G.I.ジョー バック2リベンジ
G.I. Joe: Retaliation
2013年 アメリカ 111 分
パキスタンで内乱が起こってパキスタンの核の管理を憂慮するという理由でアメリカはG.I.ジョーをパキスタンに送り込んで核弾頭を確保するが、撤収を待つG.I.ジョーに攻撃ヘリの大群が襲いかかり、ロードブロックほか2名を残してG.I.ジョーは全滅、ザルタンが化けた大統領はG.I.ジョーの反逆を宣言し、ドイツの刑務所に潜入したストームシャドーはコブラコマンダーを解放、コブラの勢力がアメリカ政府の中枢に入り込み、帰国を果たしたロードブロックは元祖G.I.ジョーに応援を頼み、別行動を取るスネークアイズはストームシャドーをさらって東京へ運び、嵐影流総本家のマスターがストームシャドーの行動のそもそもの起点に間違いがあったことを明かしてストームシャドーを味方につけ、陰謀を進めるコブラは核保有国を一堂に集めて核兵器の廃絶を迫り、各国が核兵器を自爆させるとコブラが用意した衛星兵器ゼウスが地上を狙ってロンドンを壊滅させ、そこへロードブロック率いるG.I.ジョーとストームシャドーが会議場に殴り込む。
ロードブロックがドウェイン・ジョンソン、元祖G.I.ジョーがブルース・ウィリス、ジョセフ・ゴードン=レヴィットとデニス・クエイドは降板し、だからコブラコマンダーはマスクが変わって軽くなり、G.I.ジョーは司令官を失っている。
G.I.ジョーは司令官を失っただけではなくて砂漠の秘密基地も失っていて、パキスタン侵攻の場面ではいちおうVTOL機を飛ばしているものの、一作目 にあった玩具感はほぼ完全に消滅していて、もしかしたら『ダイ・ハード6』になっているのではないかという予感ははずれていたが、要するにドウェイン・ジョンソン主演のただのアクション映画になっている。もちろんドウェイン・ジョンソンは魅力的だし、アクション映画としての水準もいちおうクリアしているが、玩具感を欠いたところで忍者が絶壁を飛び跳ねながら戦ってもG.I.ジョーがデルタフォースとさして変わりのない特殊部隊のような扱いになっていているせいで、そこでいきなり忍者という唐突さがどうにもうまく咀嚼できない。
勝手なことを言わせてもらえば玩具感を投げ捨てたところにまず観客に対する裏切りがあり、チャニング・テイタムを冒頭で退場させて、バロネスは影すら登場しない、というところにもう一つ裏切りがある。その言い訳のように変な格好のコブラ軍団の戦車が登城するが、平場に配置された戦車が得意そうに背伸びをしてもたいした意味は認められない。
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Tetsuya Sato
G.I.ジョー
G.I. Joe: The Rise of Cobra
2009年 アメリカ 118分
監督:スティーヴン・ソマーズ
軍事企業MARSはNATOの予算をさんざん使って自社の工場で開発したナノマイト搭載弾頭四発を世界征服に悪用するためにかなり苦労して奪い取り、手始めにエッフェル塔などを破壊してみせるが、秘密部隊G.I.ジョーによってやっぱり野望を阻まれるので、秘密組織コブラを立ち上げて復讐を誓うが、そのときにはすでに檻に入れられている。
で、これが、いや、なんというのか、おもちゃ箱をひっくり返したような映画になっていて、飛行機はなんだかもう飛行機だし、潜水艦はなんだかもう潜水艦だし、秘密基地はこれ以上はないというくらいに秘密基地だし、という感じで、見ているこちらは思わず童心に帰って、おもちゃの飛行機を手につかんで、ぎゅいーんと飛ばしているような気分になってくる。理屈抜き、とはこのことであろう。だから余計なことを考えてはいけない。発信機のスイッチが都合よく入ってしまうのは、事実上「ぼくが入れておいたから」なのである。登場人物の回想シーンも子供が子供部屋の真ん中でフィギュアを握ったまま、しかつめらしい顔をしてひとりごとを言っているような雰囲気があり、いろいろとぶっ壊されても壊れ方がほどほどに抑制されており、当然、無残な死体なども登場しない。きわめてぜいたくに作られた「お子様向け」映画である。
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Tetsuya Sato
電人ザボーガー
2010年 日本 114分
監督・脚本:井口昇
(第1部:たたかえ!電人ザボーガー!)
悪ノ宮博士率いるシグマは大門博士から奪ったダイモニウムを使って破壊ロボットを作るために権力者の細胞を奪おうとたくらんで国会議員に襲いかかるが、大門博士の息子大門豊と大門博士が作り出したロボット、ザボーガーに野望をはばまれ、大門豊に命を救われた若杉議員は大門豊に激しくからみ、正義の揺らぎを感じた大門豊はシグマのミス・ボーグと恋に落ち、ミス・ボーグは大門豊の子をはらむがザボーガーの攻撃を受けて爆発する。
(第2部:耐えろ大門! 人生の海に!)
