2014年6月6日金曜日

町/海賊


 あるとき、町に海賊たちがやって来た。
 海賊たちは鉄の檻に詰め込まれて、馬車の荷台で揺すられていた。街道の埃を山ほども浴びて灰色に染まり、砂を噛んでは毒づいていた。馬車が進むと海賊たちのにおいが街道に残った。海賊たちは猛烈に不潔で猛烈な悪臭を放ち、そして猛烈に渇いていた。喉を渇きに焼かれていた。唇はひび割れ、舌は干上がり、海賊たちは太陽と酒で焼かれた顔を並べて渇きを訴え、わずかな唾液で喉をうるおし、苦味を感じて互いの顔に唾を飛ばした。海賊たちは怒りを味わい、揺れ動く檻のなかで運命を呪った。海賊たちは追いつめられて、揺れ動く檻のなかで絶望の淵を見下ろしていた。それでも馬車が町に入ると海賊たちの目の色が変わった。どす黒い目に油断のない欲望の色が浮かび上がり、物色する視線を八方に飛ばした。
 馬車の御者台には三角帽をかぶった黒ひげの男が座っていた。男は町役場の前で馬車をとめた。馬車から下りると道に向かって痰を飛ばし、檻のなかの海賊たちに一瞥を与えた。海賊たちは鉄製の格子をつかんで男に罵声を浴びせかけた。
 男は町役場に入っていった。カウンターの向こうにいた小柄な男に声をかけて、何枚かの書類を並べながら教育的展示の許可を求めた。小柄な男は書類に目を走らせて、眼鏡を押し上げながら眉をひそめた。
「なんとまあ、海賊とは」
 黒ひげの男は興行主だった。教育的な展示をしながら町から町へとまわっていた。役場の男は興行主にうながされて海賊の檻を見にいった。海賊たちの悪臭にむせて、鼻と口をハンカチで覆った。海賊たちは役場の男にも激しい罵声を浴びせかけた。海賊たちの唾を浴びて、役場の男が飛びのいた。
「これは、どこで獲れたのかね」
 遠くの海で、ずっと昔に。興行主はそう言った。海賊たちはずっと昔に遠くの海で捕まって、檻に入れられたまま海軍の倉庫でずっと保管されていた。興行主は海軍の払い下げ品の競売で檻ごと落札したという。役場の男は眼鏡を押し上げて顔をしかめた。
「いったい、そんなばかな話が」
 興行主は海軍が発行した書類を持っていた。書類は可能な限り婉曲な表現を使いながら、海賊たちがずっと昔に遠くの海で捕まって、そのまま海軍の倉庫で保管されていたことを渋々と認めていた。海賊たちは呪われていた。海賊たちを滅ぼすことはできなかった。役場の男は眼鏡を押し上げて首を振った。
「まったく信じられない話だが」
 そう言いながら興行主に教育的展示の許可を与え、旧市街のはずれにある小さな公有地を割り当てた。
 興行主は馬車に乗り込んで檻を指定の場所に動かした。そこは町でも貧しい人々が住む一角にあった。檻を積んだ馬車がとまり、海賊たちが悪臭と罵声をあたりに飛ばすと、すぐに見物人が集まってきた。海賊たちは見物人にも激しい罵声を浴びせかけた。興行主は見物人のなかから腕っぷしの強そうな若者を二人選んで助手に雇い、さらに大工を二人雇った。若者には棍棒を与え、大工には図面を出して指示を与えた。二人の若者は棍棒を握って檻に近づき、鉄の格子を叩いて海賊たちを威嚇した。二人の大工は馬車の下から材木を引っ張り出して、大工仕事に取りかかった。
 興行主は鋭利な穂先がついた本物の槍を馬車の下から取り出した。槍をかかげて見せながら見物人に料金を言った。お手軽とは言えない額だったが、それでも数人が手を上げた。興行主が一人を指差し、指差された男が見物人のあいだを縫って興行主の前に進んだ。製材所で事務員をしている男で、窮屈な服を着て自分のからだを締めつけていた。事務員は金を払って槍を受け取った。槍を構えて海賊たちに近づいていくと、海賊たちは口汚く罵って唾を浴びせた。事務員が興行主を振り返った。興行主がうなずいた。製材所の事務員はこぶしで額の汗をぬぐい、震える手で槍を握り直すと檻に向かって突き入れた。穂先が鉄の格子にはじかれた。海賊たちは指を突きつけて事務員を笑い、腰を振ってしなを作り、罵声と唾を浴びせかけた。事務員はもう一度汗をぬぐって槍を構えた。騒ぐ海賊たちをにらんでしばらく槍を構えていたが、やがて檻を背にして興行主の前に戻り、槍を返して肩を落とした。興行主は二人目の客を指差した。太鼓腹を抱えた居酒屋のあるじが金を払って槍を握った。海賊たちが罵声を放つと居酒屋のあるじも罵声を放った。居酒屋のあるじは槍を構えて檻に近づき、至近距離から海賊を狙って槍の穂先を叩き込んだ。胸を突かれた海賊がうめき、同時に見物人が息を呑んだ。居酒屋のあるじは腕に力を込めて槍を抜いた。穂先が海賊の血で濡れていた。胸を突かれた海賊が恨みを叫んで復讐を誓い、居酒屋のあるじは槍を振って雄叫びを上げた。そして満足そうな笑みを浮かべて槍を返した。その様子を見て数人が新たに手を上げた。居酒屋のあるじのあとには質屋のあるじが槍を握った。質屋のあるじのあとには金物屋のあるじが槍を握った。質屋のあるじの槍は海賊の首を刺し貫き、金物屋のあるじの槍は海賊の腿を深くえぐった。
