ヒュンとネロエは路地に入って魔法玉の売人を探した。路地の突き当たりにいかがわしい気配が漂う建物があった。入り口に武装した用心棒が二人立っていた。ネロエが呪文を唱えて一人を飛ばし、代わりに予言者を呼び寄せた。予言者が聞けっと叫んでいるあいだにヒュンが残った一人を剣で殺した。予言者の胸にも一突きを加えて、二人は建物に入っていった。 そこは魔法玉工場だった。ハンマーを握った男たちが小鬼の頭を割っていた。白いマスクをつけた女たちが小鬼のからだを刻んでいた。鍋をかきまわしている女がいた。すり鉢で何かをすり潰している女もいた。奥のほうには白衣の男たちがいた。防塵メガネとマスクで顔を覆って、小さなスプーンで粉と粉とを混ぜていた。 「ああ」とネロエが息をもらした。唇を噛み締め、髪をなびかせて前に進んだ。「邪悪な黒い力よ」ネロエが叫んだ。「おまえたちの思うとおりにはさせません」 ネロエが呪文を唱え始めた。呪文を唱えながら手を動かすとハンマーを握った男たちが、マスクをつけた女たちが、そして白衣の男たちが、次々に消えて善良な市民に入れ替わった。タバコを口にくわえたスーツの男が、おしゃぶりを口にくわえた赤ん坊が、シャワーキャップをつけた裸の女が、ただうろたえたまま、恐怖を感じて悲鳴を上げた。ヒュンは在庫棚に近寄って、山ほどの魔法玉を手に入れた。
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「邪悪な黒い力よ」ネロエが叫んだ。「おまえたちの思うとおりにはさせません」 ネロエが呪文を唱え始めた。呪文を唱えながら手を動かすと用心棒の一人が消滅した。消えた男がいた場所にはパジャマ姿の男が歯ブラシを握って立っていた。銃弾がパジャマ姿の男を蜂の巣にした。ネロエがもう一度手を動かすと別の用心棒が消滅した。消えた男がいた場所には夜会服を着た男がグラスを手にして立っていた。銃弾が夜会服の男を蜂の巣にした。ネロエがまた手を動かすとまた一人の用心棒が消滅した。消えた男がいた場所にはエプロン姿の女がレタスを持って立っていた。銃弾がエプロン姿の女を蜂の巣にした。ネロエが手を動かすたびに用心棒が消えていった。入れ替わりに善良な市民が現われて、ただうろたえたまま、逃げる間もなく蜂の巣にされた。しかしネロエが手を動かして居場所の交換を続けると飛び交う弾の数が減っていった。用心棒が一人また一人と消えていって、善良な市民に入れ替わった。銃声がやみ、わずかに残った用心棒は路地裏の闇に姿を隠し、着の身着のままで見知らぬ場所に投げ出された人々は足もとに転がる無数の死体に気がついて、ただうろたえたまま、喉が破れるまで悲鳴を上げた。ヒュンがネロエの横に立った。 「ここは清浄になりました」とネロエが言った。
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ヒュンとネロエは町に出て、そこで魔法玉の売人を探した。二人はいかがわしい気配が漂う通りに入っていった。看板がネオンのぎらつく光をまとって立ち並び、路上にうごめくひとの波を不気味な色に染め上げていた。客引きが声を張り上げ、薄物をまとった男女が観光客に媚を売り、誘惑に負けた男や女を次々と暗い場所に引き込んでいた。嬌声が上がり、怒声が放たれ、銃声がほとばしって硝煙の臭いをまき散らした。そこら中に銃を持った男がいた。どれもが密売組織の用心棒で、二つ以上の手榴弾を胸にぶら下げ、三つ以上の弾倉を腰につけ、自動火器を構えて野戦用の防弾ベストを身につけていた。用心棒たちは怪しい者に目をつけると路地裏に引きずり込んで身ぐるみを剥いだ。怪しい一団に目をつけると一人を誘拐して身代金を要求した。支払いを渋ると指を切り、それでも渋ると耳を削いだ。みかじめを払わない店には手榴弾を投げ込んで、抵抗する者は蜂の巣にした。ふと気がつくと路傍に死体が転がっていた。ふと気がつくと縄張り争いが始まっていた。銃弾が飛び交い、通行人が逃げ惑い、遠慮も会釈もなく爆発が起こり、巻き添えになった男や女が死体になって転がった。 「ああ」とネロエが息をもらした。強い悲しみを感じて唇を噛み締め、髪をなびかせて前に進んだ。
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ヒュンはクロエの家にいた。 「あなたを求めてここに来ました」ネロエが言った。「でもあなたはいなかった。不格好なロボットがいて、ここで自分の妻を探していたのです。わたしはあなたとロボットの居場所を交換しました」 ヒュンとネロエはクロエの家で暮らし始めた。ネロエはヒュンのために食事を作り、ヒュンのために床を整え、ヒュンの服の洗濯をした。ヒュンはどこからか羽根飾りがついた帽子を見つけてきて、それをかぶって剣を腰に吊るして町へ出かけた。町の広場をぶらついて、若いのになぜぶらついているのかとたずねられると剣を抜いた。若いのになぜ働かないのかとたずねられると剣を抜いた。なぜすぐに剣を抜くのかとたずねられると、剣を抜いて相手の顔に斬りつけた。友達を作り、友達のおごりで酒を飲んだ。したたかに酔って家に帰るとネロエが突っ伏して悲しんでいた。 「邪悪な黒い力が勢いを増しています」とネロエが言った。「わたしたちは、邪悪な黒い力と戦わなければなりません」 「俺は運命を受け入れている」とヒュンが言った。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」 ヒュンとネロエは旅に出ることにした。旅に出て、旅の先で邪悪な黒い力を滅ぼすことにした。二人の前に道が開けた。 「だがその前に」とヒュンが言った。「魔法玉を少し手に入れておこう」
