(き)
その昔、とあるところにそれは小さな国があった。あまりにも小さいので地図に載ったことがなかったし、旅行者向けの案内書にも載ったことがない。それでも道は通じていたので旅人の往来があり、旅人はその国での見聞を自分の国へ持ち帰った。そうして伝えられた知識によれば、その国を治めた代々の王には、いつも何かしらの問題があった。暗愚、妄動、猜疑、愛欲などである。代々の王はそれぞれの問題によって心を悩ませ、ただし問題そのものには決して自覚を持つことがなかったとも伝えられている。
さて、その国の王が猜疑によって心を悩ませていた時代のこと、王妃の腹から王子が産まれた。そこで王はまず王子の種について疑いを抱き、次に王子の未来について疑いを抱いた。どのような疑いであったかは知る由もないが、どちらかと言えば疑いを深める意図で予言者が招かれ、招かれた予言者は香を焚いたり骨を投げたりした上で、一つの確約と一つの予言を王に与えた。すなわち第一の疑いには間違いないという確約が渡され、第二の疑いには王は王子の手で王位を追われるという恐るべき予言をおこなった。
王はまず確約に対して疑いを抱き、それはいかなる意味かと預言者に尋ねた。王は予言者の口から、後世の解釈を待たれよという返答を得た。次に王は予言に対して確信を抱き、自らの手を汚さずに王子を亡き者とする最良の方法を求めて思案を重ねた。猜疑に心を悩ませる者は、猜疑によって時を費やす。思案をしている間にも王子は着実に成長を続け、ようやく王が結論に達した時にはすでに立派な若者となっていた。そして王は王子を傍らに呼び、危険な使命を与えたのである。
それは禁断の惑星を訪れて、失われた古代文明の遺物を持ち帰るという使命であった。王子はまず名高い船大工を呼んで船を造らせ、次に競技会を開いて屈強の者たちを乗り組みに選んだ。間もなく最高の船が完成すると、王子は配下とともに乗り込んで禁断の惑星へと旅立っていった。
禁断の惑星では、王子とその一行を一人の娘がにこやかに迎えた。無人の地と聞かされていた王子は美しい娘の姿に驚きかつ喜び、娘の話を聞いてまた驚いた。娘には博士の父親がいて、博士はその地で失われた古代文明の研究に取り組んでいた。遺物についても詳しいという。住んでいるのは二人だけかと尋ねると、娘は即座に頷いた。従僕を数に数える習慣はまだなかったからである。
王子とその一行は娘の案内で博士を訪ねた。博士は愛想よく一行を迎え、それから失われた古代文明の偉大を称えた。続いて現代文明の貧困をけなしながら、古代文明の遺物をいくつか披露した。高度に発達した文明の奇跡の数々に、驚嘆しない者は一人もない。博士は一行に食事をふるまい、食事の後で王子とその一行は船に戻った。戻る道を娘が送り、王子は娘に感情を抱いた。
やがて夜の帳が船を覆い、王子とその一行は不寝番を残してそれぞれの寝床に横たわった。夜半が過ぎた頃に不寝番が絶叫を放ち、皆は一斉に飛び起きて得物を掴んで走り始めた。松明を灯して不寝番の姿を探し求め、いくらもしないで無残な姿を探し当てた。ねじれた遺骸の周りには、いくつものおぞましい足跡が残されていた。
王子は夜明けを待って博士を訪ね、怪物の襲来を報告した。博士はただ首を横に振りながら、すぐにも旅立つようにと王子に勧めた。王子が同行を求めると、博士はまたしても首を振った。博士と娘は安全であるという。怪物の正体を尋ねると、自分は何も知らないという返答があった。王子は博士に不審の念を抱いて船に戻り、戻る道を娘が送ると王子は娘に感情を抱いた。
再び夜の帳が船を覆い、王子とその一行は全員が不寝番となってまだ見ぬ敵の襲来に備えた。そして夜半が過ぎた頃、それは現われた。
子細は省くが、それは見えない怪物であった。見ることはできなかったが実体はあり、点々と足跡を残しながら下働きの者から屠っていった。王子は博士の不在を狙って古代文明の遺跡を調べ、難なく怪物の正体を解き明かした。博士は文明の遺物を利用して、その歪んだ心を実体化させていたのであった。
恐れを感じた王子は博士から娘を奪って船を出し、国へ戻って王を殺した。猜疑に取り憑かれた王が、王子に新たな使命を与えようとしたからである。王子は王となって博士の娘を妃としたが、妃が二児をもうけた後は夫婦の寝室を顧みようとしなくなった。王子は王となることで愛欲の虜となり、新たな妃を他国に求めた。妃は嫉妬のほむらを燃やし、その腹から産み落とした二児を炎に与えた。それから見えない何かにまたがって空の彼方へと去っていったが、古代文明が残したその奇跡の技に驚嘆しない者は一人もなかったと伝えられる。
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