2014年9月4日木曜日

異国伝/惑星の壊滅

(わ)

 その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。理由は簡単で、その国は絶海の孤島にあったからである。もちろん海図にも載っていなかったので、大洋を渡ってこの島を訪れた船はわずかに一隻を数えるのみであった。
 その船には三人の男性優位主義者が乗り込んでいた。祖国の女たちから豚野郎めとの罵りを受け、世をはかなんで国をあとにしたのである。折り重なる波をいくつも越えて大海原をどこまでも進み、イルカと並んで船を走らせ、海で暮らす様々な生物に散々に卑猥な言葉を浴びせながら、楽園を求めて旅を続けた。上陸しては失望とともに船に戻り、凪にはまって渇きに苦しみ、あるいは嵐にもまれて死ぬ思いを味わった。
 そうしながら一年が経ち二年が経ち、そして三年目の終わりにさしかった時、壮絶な嵐に遭遇した。たちまちのうちに帆を奪われ、帆桁は飛ばされ、帆柱は倒れて索具とともに海中に消えた。男たちは叫びを上げて斧を手にして甲板を走るが、その甲板は波に洗われて泡の下に姿を隠す。最後の抵抗のつもりで錨を下ろせば、ただちに怒濤が押し寄せてきて軽々と持ち去った。気がついた時には船は完全に自由を奪われていた。船体は軋んで不気味に叫び、船底には無量の水が溜まり、船首楼では恐怖に脅えた山羊が鳴く。男たちは決死の思いで戦った。ポンプを動かして水を汲み出し、補助の帆を張って船首を風上に向けようとした。身体を舵輪に固く結んで目を見張り、嵐に向かって雄叫びを上げた。戦いながら夜を迎え、夜を徹して戦いを続け、やがて払暁を見た時に男たちは勝利を宣言した。風はまだ吹き荒び、波は大きくうねっていたが、すでに危機は脱していた。だが、かなり流されていた。どこにいるのかわからなかった。夜明けを待って一人が天測をおこなった。そこは海図に記されていない未知の海域であった。そして船は修理を必要としていた。嵐には勝ったが、船は航行能力を失っていたのである。
 男たちは漂流していた。七日目に水が尽き、九日目には食料が尽きた。十日目に空を舞う鳥を見て、その翌日に島影を見つけた。男たちは島に上陸した。
 驚くべきことに、そこは女ばかりの島であった。女たちは皆若くて美しかった。三年にわたる航海の結果としてそう見えたのではなく、事実としてそうであったと伝えられる。しかも着ている服は身体をわずかに覆うばかり、足には踵の高いサンダルを履いていたのではなはだしく扇情的な姿に見えた。軍隊に属する女たちは、同じ服装で装飾的な槍を携えていた。船を出迎えたのは槍を持った女兵士で、海岸のその場所がたまたま岩場であったことから踵の高いサンダルが災いとなり、兵士たちは次々と滑って傷を負った。
 男たちは耳慣れぬ言葉を話す女たちに捕えられ、その国の宮殿に連行された。やがて女王が姿を現わしたが、これは絶世の美女であった。ただし仮面をかぶっていたと伝えられている。不思議なことに女王は男たちの言葉を流暢に話した。すると残りの女たちも男たちの言葉を話すようになった。時間を節約するためであろう。女王は男たちに滞在を許し、船の修理に要する資材の提供を約束した。
 さて、男たちが船の修理に励んでいると、女たちが好奇の視線もあらわに近づいてきた。聞けば島の女たちは男を見たことがないという。男性優位主義者たちはこれに勝る機会はないと考え、女たちの教育を始めた。いかなる教育がおこなわれたのかは定かではないが、教育と称して何も知らない女性に接吻を強要したり、あるいは肉体的な接触を求めたりした模様である。三人の男は教育の成果としてもっとも従順な女を三人選び、それぞれの妻とした。だがこのことはやがて女王の耳に入り、怒りを覚えた女王は男たちを捕えさせた。三人の男性優位主義者は抗議とともに説明を求め、女王は応えてその国の秘められた歴史を遂に明かした。その国では過去に男たちがすべてを恣にしたので、女たちの怒りを買って滅ぼされたというのである。三人の男の運命もまた明らかであった。
 わずらわしいので子細は省くが、男たちが危機一髪という時、突然火山の爆発が島を襲った。恐ろしい傷を仮面で隠していた女王は燃え盛る溶岩に飲み込まれて死に、男たちはそれぞれの妻を伴って島から逃れた。海を渡って祖国に戻り、そこで島の女たちは自分の夫がいずれも男性優位主義者であるという事実を知らされた。そしてもちろんその事実を補強する事実を経験によって知っていたので、ただちに祖国の女たちに与すると自分の夫を豚野郎と罵った。島は七割までが海中に没し、航路が開拓された現在では船舶の通行の障害となっている。

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