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スター・ウォーズ/フォースの覚醒 Star Wars: The Force Awakens 監督:J・J・エイブラムス 2015年 アメリカ 136分 察するところハン・ソロとレイア・オーガナはかなり前に肉体的な関係を持って、その結果としてベンという名の息子が生まれ(ベン・ソロ?)、おそらく母親からフォースの資質を受け継いだベンは事実上の誘拐組織ジェダイ騎士団の再興をたくらむルーク・スカイウォーカーに預けられるが、どうやら何か恐ろしいことがあって、ありがちなことではあるが、ベンはフォースの暗黒面に落ち、責任を感じたルーク・スカイウォーカーは宇宙のどこかに身を隠し、それから幾星霜、レジスタンスはルーク・スカイウォーカーの居場所を明かす星図を手に入れるが、そこへカイロ・レンが率いる帝国軍が現われてレジスタンスのパイロット、ポー・ダメロンは捕虜となり、星図を隠し持ったドロイドBB-8は砂漠に逃れて廃品回収を生業とするレイに拾われ、ポー・ダメロンはストームトルゥーパーからの脱走を決めたフィンに救われて脱出、ポー・ダメロンとはぐれたフィンはレイと出会い、そこへBB-8を探す帝国軍が現われるのでレイとフィンはBB-8とともに放置状態のミレニアム・ファルコンで脱出、ミレニアム・ファルコンを探すハン・ソロ、チューバッカと出会い、レジスタンスにBB-8を渡すためにハン・ソロの伝手を頼っていくと、そこにも帝国軍が現われてレイが捕まり、レイはカイロ・レンと対決してフォースを覚醒させ、帝国軍の宇宙要塞が例によって接近しつつあることを知ったレジスタンスが反撃に出る。 J・J・エイブラムスはおおむねにおいてよい仕事をしたと思う。プロットがエピソードIVの焼き直しだとしても、とにかく絵はしっかりと作られているし、タイ・ファイターの意外なまで接近した描写はなかなかに楽しいし、ヒロイン役のデイジー・リドリーがなかなかにいい感じで、全体としての印象は格別悪くない。ただ、家族合わせが相変わらずで、そこがうざいし、この洒落っ気のなさはほんとになんとかならないのか。あと、秘密基地を作ってはそこからXウィングを飛ばすしか能のないレジスタンスも困ったものだが、帝国軍がそのレジスタンスに移動要塞をぶつけるのは三度目であろう、弱点を狙って防衛戦に出てくるのはわかりきった話なので、だから早期警戒網をちょっと整備しておこうとか、そういうことは考えないのか。どちらもフォースに頼る前にすべきことがかなりあるのではないかと、そう愚考するような次第である。
怒りに染まった民衆が門を破って城になだれ込んだころ、ピュンは失った歯を探して泉のほとりに立っていた。途方に暮れていると水を破って泉の精が現われた。ピュンに金の歯を差し出して、おまえがなくしたのはこの金の歯かとたずねたので、ピュンは違うと言って首を振った。すると泉の精はピュンに銀の歯を差し出して、おまえがなくしたのはこの銀の歯かとたずねたので、ピュンは違うと言って首を振った。最後に泉の精はピュンにピュンの歯を差し出して、おまえがなくしたのはこの歯垢まみれの歯かとたずねたので、ピュンはそうだと言ってうなずいた。なんと正直なことか、と泉の精はピュンに言った。ではこの歯垢まみれの歯を取るがよい、この金の歯も銀の歯も取るがよい。筋骨たくましい二人の歯医者がピュンの腕をがっしりとつかんだ。古びた歯医者の椅子に縛りつけて口をこじ開け、古びた歯医者の道具を使って金の歯や銀の歯や歯垢まみれの歯を力まかせに植えつけていった。ピュンの口から悲鳴がもれた。ピュンの両目が恐怖にわななき、ピュンの口から血が流れた。意識が薄れて、目がすぐに闇に覆われた。気がつくと泉のほとりに転がっていた。血まみれの口を水でゆすぎ、口の中を水に映して悲鳴を上げた。歯垢まみれの歯のうしろには、輝く金の歯が並んでいた。輝く金の歯のうしろには、輝く銀の歯が並んでいた。金の歯も銀の歯も、どれもがサメの歯のようにとがっていた。そして怒りに染まった民衆は城の階段を駆け上がってヒュンの前に殺到した。キュンが羊飼いの杖をかまえ、クロエがショットガンを腰でかまえた。ヒュンの姿が消滅した。ヒュンが立っていた場所には不格好なロボットがいた。 くくくくく、とロボットが笑った。
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ヒュンはドラゴンを倒して首を取った。ドラゴンの首を担いで進んで行くと、城壁に囲まれた大きな町にたどり着いた。町の人々はドラゴンに苦しめられていた。ドラゴンは町を襲って家々を焼き、財宝を奪い、女や子供をさらって身代金を要求した。口から火を吹きながら銀行に現われて強引に融資を申し込み、金を受け取ると踏み倒した。下町の酒場に入り浸って無頼漢どもに酒をおごり、手なずけて犯罪をそそのかし、かと思うと大学に姿を現わして、学生の前で扇動的な演説をぶって危険思想をばらまいた。陰謀があると聞けば夜空を飛んで会合に加わり、革命家たちの秘密会議にもほとんど欠かさずに顔を出し、地下新聞に扇情的な記事を書いて青少年を堕落させた。町の人々は国王に直訴し、国王はドラゴンを倒すために軍隊を送った。一人の兵士も戻らなかった。そこで国王は約束した。ドラゴンを倒した勇者には王国の半分と王女を与えると約束した。多くの勇者がドラゴンを倒すために旅立っていった。戻ってきた者は一人もなかった。そこへヒュンがやって来た。ドラゴンを倒し、ドラゴンの首を担いでやって来た。町の人々はヒュンを歓迎した。国王は約束を果たすためにヒュンを招いた。美しい王女が微笑みながら、ヒュンに向かって手を差し出した。クロエがショットガンの引き金を引いた。美しい王女が血まみれになって吹っ飛んだ。衛兵が駆け寄るのを見てヒュンはすぐさま剣を抜き、キュンは杖で床を叩いた。
