2014年11月23日日曜日

インターステラー

インターステラー
Interstellar
2014年 アメリカ/イギリス 169分
監督:クリストファー・ノーラン

地球では環境が悪化して植物が死滅しつつあって、人類は遠からず酸素の供給を断たれて空腹を抱えて絶滅する運命にあって、すっかり貧乏になったアメリカで農業をしているクーパーは娘マーフが見つけた謎の手がかりから消滅したはずのNASAの施設にたどり着き、そこではNASAが十年も前から移住可能な惑星の探査を続けていて、地球上には次世代のための時間が残されていないと知らされたクーパーはそもそもNASAのパイロットであったことから最後の探査船の乗員に志願し、必ず帰ってくるとマーフに約束して旅立って木星の軌道付近からワームホールへ飛び込んで別銀河へ移動して、先遣隊が有望視したとされる惑星を目指して進んでいくが、期待した成果を得られないまま時間を無駄に費やすことになり、そのあいだに成長したマーフはNASAの物理学者になって移住計画の根本的な問題に気がつき、計画自体の秘密にも気がついて銀河のかなたに絶望を伝え、そのメッセージを見たクーパーは偶然に助けられて次元の階梯をのぼっていく。
劇中でしきりと繰り返されるディラン・トマスの詩がうざい。全体的な雰囲気はジェームズ・ティプトリーJr.の暗めの短編を星野之宣が大幅に肉付けして描いた漫画の映画化、という感じになるかと思う。つまり人間性に関する単細胞な洞察やむやみと情緒的な部分も含めて正統派のSFであり、宇宙探査と相対論的な時間の経過をこの規模で正攻法に扱った映画はたぶん珍しいと思うし、宇宙機のデザインなどもよくできているし、ワームホールやブラックホールの描写もいかにもという具合になっているし、異星の景観もきわめて地味ではあるがよくできているし、なによりロボットたちが有能でかわいらしい。3時間近い長尺ではあるが、構成上のバランスもよく取れていて、よどみも破綻もない、ということであれば、ここ数作のノーラン作品のなかではいちばん優れているということになるのではないだろうか。ただ、ことさらなメッセージ性は気になるし、そのメッセージの中身が『ダークナイト』終盤の悶着を拡大しただけ、ということになると少々わずらわしい。 マシュー・マコノヒーの父親役でジョン・リスゴーが、NASAの職員の役でウィリアム・ディベインが顔を出していて、これはちょっとうれしかった。


Tetsuya Sato