2014年10月16日木曜日

いたちあたま (10)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 ぼくが助けを求めていた。床の上のぼくの灰色の脳みそを灰色のいたちがかじっていた。灰色のいたちがぼくの脳みそにもぐり込んだ。灰色のいたちがぼくの脳みそを食い尽くした。あとにはなにも残らなかった。産婆がしわの刻まれた手を動かしてぼくの頭に入れたのは、ぼくの脳みそではなくて、 ぼくの脳みそで腹を満たしたいたちだった。頭にいたちが入ったので、ぼくは考える力を失った。

 頭のなかになにがあろうと関係ない。
 森の老人はそう言った。
 考える力はとうに廃れた。
 森の老人はそう言った。
 北の山に考える者が住んでいるが。
 森の老人はそう言った。
 北の山の考える者には言葉がない。
 森の老人はそう言った。
 
 北の山の洞窟に考える者が住んでいた。考える者はいつもなにかを考えていたが、言葉を一つとして知らなかったので、自分が考えていることを自分に伝えることができなかった。考える者は自分がなにを考えているかを知らないまま、何年ものあいだ考えに考え、寝る間も惜しんで考えたので脳みそがだんだん重たくなって、重たくなった脳みそが脳みその下に隠されていた女を殴る男の仕組みを押しつぶした。考える者は村の女たちを殴らなかった。村の女たちは考える者に食べ物を与え、ときには腰帯をほどいて脚を開いた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の女たちが大きくふくらんだ腹を抱えて、助けを求めて叫んでいた。村の男たちは軒先を肩にかけると屋根を押し上げ、壁と屋根の隙間から家のなかを覗き込んだ。村の女がふくらんだ腹を抱えて横たわり、苦しみの汗をにじませていた。村の男たちはそれを見て、古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げた。女が腹をふくらませているのは、北の山の洞窟で脚を開いた証拠だった。村の男たちは肩を組んで、声をあわせて地面を踏んだ。村の男たちがそろって足を踏み鳴らすと、地面が震えて家が揺れた。村の男たちがそろって足を踏み鳴らすと、家の壁に亀裂が走り、大地が重たく轟いた。村の女たちの腰の下で砕ける音が響き始めた。村の女の腰の下で、土をかためた床が割れた。一人、また一人と村の女が悲鳴を残して大地の底に落ちていった。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 生まれたばかりの赤ん坊が助けを求めて叫んでいた。落ちていく女の脚のあいだで助けを求めて叫んでいた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 生まれたばかりの赤ん坊が助けを求めて叫んでいた。落ちていく女に抱き寄せられて、助けを求めて叫んでいた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 生まれたばかりの赤ん坊が助けを求めて叫んでいた。土をかためた床の上に置き去りにされ、助けを求めて叫んでいた。
 産婆はしわの刻まれた手に鉄串を握って、女の腹から胎盤が出るのを待っていた。女の腹から胎盤が出ると、産婆はそれを串に刺した。産婆たちは鉄の串に胎盤を刺して、西の谷に持ち帰った。

 胎盤は谷の川の水で洗う。
 森の老人はそう言った。
 それから一つずつ、壺に入れる。
 森の老人はそう言った。
 新しい酢に浸し、森で取った香草を加える。
 森の老人はそう言った。
 泥で壺に蓋をして土に埋める。
 森の老人はそう言った。
 そしてそのまま七年待つ。
 森の老人はそう言った。
 すると壺から産婆が生まれる。
 森の老人はそう言った。
 生まれたときから顔にしわを寄せている。
 森の老人はそう言った。
 生まれたときから鉄の串を握っている。
 森の老人はそう言った。
 背中が曲がり、目と口をしわに埋めている。
 森の老人はそう言った。
 だがときには、祈る者が生まれてくる。
 森の老人はそう言った。
 祈る者は祈りながら荒れ野へ出る。
 森の老人はそう言った。
 祈る者は呪われている。
 森の老人はそう言った。
 祈る者は罪を背負っている。
 森の老人はそう言った。
 罪を背負って歩くために祈る者は野の蜜を食べる。
 森の老人はそう言った。
 野の蜜を食べると祈る者は大きくなる。
 森の老人はそう言った。
 見上げるほどの大きさになる。
 森の老人はそう言った。
 祈る者が歩いたあとには道が残る。
 森の老人はそう言った。



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