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ピュンは痛むからだに鞭を打って野を駆けた。ヒュンを抜いて四つ辻に着くと藪に隠れて息を殺した。ヒュンが来た。ピュンが立ち上がって前に進んだ。ヒュンをにらんで黄金色の魔法玉を取り出した。 ピュンが魔法玉を投げ上げた。魔法玉が一直線に空に向かって駆け上がった。すぐにかすんで見えなくなった。しばらくしてから天空の一点に黒い雲が現われた。渦を巻きながら広がって、真昼の空を覆っていった。雲の中心に新たな小さな渦が浮かんだ。回転しながらまわりの雲を押しのけると、虚空につながる窓が開いた。夜の空よりもなお暗い漆黒の世界を巨大な影が横切った。何度となく円を描くと最後に大きな弧を描いて輪になった雲をくぐり抜けた。雷をしたがえて影が飛んだ。黒い翼を広げて風に乗り、尾を伸ばして風を切り、長い首をめぐらして雲の影になじむ地上を見下ろした。黄金色の目が光を放った。口から黄金色の光が放たれた。光は燃える玉となって空を駆けて彼方に見える山の頂に激突した。山がはじけた。爆音とともに炎と土砂が噴き上がった。黒い翼が空を叩いた。黄金色の目が前をにらんだ。山の形が変わっていた。それが大きく羽ばたいた。形を変えた山の上に降り立って、四つの足で焦げた地面を踏みしめた。翼を畳み、また大きく広げると、雲が渦巻く空に向かって雄叫びを放った。 こけ脅しのテキストが垂れ流されているあいだにヒュンが煉瓦を取り出していた。赤い煉瓦を振り上げて、ピュンの頬に叩きつけた。ピュンの口から歯が束になって飛び出した。意識が薄れて、目がすぐに闇に覆われた。
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街道が森をくぐる場所にピュンは新たな罠を仕掛けた。足首の高さに縄を張って、縄に足がかかると吊り上げておいた丸太が振り子のように落ちる仕組みになっていた。丸太にはもちろん棘を植えた。ヒュンが近づいてきた。ピュンは罠を確かめた。吊り上げた丸太を見上げてうなずき、それからしゃがんで道の上の縄に軽く触れた。仕掛けは見事に働いた。棘を生やした丸太が凄まじい速さで降ってきて、一瞬でピュンを串刺しにした。垂れ下がった丸太に打ちつけられて息も絶え絶えになっていると、そこへヒュンがやって来た。横目に見たので顔をそむけた。 ピュンは痛むからだに鞭を打って森を駆けた。森を抜けると街道が川と交わる場所があって、そこに木造の橋がかかっていた。ピュンは橋に爆薬を仕掛けた。導火線を引っ張って、物陰に隠れてヒュンを待った。ヒュンが来た。ピュンは導火線に火をつけた。華々しく火花を散らして炎が走り、二メートルほど進んで消えた。ピュンは隠れ場所から飛び出して、もう一度導火線に火をつけた。少し進んでまた消えた。ヒュンが橋を渡り始めた。ピュンは導火線に火をつけた。消えるたびに火をつけた。気がついたときには橋に近づき過ぎていた。目の前に導火線を垂らした爆薬があった。炎が導火線を駆け上がり、壮絶な爆発が起こって橋とピュンを吹っ飛ばした。
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ピュンの目的は一つだった。ピュンは復讐を求めていた。裏切り者のヒュンにこの世の地獄を味合わせなければならなかった。親兄弟を皆殺しにして、親戚もはとこの果てまで残らず殺して、爪を一枚ずつ引っこ抜き、指を一本ずつねじ切ってから鼻と耳をそぎ落とし、皮を剥ぎ、肉をえぐり、腕と脚を切り落とし、性器をむしり取って口に突っ込み、最後に目玉をえぐってやろうと考えていた。 復讐を果たすためには、まずヒュンを捕えなければならなかった。ピュンは距離を置いてヒュンを追った。ヒュンが進んだあとには死体が点々と転がっていた。ときには距離を縮めて、間近から観察した。殺戮の現場も目撃した。あの剣はやばい、とピュンは思った。あの女は怖い、とピュンは思った。あの羊飼いもやっかいだ、とピュンは思った。捕えようとすればこちらが捕えられるか殺される。ピュンは方針を変更した。一気に片づけることにした。夜のあいだに先へ進んでヒュンの行く手に穴を掘った。穴の底に槍を立てて、草をかぶせて穴を隠した。物陰に隠れてヒュンを待った。固唾を呑んで待ちかまえた。ヒュンが来た。何も知らずに近づいてきて、落とし穴に足を乗せた。そしてそのまま通り過ぎた。ピュンは隠れ場所から出て落とし穴を見下ろした。首をひねって、落とし穴に足を乗せた。そのまま落ちていって串刺しになった。
