2014年6月10日火曜日

町/闇


 心を闇で覆われた者は光を嫌って土にもぐった。心とからだを闇でくるんで、闇の世界に溶け込んで、そこで初めて安らぎを得た。闇をまとった者は闇のなかで、闇をまとった者とささやきを交わした。耳を地面に近づけると、闇をまとった者のささやきが聞こえた。いつの間にか地面の下がささやきであふれて、気がついたときには闇の一族が生まれていた。
 闇の一族は闇をまとって、闇のなかを這い進んだ。心を闇で覆われていたので、恐れるものはなにもなかった。頭上に石畳の道があれば、敷石を肩で押しのけた。かたい床にぶつかれば、鑿と鎚で穴を開けた。闇の一族が進んだあとには敷石をゆがめた畝が残った。床下から音を響かせて、開けた穴から小銭を渡して新聞を買った。食堂では穴の底から給仕を求め、勤め先では穴の底で見積もりを作り、居酒屋の床の下ではいくつものグラスを打ち鳴らして、ときにはグラスを返さないまま立ち去った。
 石畳の道を闇の一族が残した畝が走り、広場では闇の一族が残した畝が交じり合った。著名人の講演にはヘビの群れのように畝の束が押し寄せてきて、鑿と鎚を使う音が講堂中に響き渡った。法廷の傍聴席には闇の一族が残した穴があった。病院にも町役場にも、闇の一族が残した穴があった。闇の一族が残した穴にはまって怪我人が出た。畝を踏み抜いて事故が起こり、闇の一族が集う店は大地の支えを失って刻一刻と傾いていった。
 闇の一族は町に被害を与えていた。このような無法を許してはならないと多くの者が叫んでいた。町は説得を試みた。拡声器を地面に向けて、道の下に穴を掘るな、他人の床に穴を開けるなと要求した。もちろん要求しただけではなくて、言葉を尽くして対話を求め、言葉に流されて闇の一族の無法を責めた。闇の一族の行為は人類に対する犯罪であり、人間の尊厳を著しく地に落としていると訴えたが、闇の一族は心を闇で覆われていたので聞く耳をまったく持たなかった。
 説得できないとなれば、逮捕しなければならなかった。町は警官を送って穴を見張り、穴のなかに罠をしかけた。しかし穴を見つめる警官の目は闇を濁らせて闇の一族に警告を与えた。穴にしかけた罠もまた、昼の光を帯びて輝いて闇の一族に警告を与えた。闇の一族は警官や罠を避けて穴を掘り、掘った穴が見つけられると隣に新たな穴を掘った。町の足元は穴で満たされ、道は通行不能になり、道沿いに並ぶ建物は次々と穴にはまって傾いていった。
 最後の手段に訴えなければならなかった。町に雇われた駆除業者が穴にもぐって毒餌をまいた。駆除業者は光のなかで暮らしていたが、心は闇で覆われていた。駆除業者は心の闇を毒餌にまぶして穴にまいた。毒餌は闇によくなじんだ。
 地面の下からうめき声が聞こえてきた。町の人々は耳をふさいだ。町の人々はなにも聞こえないふりをした。うめき声が消えたとき、町は勝利を宣言した。

 しかし仕事はまだ終わっていなかった。地面の下から闇の一族を掘り出して、墓に葬らなければならなかった。町に雇われた作業員が鶴嘴をふるって道に大きな穴を開けた。腕章をつけた男たちが現われて、建物の床を剥いでまわった。穴から死体が引きずり出された。道端に死体の山ができた。作業員は死体を乱暴に運んだ。腕章をつけた男たちは死体の前で肩を組んで写真を撮った。
 町の人々は空を見上げた。穴からこぼれた地底の闇が昼の光を濁らせていた。墓地へと運ばれる死体の列が町に闇の尾を引いた。町の人々は恐れを抱いた。町の人々は心を鍛えなければならなかった。闇ですっかり覆われる前に、心を鍛えなければならなかった。それにしても、と多くの者が首をかしげた。あの腕章の男たちは、いったいどこからやって来たのか。

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