2014年10月10日金曜日

いたちあたま (4)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 荒れ野の向こうの暗い森で、道を誤った旅人が助けを求めて叫んでいた。
 暗い森には盗賊たちがひそんでいて、道を誤った旅人を見つけると笑いながら襲いかかった。盗賊たちは道を誤った旅人を捕まえて金品を奪い、服を奪い、履物を奪い、古びたやっとこで歯を一本残らず抜き取ったあと、同じやっとこを使って爪を剥ぎ、目玉をえぐり、肉をえぐり、耳や鼻をねじり取った。仕事を終えると顔も洗わずに村に現われ、奪った金で酒を呑んだ。
 居酒屋のあるじは盗賊たちに安い酒を高く売った。酔いつぶれるのを待って身ぐるみを剥ぎ、丈夫な縄で縛り上げた。盗賊たちは酔いから醒めて罵声を放ち、居酒屋のあるじは声を上げて村の男たちを呼び集めた。村の男たちは金を出しあって盗賊を買った。逃れようともがく盗賊たちを引いて荒れ野を越え、最初の一人を穢れた沼に放り込んだ。
 盗賊はくねる縄をしたがえて、ミドロを分けて沼に沈んだ。村の男たちは岸辺に立って縄を握り、手ごたえを感じて縄を引いた。古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げ、力をあわせて縄を引くと盗賊を口にくわえた大きなナマズが顔を出した。身の丈がおとなの倍ほどもあって、体重は大人の十倍を超えた。獰猛で力が強く、狡猾で動きがすばやかった。顔を出した瞬間を狙って、力を込めて引かなければナマズに餌を奪われた。引き上げられたナマズはその場でとどめを刺され、頭を落とされ、腹を裂かれた。裂けた腹から誰かが出てくることがあった。からだが少し溶けていて、頭が少しおかしくなっていた。まだ生きてはいたが、それはすでに穢れた沼に属していた。だから村の男たちは古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げ、木槌で頭を叩きつぶして沼に戻した。

 言ったであろう。
 森の老人はそう言った。
 ナマズが死ねば、あれも死ぬと。
 森の老人はそう言った。
 食われたからには、そうなる定めだ。
 森の老人はそう言った。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 ナマズの餌にされた盗賊がナマズの口から引きずり出され、もう一度穢れた沼に放り込まれて助けを求めて叫んでいた。助かるためには三度ナマズの餌になって生き残らなければならなかった。三度ナマズの餌になって生き残れば、解放されて暗い森に帰ることが許された。餌にされた盗賊はナマズの牙ですでに腰を砕かれていた。二匹目のナマズがミドロを破って現われて、盗賊の腕を噛み千切った。穢れた沼に血が流れ、盗賊は泡を残して沈んでいった。村の男たちは古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げ、次に選んだ盗賊を穢れた沼に放り込んだ。

 しきたりがある。
 森の老人はそう言った。
 だから三人までは使ってもよい。
 森の老人はそう言った。
 三人使って、残りは森へ帰される。
 森の老人はそう言った。
 古いしきたりがある。
 森の老人はそう言った。
 取りすぎたものは返さねばならん。
 森の老人はそう言った。



Copyright c2014 Tetsuya Sato All rights reserved.