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邪悪な黒い力が南で勢いを増していた。黒い力に加担する多くの者が、チュンの失敗を見て学び、ミュンの失敗を見て学び、ギュンの失敗を見て学んだ。そして前よりも強く、賢くなった。結束を固めるために教義を生み出して構成員の心に勇気を吹き込み、残酷な掟を定めて裏切り者を警戒した。二流どころの顔ぶれでは政府の特殊部隊に対処できないことがわかったので、政府や軍の特殊部隊から兵士を募って自前の軍隊を強くした。最新鋭の武器をそろえ、最新鋭の魔法玉もそろえ、強力になった軍隊を各地に派遣して強引にビジネスを推し進めた。粗悪な魔法玉を売りさばき、職にあぶれた若者を軍隊に取り込み、企業や商店を脅してみかじめを取り、生活物資の流通を仕切り、金融に乗り出し、メディアを支配し、ときには学校を作り、病院を作り、恵まれない人々に愛の手を差し出し、警察や軍隊が出動すると圧倒的な攻撃力で撃退した。一つの地域を制圧すると隣の地域に触手を伸ばして、そこも制圧するとまた隣へと邪悪な黒い力のフランチャイズを展開して、競合する勢力に遭遇すると縄張りを争って戦争を始めた。 邪悪な黒い力が迫っている、と予言者は言った。千年にわたる平和と繁栄は突き崩され、偉大なる王国は滅びの道を歩み始める、と予言者は言った。苦難の時代がやって来る、と予言者は言った。災いが大地を覆い尽くす、と予言者は言った。邪悪な黒い力がおまえたちの土地を奪い、邪悪な黒い力がおまえたちの土地を耕すであろう、と予言者は言った。予言者たちが道に並んで、声をそろえて終わりの始まりを叫んでいた。 「世界が終わる」 「終末に備えよ」 「この声を聞け」
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ロシアン・スナイパー Bitva za Sevastopol 2015年 ウクライナ/ロシア 123分 監督:セルゲイ・モクリツキー キエフの大学で史学を学ぶリュドミラ・パブリチェンコはたまたま訪れた射撃場で射撃の才能を示したことから休学して射撃訓練を受けることになり、復学してオデッサで過ごしていると戦争が勃発、まわりがどう反対しても内務人員委員部少佐の父が許さない、ということで志願して訓練部隊で訓練を受け、そこでも才能を認められてオデッサの防衛戦に投入され、初陣で戦車のペリスコープを撃ち抜いて操縦手を殺害、以降、着実に戦果を上げるが負傷して病院へ送られ、療養中にオデッサが陥落、パブリチェンコは撤退する軍とともにセヴァストポリに移り、そこで前線に復帰してドイツ軍狙撃兵を含む敵多数を殺害、合計309人を殺害したところで重傷を負い、後送を認められてセヴァストポリを脱出したあとはアメリカに送られてワシントンD.C.の国際学生大会などで演説、エレオノラ・ルーズベルトと出会う。 1970年代の末からいわゆる大祖国戦争における女性兵士の実態に関する言及が始まり、この素材を扱う形で『対独爆撃部隊ナイトウィッチ』などの映画が作られてきたが、映画における素材としてはたぶん本作で完成したのではないだろうか。戦争という状況を背景に国家にとって都合よく女性であったりなかったりする存在が本質において必要以上に女性であり、それが人間の本性に反する、という以上に自覚として女性の本性に反する行為に言わば耽溺させられて、気がついたらもう泣くほど嫌気が差している、という当たり前の描写が恐ろしいほど新鮮だった。女性の機能を押し殺している主人公と、女性の機能を絵に書いたように演じている親友マーシャとの対比が面白く、主人公が経験した辛酸を見抜いて深い同情を向けるエレオノラ・ルーズベルトの存在がたいそう温かい。映画は41年から42年までの状況が中心にしながら、エレオノラ・ルーズベルトをおもな語り手として1937年から1957年までのタイムスパンを扱い、簡潔なカットを積み重ねて主人公の心象を描き出していく。演出は抑制されているが、厚みがあり、的確で心地よい。傑作だと思う。もちろん戦争映画としても本気の作り込みがされていて、狙撃戦が中心なので規模自体は小さいものの、オデッサからセヴァストポリまで空間は十分に演出されている。オデッサ撤退ではポリカルポフI-16とメッサーシュミットの空中戦という珍しいシーンも登場する。
ピュンはギュンの傭兵部隊を預かっていた。ギュンの合図でミュンの予言者を駆逐して、ミュンを殺害する手筈になっていた。ミュンの排除に成功したら、ミュンに代わってギュンがすべてを牛耳ることになっていた。それはそれでかまわないと思ったが、かまわないと思ったときにはギュンに不満を感じていた。ギュンは待っているだけで、実行するのはピュンだった。ギュンは文句を言うだけで、現場で苦労するのはピュンだった。それなのに、なぜギュンが全部を持っていくのか。ピュンの不満に気がついたのはギュンではなかった。ミュンでもなかった。ピュンの不満に気がついたのは政府の潜入捜査官だった。予言者の一員となってミュンの組織の内偵を進めていた捜査官は間もなくピュンの存在に気がついて、訓練された鼻でヒュンの不満を嗅ぎ取った。ピュンを監視して、甘い言葉と報酬で釣ってインフォーマントに仕立て上げた。ギュンの作戦は筒抜けだった。ギュンの傭兵部隊がミュンの護衛に襲いかかると、そこへ政府の特殊部隊がなだれ込んでギュンの部隊に襲いかかった。二流に届かない顔ぶれのギュンの部隊はたちまちのうち駆逐され、ミュンの護衛は降伏した。ミュンはその場で逮捕された。ギュンも間もなく逮捕された。ミュンとギュンの裁判が始まり、すぐに判決が出て二人は刑務所に送られた。ミュンは回想録を書き始めた。予言が成就しつつある、とミュンが言った。