第1部から25年後、ザボーガーを失った大門豊は首相となった若杉議員に運転手としてつかえていたがクビになり、路頭に迷っているところへシグマの秋月玄が現われてさらおうとするのであらがっていると、そこへシグマから逃れたAKIKOが現われて大門豊を救い出し、自分は大門豊の娘であると名乗り、そこへ秋月玄が現われてザボーガーに大門豊を襲わせるので、AKIKOはザボーガーを倒し、悪ノ宮博士はAKIKOを取り戻して巨大ロボットに改造して東京を襲わせ、大門豊はザボーガーを修理して立ち向かう。
オリジナルのテレビシリーズはほとんど見ていないが、表層に見える井口昇のテイストを取り除けばそのまんま、ということになるのではあるまいか。素材に対する愛着は感じたが、劇場映画としてのスケールはない、というか、そのあたりを井口昇のテイストで埋めている、ということになるのであろう。あまり品がよろしくない。
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Tetsuya Sato
ロボゲイシャ
2009年 日本 101分
監督:井口昇
春日ヨシエは芸者の姉にいじめられながら暮らしていたが、影野製鉄の御曹司影野ヒカルにタウンページを真っ二つにするパワーを認められ、姉とともに影野製鉄の暗殺部隊裏芸者に引き込まれ、身体改造をほどこされてロボ芸者となって暗殺任務をこなしていると、影野製鉄に家族を奪われた被害者の会のメンバーと出会って影野製鉄の真意を知り、影野製鉄の野望に立ち向かう。
序盤で始まる回想と本編との関係に若干の破綻が見えるような気がしないでもないが、出演者は総じて乗りがよく、悪乗りをしている志垣太郎はなんだかサム・ニールのようであった。いくつかのシーンにはパワーがあるし、ばかばかしさもそれなりの水準に達しているが、出番の多い悪役の行動原理がいまひとつはっきりしないせいなのか、全体から見ると整理が悪く、リズム感が感じられない。
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Tetsuya Sato
片腕マシンガール
2007年 アメリカ/日本 96分
監督:井口昇
両親が自殺したあと弟と二人で暮らす日向アミはその弟がヤクザの息子にいじめ殺されたことで行動を開始し、穏やかにことを進めてふつうに警察沙汰にしようという目論見は関係者の反発によってふっつりと切れ、状況によっては殺人もまた必要であるという自覚にもとづいて自分に反発した関係者を殺戮し、反撃にあって腕を失うと自動車修理工の夫婦に助けられ、自動車修理工の手で作られたマシンガンを失った腕に装着すると不良、ヤクザ、その他関係者の群れに立ち向かう。
序盤で始まる回想と本編との関係に若干の破綻が見えるような気がしないでもないが、出演者は総じて乗りがよく、演出もおおむねにおいてパワーが持続する。執拗かつキッチュなスプラッター表現はしらふで見ていると見ているうちに飽きてくるが、これはギミックの使い方にいくらかの単調さがあるせいなのではあるまいか。ダミーのできの悪さも含めてそのあたりが気になったものの、全体から言えば悪くないし、かなりがんばっていると思う。
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Tetsuya Sato
SPACE BATTLESHIP ヤマト
2010年 日本 138分
監督:山崎貴
ガミラスの攻撃によって地球は放射能に汚染され、人類はイスカンダルから届けられたメッセージを頼りに宇宙戦艦ヤマトを送り出し、ガミラスと戦いながら大マゼラン星雲に達してイスカンダルと接触し、放射能除去装置相当のものを手に入れる。
いわゆる『宇宙戦艦ヤマト』の実写映画化。山崎努にやる気が見えず、木村拓哉がときどき思い出したように古代進のようなものになる。場面の多くは間が悪く、絵作りに工夫も手間も感じられない。VFXはほとんどアニメの乗りでヤマトも戦闘シーンも重量感を欠いている。話のほうも悪い頭でへたくそに手を入れたせいでなにやらわけのわからないしろものになり、デスラーもイスカンダルのスターシャも登場しないが、少なくともこの仕上がりを見る限りでは、たとえば竹中直人の顔を青く塗ってはいけないという理由がみつからない(ミルヒーだってやったことだし)。
Tetsuya Sato
宇宙水爆戦
This Island Earth
1954年 アメリカ 87分
監督:ジョゼフ・M・ニューマン
優秀な科学者のところへ地球の科学では説明できない荷物が届き、その後を追っていくと怪しい人物に遭遇する。実は惑星メタルナは宇宙戦争によって滅亡の寸前にあり、その危機から逃れるために地球人の科学者をかどわかそうとしていたのであった(という話だったと思う、たぶん)。滅亡寸前ならもう少し急いだ方がよいと思うのだけど、話の進め方がちょっと悠長だったかもしれない(しかも秘密を知られると片付けたりするし)。ほぼ同時期の『禁断の惑星』に比べるとビジュアル面が安っぽい。とはいえ、わたしの子供の頃の感覚だと、メタルナ・ミュータントは十分におっかなかったのである。
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Tetsuya Sato