2015年7月31日金曜日

Plan-B/ 気流

S7-E06
気流
 ベルト着用のサインが点灯して、機長が乱気流による振動を予告した。乗客はうつむいてベルトの金具を手で探り、客室乗務員は満席の乗客に目を配りながら自分の席に戻っていく。機体が小刻みに揺れ始めた。大きく縦に揺れ動いて、多くの乗客が声をもらした。棚の蓋が弾けるように口を開けて、こぼれた荷物が乗客の頭に降りかかった。悲鳴が上がる。機体が揺れる。屋根に何かがぶつかって、重たい音が客室を揺すった。裂ける音が、壊れる音が、続けざまに響いてくる。音を立てて空気が走り、蒼ざめる乗客の前に酸素マスクが垂れ下がった。乗客たちがマスクに向かって手を伸ばすと、それと同時に減圧が起こった。天井の一角が一瞬のうちに吹き飛んで、あらゆる物が宙を飛び、数人の乗客が吸い出された。難を逃れた人々は虚空が叩きつける風にさらされて、椅子にしがみついて目を閉じた。空気がない。凍えていく。機体が軋む。飛び込むような勢いで機首が下がり、吹き荒ぶ風に悲鳴が混じる。猛烈な速さで降下している。背中を座席に押しつけた。薄目を開ける。この風の中を、何かが悠然と歩いている。暗いひびに覆われた灰色の巨体が目に入る。それは通路に立っていた。異様に長い腕を動かし、指の数がやたらと多い手を伸ばして、乗客の一人を鷲掴みにして、やすやすと椅子から引き剥がした。暴れるからだを腕に抱えて、機体の裂け目から出ていった。轟音が耳を苛んだ。耳をふさぐ。目を閉じる。まだ降下している。まだ終わらない。

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