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「ヒュンはわたしが作り出した怪物だ」とギュンはいつも話していた。「わたしがいなければヒュンはコソ泥で終わっていた」とギュンはいつも話していた。「ヒュンの殺戮能力は誰よりもわたしが一番よく知っている。ヒュンにミュンの予言者部隊をぶつければ、何が起こるのかもわかっていた」とギュンはいつも話していた。「ヒュンの脅威をミュンに訴え、ミュンを動かすのにそれほど手間はかからなかった」とギュンはいつも話していた。「わたしが予想したとおりだった」とギュンはいつも話していた。「ミュンの精鋭部隊はヒュンの反撃にあって全滅した」とギュンはいつも話していた。「同時にミュンの周囲に大きな間隙が出現した。手勢は残っていたが、それはどう見ても烏合の衆に過ぎなかった」とギュンはいつも話していた。「この瞬間のために、わたしは傭兵部隊を用意していた。一流でまとめる予算はなかったが、実際のところ二流に届かない顔ぶれでしかなかったが、それでも戦闘部隊であることに違いはない。つまり訓練された予言者ではなく、訓練された兵士だったということだ」とギュンはいつも話していた。「ミュンの予言者部隊は奇襲戦法を好んだが、自分たちが奇襲を受けるとは、まったく予想していなかった」とギュンはいつも話していた。「間隙が出現したその瞬間、ミュンの野望を打ち砕く絶好の機会が訪れた。ばかげた予言者部隊を排除して、状況を正常化する機会が訪れていた。わたしはピュンに指示を与えた」
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ギュンが究極の魔法玉を完成させたので、ミュンはギュンを信頼した。しかしギュンはミュンに不満を感じていた。 「最初から感じていた」とギュンはいつも話していた。「予言者の力で予言を成就させるという目論見は、それはそれで立派なものだが」とギュンはいつも話していた。「予言者にこだわるあまり、ミュンは現実的な視点を失っていた。どれほど訓練しても、いかに数で圧倒しても、予言者は予言者に過ぎないのだ」とギュンはいつも話していた。「予言を成就させるのは予言者ではない。ミュンは自分のやり方でうまくいっていると信じていたが」とギュンはいつも話していた。「うまくいっているように見えたのは、わたしが作った魔法玉があったからだ」とギュンはいつも話していた。「実際のところ、もしわたしの魔法玉がなかったら」とギュンはいつも話していた。「ミュンは何一つ満足に事を運ぶことができなかった」とギュンはいつも話していた。「にもかかわらず、ミュンはわたしを魔法玉の調合師としてしか認めようとしなかった」とギュンはいつも話していた。「ミュンは現実的な視点を失っていた。現実的な視点を失って、わたしの利益を損なっていた」とギュンはいつも話していた。「だからわたしは自分の利益を守らなければならなかった」とギュンはいつも話していた。
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ヘリコプターから投げ降ろされたロープを伝って予言者たちが下りてきた。白髪を乱し、曲がった杖を背中に結わえて、滑るようにロープを伝って宿屋のバルコニーに降り立った。背中の杖をすばやく取って、窓を破って部屋に飛び込み、声をそろえて聞けっと叫んだ。クロエが寝台から転がり出て、ショットガンを構えて引き金を引いた。白い衣を鮮血で染めて数人が倒れた。窓から現われた新手が鈍色の玉をクロエに向かって投げつけた。湯気のようなものが湧いて出て、湯気に包まれたクロエが膝を突いて泣き出した。ヒュンが寝台から転がり出た。壁を叩いてキュンを呼び、剣を抜いて予言者たちに斬りかかった。予言者たちが鈍色の玉をヒュンに向かって投げつけたが、腕に巻きつけた紐が湯気を残らず吸い取った。数人を倒したところでキュンが部屋に飛び込んできた。キュンを振り返ってヒュンが叫んだ。 「下へ行け」 キュンが階段を駆け下りていった。一階にも山ほどの予言者がいて、並んで杖を構えていた。キュンを見上げて聞けっと叫んだ。キュンが杖で床を突いた。予言者たちは深い悲しみと怒りに包まれて、次々と腰を下ろして膝を抱えた。泣き続けるクロエの手を引いて、キュンが階段を駆け下りてきた。予言者たちをまたいで宿屋から出て、上空を旋回するヘリコプターの視界から逃れた。向かいの建物の屋上からピュンが一部始終を眺めていた。双眼鏡を下ろしてうなずいた。それを合図に傭兵部隊が動き始めた。
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ギュンの手の上で小さな魔法玉が黄金色の光を放っていた。 「世界に二つとない」ギュンが言った。「これが究極の魔法玉だ」 ギュンが魔法玉を投げ上げた。魔法玉が一直線に空に向かって駆け上がった。すぐにかすんで見えなくなった。しばらくしてから天空の一点に黒い雲が現われた。渦を巻きながら広がって、真昼の空を覆っていった。雲の中心に新たな小さな渦が浮かんだ。回転しながらまわりの雲を押しのけると、虚空につながる窓が開いた。夜の空よりもなお暗い漆黒の世界を巨大な影が横切った。何度となく円を描くと最後に大きな弧を描いて輪になった雲をくぐり抜けた。雷をしたがえて影が飛んだ。黒い翼を広げて風に乗り、尾を伸ばして風を切り、長い首をめぐらして雲の影になじむ地上を見下ろした。黄金色の目が光を放った。口から黄金色の光が放たれた。光は燃える玉となって空を駆けて彼方に見える山の頂に激突した。山がはじけた。爆音とともに炎と土砂が噴き上がった。黒い翼が空を叩いた。黄金色の目が前をにらんだ。山の形が変わっていた。それが大きく羽ばたいた。形を変えた山の上に降り立って、四つの足で焦げた地面を踏みしめた。翼を畳み、また大きく広げると、雲が渦巻く空に向かって雄叫びを放った。 「少しばかり改良すれば」とギュンが言った。「こけ脅しの描写はカットできる」 予言が成就しつつある、とミュンが言った。
