2015年4月11日土曜日

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
Birdman: Or (The Unexpected Virtue of Ignorance)
2014年 アメリカ 120分
監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ

最盛期を1992年に終えたハリウッド俳優リーガン・トムスンはキャリアの再起を賭けてブロードウェイに進出してレイモンド・カーヴァーの短編を自ら脚色して演出もして舞台に上げるが、プレビューを前に準主役が引っくり返るのでブロードウェイ俳優マイク・シャイナーを代役に招いたところ身勝手な暴走に取りかかり、リーガン・トムスン本人もまたかつての当たり役バードマンの声を聞いて無責任な幻想に耽り、初日を迎えた舞台のクライマックスで本物のピストルを持ち出して自分の頭に銃口を向ける。 
全編がほぼワンショットの手持ちカメラで構成された映像は次の角を曲がったときに場面がどうつながるかという関心で観客をひきつけはするものの、後半に入ると息切れする。話はおおむねにおいてブロードウェイの舞台の裏側で進行するが、現実のブロードウェイ俳優が見たらおそらく失笑するであろう。マイケル・キートンもエドワード・ノートンも気ままに幼稚さを剥き出しにするだけで、楽屋の反対側に舞台があるという緊張を見ることができないまま、主人公は勝手に充足する。迷妄に冒された小物が右往左往するという点では『バベル』と同じだが、背景がミニマイズされている分、独りよがりな気取りばかりが鼻につくという結果になっている。シドニー・ルメットがすでに1970年代にやっているようなことをいまさら舞台に上げてみても、意味などあろうはずがない。表面に見えるこの子供じみたレイヤーの背後にもしかしたら何かがひそんでいるのではあるまいかと疑いながら眺めていたが、表面に見えていたものがそのままこの映画の本質であった。そして見終わった瞬間に何を考えていたかというと、これは史上最悪の批評を書いて打ち切りになるようにするしかない、というようなことなのであった。


Tetsuya Sato