S6-E33
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視線
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いつもと同じ時間にいつもと同じ店に入ると、そこに必ず彼女がいる。離れた場所に腰を下ろして、彼女の姿を盗み見て、美しい、と彼は思う。ほんとうの美の基準からすれば、もしかしたら口が少しばかり大きいが、ほんとうの美の基準からすれば、もしかしたら鼻が少しばかり大きいが、それでも美しい、と彼は思う。美しさに気圧されて、近づくことができなかった。近づくことができないので、声をかけることもできなかった。せめて視線を交わすことができるなら、と彼は思う。期待を込めて待ち構える。彼女の視線が不意に動いて、彼の上を素通りした。彼の姿は彼女の目には入らない。それでも期待を込めて待ち構える。彼女の視線がまた動いて、彼の上を素通りした。彼は静かに息をもらして、次の機会を待ち構える。やがて彼女は勘定を済ませて立ち上がって、よく似合うコートに袖を通した。バッグをすばやく肩にかけて、出口に向かって進んでいく。彼女の後ろ姿を見送りながら、また明日、と彼は思う。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
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