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クロエがエルフの館に火を放った。ヒュンは生き残ったエルフを片づけながら森を進んだ。川を渡ろうとしたところで怪物に出会った。角が三本あって、牙も三本生えていた。五本の脚で地面を蹴って飛び出してきて、ヒュンの前で七本の尻尾を振り立てた。子ウサギほどの大きさだった。ヒュンは足を上げてその怪物を踏みつぶした。あたりをうろうろしていると同じ怪物が次から次へと現われたのでヒュンは片端から踏みつぶした。クロエも目を血走らせて踏みつぶした。キュンも一緒になって踏みつぶした。川を渡った先で別の怪物に遭遇した。目が八つあって一直線に並んだ五つの鼻の穴から煙を吹き出し、二十八もの脚を動かして滑るように近づいてきた。子ブタほどの大きさだった。ヒュンは足を上げてその怪物を踏みつぶした。あたりをうろうろしていると同じ怪物が次から次へと現われたのでヒュンは片端から踏みつぶした。クロエも目を血走らせて踏みつぶした。キュンも一緒になって踏みつぶした。森の中をしばらく進むとまたしても怪物に遭遇した。仔細は省くがイノシシほどの大きさだった。踏みつぶすのは無理だったのでヒュンは剣を抜いて斬り殺した。あたりをうろうろしていると同じ怪物が次から次へと現れたのでヒュンは片端から斬り殺した。クロエはショットガンで撃ち殺し、キュンは杖で打ち殺した。街道が見えたころには三人とも、自分が少し強くなったと感じていた。
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「邪悪な黒い力が南で勢いを増している」とエルフの長老が言った。「かつておまえがしたように、やつらはエルフを狩って魔法玉に変えている。よいか? おまえが罪を贖うことを望むなら、死を覚悟して南へ進め。さもなければ、いまここで死を覚悟するがよい」 「俺は運命を受け入れている」とヒュンが言った。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」 長老はヒュンに剣を預けた。名もない剣だったが、あらゆる魔法攻撃を跳ね返す力を備えていた。クロエのショットガンはエルフの鍛冶屋によって改造された。弾の数が無限になり、念じるだけで弾道が変わった。キュンの杖も改造された。杖の先で地面を打つと半径三メートル以内の敵にランダムでステータス異常を引き起こした。 「これで準備は整った」と長老が言った。「ここですべきことは残されていない。いったい何を待っているのだ? 行って我らの敵を滅ぼすがよい」 クロエがショットガンの引き金を引いた。エルフの長老が吹っ飛んだ。エルフの女たちがいっせいに呪文を唱えてヒュンに炎や水を浴びせかけた。ヒュンが剣を抜いて宙を払うと、跳ね返された魔法が女たちを蒸し焼きにした。エルフの戦士たちが剣や弓を手にして駆け込んできた。キュンがすかさず躍り出て、杖の先で床を突いた。戦士たちは悲しみに浸り、立ったまま深い眠りに落ち、かと思うと怒りに飲まれて隣の仲間に襲いかかった。クロエがそこへ散弾を浴びせた。またしても死体の山ができあがったが、クロエの心は晴れなかった。
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ヒュンは森を奥へ奥へと進んでいった。エルフは弓に矢をつがえていたのに、ヒュンを打とうとしなかった。殺すことができたはずなのに、ヒュンを殺そうとしなかった。武器を捨てろと言ったのは、捕えるように命令されていたからだ。どうやら誰かが俺に会いたがっているようだ、とヒュンは思った。それにしても誰かとはいったい誰なのか。残った一人を締め上げていれば、それを聞き出すことができたはずだった。名前と居場所を聞き出すことができたはずだった。それなのに、残らず殺してしまったのだ。一人は残しておくべきだったのに、一人残らず殺してしまったのだ。ヒュンは強い怒りをまたしても感じた。怒りのままに拳を握ってキュンの頬に叩きつけた。クロエの頬にも叩きつけた。 「なんだってんだ」キュンが叫んだ。 「このろくでなし」クロエが叫んだ。 「くそったれめが」ヒュンが叫んだ。 水の音が聞こえてきた。木々のあいだをくぐり抜けると滝が見えた。滝にかぶさるようにして、大きな館がガラスの塔を連ねていた。触ると壊れそうなガラスの螺旋階段がガラスの塔をめぐっていた。 ヒュンは館の門を叩いた。門に耳を押しつけるとエルフの言葉がかすかに聞こえた。門が開いてエルフが現われ、敵意に満ちた目つきでヒュンを見た。ヒュンは館の奥に案内された。そこにはエルフの長老がいた。 「おまえを探していた」と長老が言った。
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ピュンのことは忘れていたが、ギュンのことは覚えていた。青い魔法玉を見たときに、かすかな記憶がよみがえった。自分がいなければ、ギュンは何もできない男だった。自分が仕切ってやらなければ、ギュンには右も左もわからなかった。それなのにギュンは自分を裏切った。金を独り占めにした。だからあんなことになったのだ。刑務所にぶち込まれて、追われるはめになったのだ。 気がついたときには、ヒュンは復讐を求めていた。裏切り者のギュンにこの世の地獄を味合わせなければならなかった。親兄弟を皆殺しにして、親戚もはとこの果てまで残らず殺して、爪を一枚ずつ引っこ抜き、指を一本ずつねじ切ってから鼻と耳をそぎ落とし、皮を剥ぎ、肉をえぐり、腕と脚を切り落とし、性器をむしり取って口に突っ込み、最後に目玉をえぐってやろうと考えていた。 「俺は運命を受け入れている」とヒュンは叫んだ。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」 ギュンを探さなければならなかった。青い魔法玉をたどっていけば、ギュンが見つかるはずだった。手がかりは予言者だ、とヒュンは思った。予言者を締め上げれば、ギュンが見つかるはずだった。それなのに、残らず殺してしまったのだ。一人くらい残しておくべきだったのに、一人残らず殺してしまったのだ。ヒュンは強い怒りを感じた。怒りのままに拳を握ってキュンの頬に叩きつけた。クロエの頬にも叩きつけた。 「なんだってんだ」キュンが叫んだ。 「このろくでなし」クロエが叫んだ。 「俺についてこい」ヒュンが言った。
