S7-E05
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遭難
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凍てつく海で風が荒び、吹き上がるしぶきが夜を隠した。波が踊り、凍った雨が船を叩き、操舵室の暗がりでは厚着をした船員が回転窓に目を凝らした。風が唸る。どこからともなく、果てることなく繰り出される動揺を、船は疲れを知らずに乗り越えていく。粘るような闇の奥から稲妻がほとばしって海原を舐め、醒めるような青い光が雲にわずかな輪郭を与えた。船員が夜間双眼鏡を目にあてがって前をにらんだ。一瞬、顔に恐怖が浮かび、操舵員に向かって命令を叫んだ。エンジンテレグラフのベルが鳴り、操舵員が舵輪を回した。船が波に腹をさらして傾いていく。慌ただしく舳先を回す船の前に、黒々とした岩の山が現われた。船員たちが息を呑んだ。岩にあたって砕けた波がしぶきを散らし、しぶきを破って巨大な何かが躍り出て、風に向かって咆哮した。風が震える。稲妻を背にして、それが姿を現わした。巨大な頭が影を投げた。顔が見える。無数の触手がうごめいている。鉤爪のある手が雨をはらい、驚くほど無慈悲な目が船をにらんだ。船員たちは部署を捨てて逃げ惑い、悲鳴を上げ、耳をふさぎ、痙攣しながら床に倒れた。数日後、無人になって漂う船が発見される。船に乗り込んだ人々はあらゆる場所で狂気がおこなわれた痕跡を発見し、船長室では支離滅裂な言葉が書き散らされた航海日誌を発見する。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
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