 教育的な展示の前に順番待ちの列ができた。興行主は予備の槍を取り出した。翌日の昼には大工たちの仕事が終わった。檻の隣に絞首台ができあがって、太い輪縄をぶら下げていた。首枷のついた晒し台も絞首台の隣にできあがった。
 午後からは子供向けのマチネーが始まった。顔を頭巾で隠した二人の助手が海賊を檻から引きずり出した。少しでも抵抗すると棍棒で激しく殴りつけた。助手は海賊を後ろ手に縛って、足には鉄の足枷をはめた。棍棒で小突いて絞首台にのぼらせ、踏み台の上に立たせてから輪縄をかけて引き絞った。興行主と契約した物売りが見物人のあいだで声を上げて、飲み物や駄菓子を売ってまわった。三角帽をかぶった興行主は黒い法服をまとって見物人の前に現われ、絞首台の上の海賊を指差して数々の悪逆非道なおこないを暴き、その罪の重さを責めて分相応の最期を予告した。興行主が合図を送ると助手が小さな踏み台を蹴った。同時に見物人が息を呑んだ。海賊のからだが宙に浮いた。輪縄に首を絞められて海賊がもだえ苦しんだ。放っておくといつまでも、死なずにもだえ苦しんだ。適当なところで興行主が合図を送ると、助手が縄を切って海賊を落とした。海賊は輪縄をつけたまま晒し台の上に送られて、首枷で頭を固定された。するとそこへ子供たちが小銭を握って押し寄せてきて、バケツを持った助手に料金を払って刷毛を取った。晒し台の海賊が子供たちに罵声を浴びせかけると、子供たちは負けずに刷毛を振り上げてタールを海賊の顔に塗りつけた。
 海賊の教育的展示は成功を収めた。興行主は莫大な利益を得た。マチネーでは子供たちがタール塗りの列を作り、夜になると町の男たちが若い者から老人まで、ときには家庭の主婦や結婚前の娘までが海賊に突き刺すための槍を求めて列を作った。興行主は町役場を訪れて展示期間を延長した。いくらかのひとは展示内容が良俗に反していると主張したが、多くのひとは海賊ならば何度殺してもかまわないと考えた。町長はコメントを差し控えた。商工会議所の会頭は大きな教育的効果を認め、町の新聞は展示に支持を与えた。
 ある晩、海賊たちが反撃に出た。その晩も槍で穴だらけにされた海賊たちは町が寝静まるのを待って行動に移り、見張り役の助手を言葉たくみに挑発して檻の前までおびき寄せた。助手がうかつに近寄ったところへ、海賊たちはすかさず手を伸ばした。助手を捕まえてすばやく首の骨をへし折ると、助手の腰から鍵を奪った。海賊たちは鍵を使って檻から逃れ、棍棒を拾って町を走った。質屋の戸をこじ開けてなかへ入ると二階に上がり、寝室で寝ていた質屋の夫婦を棍棒で滅多打ちにした。質屋の夫婦を殺害したあと、海賊たちは店のなかを物色して、古びた短剣やカットラス、先込め式のピストルなどを見つけ出した。海賊たちは見つけた武器をベルトに差して隣の金物屋に押し入った。二階に上がって金物屋の夫婦を殺害すると、店のなかを物色して銃と弾薬を見つけ出した。手斧やナイフも手に入れた。海賊たちは再び町に走り出て、興行主がいるホテルに襲いかかった。夜間勤務のポーターをカットラスで切り殺したあと、床に油をまいて火を放った。吹き上がる煙とともに階段をのぼって、途中で出会う相手があれば見境なしに切り殺した。興行主の部屋を見つけてドアを破り、寝ていた興行主を縛り上げると窓辺に立たせて、そこから戸板を渡らせた。しかし三階分の高さしかなかったので興行主は足の骨を折って地面に転がり、それを見た海賊たちは階段を駆け下りていって逃げようとする興行主を取り囲んだ。手にした得物をいっせいに構え、何発もの弾を撃ち込み、刃物をふるって切り刻んだ。続いて海賊たちはホテルの向かいの居酒屋を襲った。店にいた者を皆殺しにしたあと、飲めば頭痛と吐き気を誘う地元の酒で喉にしみつく渇きをいやした。海賊たちは居酒屋にも火を放った。髪を焼いて煙を引きずりながら道に出て、寝巻き姿で火事場見物に現われた寝ぼけ顔の男女を殺戮した。
 海賊たちは警官の呼子を聞いて川に逃れた。燃え上がる炎が夜空を焦がし、消防車の鐘が鳴り響いた。海賊たちは川辺で漁師が使う船を見つけた。海賊たちは船に乗り込み、海を求めて川を下った。ヨー・ホー・ホー、ラム酒が一瓶。

Copyright ©2014 Tetsuya Sato All rights reserved.