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ギュンは復讐を求めていた。裏切り者のヒュンにこの世の地獄を味合わせなければならなかった。親兄弟を皆殺しにして、親戚もはとこの果てまで残らず殺して、爪を一枚ずつ引っこ抜き、指を一本ずつねじ切ってから鼻と耳をそぎ落とし、皮を剥ぎ、肉をえぐり、腕と脚を切り落とし、性器をむしり取って口に突っ込み、最後に目玉をえぐってやろうと考えていた。 ピュンも復讐を求めていた。裏切り者のヒュンにこの世の地獄を味合わせなければならなかった。親兄弟を皆殺しにして、親戚もはとこの果てまで残らず殺して、爪を一枚ずつ引っこ抜き、指を一本ずつねじ切ってから鼻と耳をそぎ落とし、皮を剥ぎ、肉をえぐり、腕と脚を切り落とし、性器をむしり取って口に突っ込み、最後に目玉をえぐってやろうと考えていた。 求めるものがまったく同じだったので、ギュンはピュンを疑っていた。抜け駆けをするのではないかと疑っていた。優先権は自分にあると信じていた。 求めるものがまったく同じだったので、ピュンはギュンを疑っていた。抜け駆けをするのではないかと疑っていた。優先権は自分にあると信じていた。 ピュンが背中を向けると、ギュンは疑いの目をピュンに向けた。 ギュンが背中を向けると、ピュンは疑いの目をギュンに向けた。 予言が成就しつつある、とミュンが言った。
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ピュンは刑務所でギュンと出会って、ギュンと一緒に脱獄した。ピュンとギュンが中庭にいるところへヘリコプターが降りてきて、看守が驚いているあいだに二人を乗せて飛び立った。操縦していたのは白髪を乱した予言者だった。脱獄を仕組んだのはミュンだった。ミュンは究極の魔法玉を求めていた。ギュンはそれを作ると約束した。究極の魔法玉は特別な材料を必要とした。その材料を手に入れるためにミュンは予言者の大群を軍の秘密基地に送り込んだ。予言者たちは聞けっと叫んで兵士たちに襲いかかった。予言者たちが投げつけた魔法玉が火を放ち、雷を放ち、地面を激しく躍らせた。予言者たちが基地を占領するとギュンとピュンがヘリコプターで送り込まれた。究極の魔法玉の材料は基地の地下深くに隠されていた。それを見てピュンが目を丸くした。 「こいつはいったい?」 「宇宙人を見るのは初めてか?」ギュンが言った。「宇宙船が墜落して捕まって、もう五十年もここに監禁されている」 「材料って、こいつらなのか?」 「そうだ。魔法玉の材料にする」 予言者たちが宇宙人を檻から手荒く引きずり出した。ギュンがピュンにハンマーを渡した。ピュンがハンマーを振り上げて宇宙人の灰色の頭を叩き割った。予言が成就しつつある、とミュンが言った。
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木に縛りつけて時間をかけて切り刻むと、売人の口が軽くなった。村のはずれの木のうろに注文書と金を入れておくと、夜のあいだに魔法玉に交換されるという。誰がそれをやっているのか、見たことはなかった。誰がやっているのか、見てはならないと言われていた。 「そういうことなら」とヒュンが言った。「俺がこの目で確かめてやる」 売人から聞き出した木のうろに紙の束を押し込んで、藪に隠れて夜を待った。夜中を過ぎたころになって、白髪を乱した予言者が杖をついて現われた。一人ではなかった。二人でもなかった。あとからあとからやって来て、数十人で木を囲んだ。一人が木のうろに手を入れて紙の束を引っ張り出した。予言者たちが怒り始めた。杖をふりかざして怒りを叫ぶと、暗雲が、とか、雷が、とか、この声を聞けっといった声が切れぎれに聞こえた。クロエが立ち上がって突進した。腰だめに構えたショットガンで予言者たちに散弾を浴びせた。白髪を乱した予言者たちが次から次へと、白い衣を鮮血で染めて倒れていった。だが半分を片付けたところで弾が尽きた。生き残った予言者たちがこの声を聞けっと叫んで杖を振った。そのあいだにヒュンが背後にまわっていた。古い銃で数人をしとめ、弾がなくなると剣を抜いて予言者たちの背中を突いていった。倒れてうめいている者はキュンが羊飼いの杖を使ってとどめを刺した。生き残った者はいなかった。死体が山ほども転がったが、クロエの心は晴れなかった。
