を喋っているにもかかわらず、意思の疎通ができなくなっていた。農夫はひとの助けを諦めてひとりで家族を探し始めた。話し声に閉口しながら人込みをかき分けて町中を歩き、やがて町のはずれで妻と娘を探し当てた。
 妻と二人の娘は斧を握り、そこで一本の葡萄の樹を倒そうとしていた。驚いた農夫は割って入って止めようとしたが、そうする前に樹は実をつけたまま倒された。それは素晴らしい葡萄の樹であった。激怒した農夫が手を振り上げると、妻も子もわけのわからないことを言い始めた。農夫にはもはやそれをする資格がないという。なぜならば妻は妻であることをやめ、娘は娘であることをやめていたからである。そしてもちろん農夫もまた夫や父親であることをやめていた。妻と娘はなぜそうなるのかを長々と説明したが、農夫にはまるで理解できなかった。
 農夫が知らない間に、どこからともなく最高理性が降臨していた。農夫には意味不明でも、妻や娘や隣人たちにはそれはどうやら素晴らしいもののようであった。この気の毒で寡黙な農夫にわかったのは、そこまででしかない。頭を抱える男の前で、妻であった女と娘であった女は喋り続けた。
 それは人間を一切の野蛮な呪縛から解放し、より高次の段階へと導こうとする。しかし同時に人間もまた自らを励まさなければならない。最高理性は導きの手を与えるが、そこに到達するのは人間だからだ。肉体の支配はすでに終わり、思弁による支配が始まっていた。だがそれが孤立した思念であってはならない。我々は弁証法を学んで互いを高めあわなければならないのだ。
 町の広場では最高理性の祭典が始まろうとしていた。停滞の象徴である葡萄の樹が続々と運ばれ、高く積み上げられて火を放たれた。演台が作られ、その周りには最高理性を称えるために花が飾られ、標語を記した看板が並び、建物からは勉強会の告知を記した垂れ幕が下がった。農夫は家族を諭して家へ連れ帰ろうと試みたが、妻も娘も帰宅を拒んで働く群衆の中へと消えていった。
 旧弊な概念の虜であった農夫は家族を失うことを何よりも恐れた。そこで自らも祭典の準備に加わったが、昼時になって意外なことから正体を暴かれた。ほかの全員が手弁当持参で来ていたのに、農夫だけが食事の支給を要求したからである。疑問を抱いてしたことではなく、ただ昔ながらの振る舞いを求めただけであった。それに前夜から何も口にしていなかったので、空腹が堪え難い段階に達していた。だが肉体の欲求への隷属は深刻な後退と見なされた。放置しておけば、次には給与を要求するかもしれない。残りの者が真似をすれば、個人の欲望が全体の理性に損害を与え、肉体の支配を蘇らせて祭典を破壊することになるであろう。手を打たねばならなかった。なにしろ最高理性は無一文で降臨したのだ。そこで農夫は火刑に処された。
 農夫とともに葡萄も焼かれ、葡萄の樹とともに葡萄酒も滅んだ。他国の商人たちは別の葡萄酒を求めて奔走し、その国の人々は飢えを感じた時に理性を捨てて国から逃れた。食べる物がもう残されていなかったからである。

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