2012年11月23日金曜日

都市を生きぬくための狡知

都市を生きぬくための狡知
タンザニアの零細商人マチンガの民族誌
小川さやか 2011年 世界思想社

本書はタンザニア都市住民の経済活動に関する研究で、大学院博士論文『アフリカ都市零細商人の商慣行に関する人類学的研究』に加筆、修正を加えたものだという。
筆者はタンザニアの都市ムワンザを訪れ、そこでおもに路上を活動の拠点とする零細商人(マチンガ)に関心を抱き、そしておそらく人類学の研究としてはあるまじきことに研究者としての透明性を放棄すると、みずからマチンガとなっておよそ10年にわたって活動を続け、露店を賃貸し、マチンガに商品を卸す卸売商にまで出世して、「テレビ番組やタブロイド紙のゴシップ記事に登場するほど、ムワンザ市全域で『外国人のマチンガール(行商少女)』として超有名人」になり、つまり怒涛の実体験の迫力をもってこの世界を詳述する。
書名となっている『都市を生きぬくための狡知』とはマチンガを構成するタンザニアの都市貧困層の経済活動における独特の挙動をさし、これは商行為から一般的に想像される契約行為とはやや異なる次元で展開する。たとえば路上で古着を売るマチンガたちは商品を卸売商から仕入れているが、マチンガに商品を売る卸売商は小売商の本名を知らないし、住所を知らないこともある。それでも卸売商はこのどこの誰かもよくわからないマチンガに掛けで商品を売り、ときには持ち逃げをされながらもどうにか商売を回転させて、売り上げを持ち帰れない小売商には生活補助まで与えたりする。このような取引形態をマリ・カウリ取引と呼び、マリ・カウリ取引における小売商、卸売商の、よく言えば機転、あるいは機知といったようなものをウジャンジャと呼ぶ。悪く言えば互いに舌先三寸でずるをしかけて、そのずるを肯定的に評価することで得体の知れない信頼関係を生み出しているようなのである。
筆者はマチンガのウジャンジャな世界を豊富な実例と実体験で説明し、さらにタンザニア現代史を振り返って独立後から現在にいたるまでの古着ビジネスの変遷を示すことで、それがどこかの映画のエキストラのように唐突に出現したものではまったくなくて、歴史的な必然性を帯びていることを証明する。なにしろ研究者自身がマチンガであった、という理由から証言などにはある種のかたよりがあることは否めないが、対象に密着して取材した成果はまったくあなどれないものであり、アフリカの都市空間における雑踏の正体をきわめて立体的に浮かび上がらせることに成功している。現代アフリカを知る上では間違いなく貴重な著作である。



Tetsuya Sato