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キュンは旅に焦がれていた。ヒツジやヤギの世話から逃げ出して未知の世界に飛び込んで、思うままに冒険がしたいと考えていた。 「なにしろ俺は若いのだから」とキュンは思った。「何にだってなることができる。英雄にだって、なることができる」 「俺は運命を受け入れている」とヒュンが言った。「俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」 「あんたの運命を分けてくれ」とキュンが言った。「俺も世界を救う英雄になる。だから俺も邪悪な黒い力と戦うんだ」 ヒュンとクロエは羊飼いのキュンを仲間に加えた。三人で強い酒を酌み交わし、夜になるとヒュンとクロエがともに休んだ。二人の寝床から言葉にならない声がもれた。キュンはそれを最後まで聞いた。 「親方に挨拶をする」 朝になるとキュンが言った。親方の家は山をひとつ越えた先にあった。前掛けをかけて出てきた寝ぼけ顏の親方を、キュンは羊飼いの杖を振って殴り倒した。倒れた親方を蹴りつけて、顔に向かって唾を浴びせた。続いてヒュンとクロエが家に飛び込み、めぼしい物を奪い取った。古い銃があったので、ヒュンはそれを肩にかけた。親方の妻と息子がおびえていた。クロエが家に火を放った。親方の妻の髪に火がついて、火だるまになって転がるのをクロエは笑って見下ろしていた。動かなくなるまで笑っていたが、それでもクロエの心は晴れなかった。 青い魔法玉は親方がキュンに与えたものだった。親方は村の売人からそれを手に入れていた。ヒュンとクロエはキュンを連れて村へ行った。堂守の小屋で売人を見つけて取り囲んで締め上げた。
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ヒュンとクロエは手配を逃れ、街道を避けて山道を進んだ。山は危険に満ちていた。忍び寄る小鬼を追い払い、オークの気配を察して藪に散弾を撃ち込んだ。姿がどうであろうと怪物だと思えば剣を抜いて斬りかかって、道を切り開かなければならなかった。ヒツジやヤギを捕えて空腹を満たし、陽が暮れると木の根を枕に横たわり、夜明けとともに起き出して旅を続けた。旅人に出会うと笑顔で近づいていって前方にひそむ危険や罠を探ろうとした。なかなか口を割ろうとしない旅人は疑わしいのでヒュンが剣で突き殺した。あるいはクロエがショットガンで吹き飛ばした。至近距離で散弾を浴びた旅人がはらわたを見せて転がっても、クロエの心は晴れなかった。 山をひとつ越えたところで一軒の小屋に行きあたった。扉を蹴破って小屋に入って、金目の物を探して部屋を荒らした。めぼしい物が何もないのに怒ったところで宝箱に気がついた。ヒュンが宝箱をこじ開けようとしていると、今度はクロエがひとの気配に気がついた。部屋の隅の暗がりで誰かが息を殺していた。クロエがショットガンを構えて近づいていった。暗がりを破って若い羊飼いが進み出た。純朴そうな目をしていた。ヒュンは羊飼いの様子を横目に見ながら宝箱をこじ開けた。透き通るような光を放つ青い魔法玉が入っていた。 「おっと」とヒュンが声を上げた。「こいつはなんだか、見覚えがあるぜ」
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魔法玉の製造と販売を禁止する法律が成立して工場の認可も小売店の営業許可も取り消されると魔法玉産業は地下にもぐった。どの町でも魔法玉屋の看板が消え、裏通りを根城にする売人たちは粗悪な魔法玉を懐に隠して通行人に声をかけた。粗悪な魔法玉はよくポケットの中で爆発した。いきなり解放された魔法の力が酒場の隅で、寝室やパーティ会場で、あるいは中ボスとの対決の最中に、居合わせた者にやけどを負わせ、雷撃を加え、氷点下の地獄を味合わせた。それでも需要に変わりはなかったので粗悪な魔法玉の流通は続いた。魔法玉を買った者は持ち歩く代わりに宝箱に入れて封印した。そうとわかると金のない冒険者たちは他人の家に押し入って宝箱をこじ開けにかかり、見つかると宝箱の持ち主に襲いかかって金品を奪った。凶悪な事件が次々に起こり、警察の捜査は常に後手にまわっていた。捜査官たちは魔法玉の品質が変わってきていることに気がついた。粗悪な魔法玉はいつの間にか駆逐され、中級品以上が市場に多く出回っていた。ときには極上品も見つかった。捜査官たちは確信した。質の高い魔法玉を供給する秘密のルートが存在する。売人たちを締め上げていくうちに、いくつかのおぼろげな線が浮かび上がった。どの線も街道の南につながっていた。捜査官たちは街道の南に注目した。予言が成就しつつある、とミュンが言った。
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チュンの王国が崩壊するまでは単なる公然の秘密であったことが、チュンの王国が崩壊するのと同時に国家を震撼させる事件になった。魔法玉産業と政財界の癒着が暴露され、醜聞は政府の最高位とその身内にまで及んだが、政府は無難な地位にある数人の地方官吏を戒告処分にしただけで幕引きにかかった。しかし正義に目覚めた地方検事が独自の調査によって政府高官の告発に踏み切り、それが引き金となって政財界の重鎮の大量逮捕が始まると、有識者の一部から魔法玉が善良な市民の魂を堕落に導いているという声が上がり、この声に賛同する善良な市民が全国から集まってプラカードを掲げて行進を始めた。善良な市民からなるこの集団は行動の一環としてそろいの腕章をつけて道をふさぎ、通行人の持ち物を調べて魔法玉を没収した。魔法玉を売る店の前で集会を開き、悪臭がする白いペンキを店に浴びせた。対抗する市民集団は腕章をつけた市民に魔法玉で反撃を加え、衝突が全国各地で多発して、騒動に便乗した貧困層が店のショーウィンドウを叩き割って商品の略奪を繰り返した。情勢は不穏の一色に染まり、先行きへの懸念から株価が下がり、資本が海外へ逃げ出し、貨幣価値が急落した。二桁台で進行するインフレーションが家計を圧迫し、失業率が跳ね上がり、取り付け騒ぎを恐れた金融機関は窓口を閉ざして涙を流しながら死に絶えていった。千年にわたる平和と繁栄は崩壊の危機に瀕していた。予言が成就しつつある、とミュンが言った。
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