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その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。しかし伝えられるところによれば、その小さな国の人々は自分の国が小さいとはまったく考えていなかった。そして小さな国だと思われることに強い怒りを感じていた。地図にない、などという話はまったくのところ論外であって、このような誤りは国際世論に訴えてただちに訂正しなければならないと考えていた。その小さな国の人々の主張では、その小さな国が小さいというのは悪意のこもった風説以外のなにかではなくて、まったくのところ全然小さくはなかったし、それでも小さく見えたのだとすれば、それはその小さな国が事実として小さいからではなくて、その小さな国が抱える特殊な事情のせいであった。
その小さな国には巨人がいた。それも一人や二人ではなくて数えきれないほどの巨人がいて、うつろな顔で森や山をうろついていた。森の巨人は樹齢を重ねた木々を灌木の茂みのように見せていたし、山の巨人は巨大な岩を小石のように見せていた。巨人が草原を歩けば草原は手入れの悪い庭に見えたし、巨人が湖に入れば湖は小さな池に見えた。その小さな国が小さな国だと思われるのは、その小さな国が事実として小さいからではなくて、巨人のせいで相対的に小さく見えるからだとその小さな国の人々は主張した。それだけではない、とその小さな国の人々は考えた。我々までが小さく見られている、とその小さな国の人々は考えた。巨人が人間と並ぶと、人間はまるでハツカネズミのように見えた。事実として小さいからではなくて、ただ小さく見えるという理由だけで小さく見られている、とその小さな国の人々は考えた。事実から言えばまったく小さくないにもかかわらず、それどころか骨格に恵まれ、身長にも恵まれ、近隣諸国をはるかにしのぐ立派な体格を国民がそろって誇っているにもかかわらず、巨人と比べれば小さく見えるという理由だけで我々は小さく見られている、とその小さな国の人々は考えた。このようなことは許してはならない、とその小さな国の人々は考えた。決して許してはならない、とその小さな国の人々は考えた。
その小さな国の人々は官民をあげてさまざまなキャンペーンをおこなって国際社会の注意を喚起し、国際世論に訴えて各国の誤った認識を訂正しようと試みた。しかし、なにしろ昔のことなので国際社会が近隣諸国から外へ広がることはなかったし、近隣諸国はその小さな国の人々が始めたキャンペーンを目撃すると、キャンペーンの主旨に同意するどころかまったく反対の行動をを取って、その小さな国の人々が主張するところによれば、はなはだしい悪意をもって、その小さな国は事実として小さい上に住んでいる人間も小さいというはなはだしく誤った風説を近隣諸国の外へ広げようと試みた。キャンペーンは失敗に終わり、その小さな国の人々は無知蒙昧を恥ともしない国際社会に怒りを抱いた。国際社会が頼りにならないのだとすれば、自分たちで問題を解決しなければならなかった。問題を解決するためには、巨人を滅ぼさなければならなかった。
その小さな国では巨人を滅ぼす試みが過去に何度もおこなわれていた。そして過去におこなわれた国際キャンペーンと同様に、巨人を滅ぼす試みはどれも失敗に終わっていた。その小さな国における一般的な認識としては、巨人を滅ぼすことはできなかった。巨人の身体は頑丈で、いったいどのような仕組みになっているのか、損傷を受けてもすぐに再生した。頸部の後ろを削ぎ取ると再生能力が失われるという説があったが、巨人の巨体を登ってそこにたどり着く手段がなかったし、仮にたどり着けたとしても削ぎ取るための道具がなかった。
滅ぼすことができないなら、どうするのか。その小さな国の人々は考えた。考えた末に巨大な壁を作って巨人を締め出すことにした。巨大な壁を作って町を囲み、畑や牧場を囲み、水源や森や山も囲んだ。壁を建設するにあたっては巨人の身長をよく調べて十分なだけの高さにした。巨人の姿を見ることはなくなり、国の大きさやひとの大きさを巨人と比較されることはなくなった。だがやつらは、とその小さな国の人々は罵った。今度は壁と比べている。壁と比べて我々や我々の国土を小さいと言っている。壁は我々が作ったもので、その壁はすべての巨人を我々の目から覆い隠すほど大きいというのに、我々と我々の国土を壁と比べて、とても小さいと言っている。
その小さな国の人々が新たな問題に直面して新たな国際キャンペーンを企画していると、どこからか前よりも大きな巨人が現われて巨大な壁を見下ろした。一人でもなければ二人でもなかった。たくさんの大きな巨人が現われて、並んで壁を見下ろした。その小さな国の人々は自分たちがさらに小さく見られることを恐れて壁を高くした。するとまたどこからか、さらに大きな巨人が現われて高くした壁を見下ろした。その小さな国の人々はあわててまた壁を高くした。するとさらに大きな巨人が現われて高くした壁を見下ろした。その小さな国の人々は一丸となって働いて壁をさらに高くした。すると雲を突くような巨人が現われて平然と壁をまたぎ越した。巨人が地面に足を置くと地響きが起こって壁が崩れた。町も畑もがれきに埋まり、さもなければ巨人の足につぶされた。生き残った者は一人もないと言われている。
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