2014年10月18日土曜日

いたちあたま (12)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の子供が助けを求めて叫んでいた。行商人は村の女たちから子供を買った。逃げないように手足を縛って、肩に担いで南の谷まで運んでいった。行商人の肩の上で、売られた子供が助けを求めて叫んでいた。南の谷の川の流れに行き当たると、行商人は子供をおろして声を上げた。行商人の声を聞いて、谷の女たちが集まってきた。谷の女たちには目がなかった。かわりに手を前に差し出して、どんなことでも探り当てた。谷の女たちには足がなかった。かわりにひだを動かしてゆっくりと進み、進んだあとに銀色に光る筋を残した。行商人は谷の女たちに子供を売った。

 谷の女たちは買った子供を栗で育てる。
 森の老人はそう言った。
 枝で編んだ檻に入れて栗を食わせる。
 森の老人はそう言った。
 子供は栗を食ってよく太る。
 森の老人はそう言った。
 太って檻からはみ出してくる。
 森の老人はそう言った。
 そうなったら、谷の女たちは檻を壊す。
 森の老人はそう言った。
 そして歯のない口でしゃぶる。
 森の老人はそう言った。
 しゃぶり尽くすと谷の女たちは卵を産む。
 森の老人はそう言った。
 銀色に光る卵を山ほども産む。
 森の老人はそう言った。

 行商人は谷の女たちから卵を買った。買った卵を村まで運んで、村の女たちに高く売った。村の女たちは卵を村の男たちの食べ物に入れた。村の男たちはそれを食べて口から白い泡を吐いた。栗の花のにおいがする白い泡を際限もなく吐き続けた。
 古いしきたりにしたがって、村の男たちはほうほうほうと声を上げた。村の男たちが口から泡を吐くのは、村の女たちが食べ物に卵を入れた証拠だった。
 古いしきたりにしたがって、村の女たちはほうほうほうと声を上げた。村の男たちが口から泡を吐くのは、村の男たちが女を殴れなくなった証拠だった。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の男たちが村の女たちに殴られて、助けを求めて叫んでいた。ひげを掴まれ、引きずり倒され、足蹴にされて助けを求めて叫んでいた。村の女たちは村の男たちの腰帯をほどき、縮んだ隠しどころを指差した。村の男たちは助けを求めて森に逃れた。栗の花のにおいに引き寄せられて暗い森の盗賊たちが集まってきた。笑いながら村の男たちに襲いかかり、腰帯をほどいて縮んだ隠しどころを指差した。村の男たちは盗賊から逃れて腰帯を直し、食らう者を探して森を走った。村の男たちが食らう者を探していると、食らう者が村の男たちを探し出した。食らう者には目がなかった。かわりに手を前に差し出して、どんなことでも探り当てた。食らう者には足がなかった。かわりにひだを動かしてゆっくりと進み、進んだあとに銀色に光る筋を残した。村の男たちは食らう者の前に横たわって、腰帯をほどいて前をはだけた。食らう者は村の男たちの腹に手を入れて、泡を吹く卵を掴み出した。白い泡を吹く卵を両手に取って、それを歯のない口に入れた。

 食らう者は男の腹から取った卵を食らう。
 森の老人はそう言った。
 山ほども卵を食らって大きくなる。
 森の老人はそう言った。
 そして見上げるほどの大きさになる。
 森の老人はそう言った。
 小山のような大きさになる。
 森の老人はそう言った。

 食らう者の下腹が裂けて、そこから何百もの谷の女が這い出してきた。生まれたばかりの谷の女が手を動かして、生まれたばかりの谷の女を探り当てた。生まれたばかりの谷の女が手を動かして、生まれたばかりの谷の女にしゃぶりついた。歯のない口で一人がしゃぶり尽くされ、また一人がしゃぶり尽くされた。次々としゃぶり尽くされて何百といた谷の女は最後には数えられるほどの数になり、銀色に光る筋を残して森を離れた。

 谷の女が腹から出ると食らう者は小さくなる。
 森の老人はそう言った。
 もとの大きさまで縮んで森をさまよう。
 森の老人はそう言った。
 そして銀色に光る筋を残す。
 森の老人はそう言った。

 食らう者が残した銀色の筋を腐る者が追っていった。腐る者には目がなかった。かわりに手を前に差し出して、どんなことでも探り当てた。腐る者には足がなかった。かわりにひだを動かしてゆっくりと進み、進んだあとに銀色に光る筋を残した。食らう者の口には歯がなかったが、腐る者の口には鋭い牙が並んでいた。食らう者は腐る者に気がついて、暗い森をゆっくりと進んだ。腐る者は食らう者に気がついて、暗い森をゆっくりと進んだ。腐る者は食らう者に決して追いつくことができなかった。それでも腐る者は食らう者を追い続けた。そしてなにかを探り当てると、牙を剥いて襲いかかった。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 道を誤った旅人が助けを求めて叫んでいた。腐る者の手に捕まって、鋭い牙で切り裂かれながら助けを求めて叫んでいた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 暗い森の盗賊が助けを求めて叫んでいた。腐る者の手に捕まって、鋭い牙で切り裂かれながら助けを求めて叫んでいた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の男が助けを求めて叫んでいた。腐る者の手に捕まって、鋭い牙で切り裂かれながら助けを求めて叫んでいた。

 食らう者は卵を食らって大きくなる。
 森の老人はそう言った。
 卵を食えずにいると変わって腐る者になる。
 森の老人はそう言った。
 腐る者は牙を生やして食らう者を追いかける。
 森の老人はそう言った。
 だが腐る者は食らう者に追いつけない。
 森の老人はそう言った。

 腐る者が残した銀色の筋を行商人が追っていった。腐る者の背後に迫ると吹き矢をかまえ、蛙の毒に浸した黒い矢を腐る者に撃ち込んだ。腐る者が動けなくなると縄をかけて引きずり倒し、口にぼろ切れを詰めて手を縛った。そしてそのまま村まで引いていって村の女たちに高く売った。
 村の女たちは包丁を使って腐る者の頭と腕を切り落とした。胴体の皮を剥いで内臓を取り出し、内臓を汲んだばかりの水で洗った。皮を細切れにした。洗った内臓も細切れにした。いくつもの壺に細切れにした皮と内臓を入れ、口から取った牙を入れ、手の先から取った爪も入れた。そこへ森で取った香草を加え、いくらかの麦も加え、新しい酢で浸してから最後に水を流し込んだ。壺に泥で封をして土に埋め、一年待つと壺の中身は酒に変わった。村の女たちはできあがった酒を居酒屋へ運んで居酒屋のあるじに高く売った。酒を売って得た金は村の女たちのあいだで分配された。村の女たちは腰帯をほどいて隠しどころに金を隠し、顔を隠して家に戻ると戸口に掛け金を下ろして息をひそめた。



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