2014年10月14日火曜日

いたちあたま (8)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の女たちが村の男たちに殴られて、助けを求めて叫んでいた。髪を掴まれ、引きずり倒され、足蹴にされて助けを求めて叫んでいた。村の男たちは村の女たちの腰帯をほどき、隠しどころにためらいもなく手を入れて村の女たちの金を奪った。金を手に入れた村の男たちは居酒屋に集まって酒盛りを始めた。
 村の男たちがすっかり酔って寝静まったころ、村の女たちは荒れ野へ出かけて、そこで道を誤った旅人を探した。道を誤った旅人が見つからないと地団太を踏んで罵声を放ち、そろって村まで駆け戻ると居酒屋の裏に集まった。足音を忍ばせて店に入り、居酒屋のあるじを背後から囲んだ。居酒屋のあるじが振り返ると、村の女たちは髪留めを抜いた。髪を乱してわめきながら針のようにとがった髪留めの先を居酒屋のあるじの胸や腹に突き立てた。それから髪留めの血をぬぐい、顔を隠して家に戻ると戸口に掛け金を下ろして息をひそめた。
 居酒屋のあるじは最後の息で村の男たちを呼び起こした。村の男たちは立ち上がって居酒屋のあるじの服を剥ぎ、からだに開いたいくつものこまかな穴を見て、ほうほうほうと声を上げた。村の男たちが匕首を抜いた。居酒屋のあるじのからだをうつ伏せにして、背骨に沿って一列に並ぶ黒い縫い目を匕首を使って切っていった。切られて残った紐を抜いて、背中の裂け目を手で広げた。さらに大きく広げると居酒屋のあるじの皮の下から粘るように糸を引く白いものが現われた。手足はあったが、目も鼻もなければ口もなかった。それはまだ生きていた。村の男たちはそれを居酒屋の裏に投げ捨てた。すると湿った地面から無数の黒い虫が湧いて出て、波打ちながら白いものに群がっていった。粘り気を帯びたからだを這って肉の下にもぐり込み、白い糸がしたたる穴をこしらえながら、音を立てて食べていった。
 村の男たちは居酒屋のあるじの皮と穴掘りの道具を抱えて荒れ野を渡った。荒れ野の北の石が転がる場所に着くと、石を動かして湿った地面に穴を掘った。深くまで掘った穴の底で粘り気を帯びてうずくまる白いものを見つけると、古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げた。村の男たちは穴の底に居酒屋のあるじの皮を下ろした。穴の底で見つけた白いものに居酒屋のあるじの皮をかぶせて背中を黒い紐で縫っていった。

 だが気をつけねばならん。
 森の老人はそう言った。
 土の下からあれを起こすと、肉蠅どもも目を覚ます。
 森の老人はそう言った。
 腹を空かせた肉蠅どもが目を覚ます。
 森の老人はそう言った。
 羽音を聞いたら逃げることだ。
 森の老人はそう言った。
 食われたくなければ逃げることだ。
 森の老人はそう言った。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 腹を空かせた肉蠅の群れが村の男たちに襲いかかった。村の男たちは居酒屋のあるじを抱えて逃げ出した。逃げ遅れた数人が肉蠅にたかられ、穢れた汁で肉を溶かされ、溶けた肉をすすられて助けを求めて叫んでいた。肉蠅の群れから逃れるあいだに、三人か四人が生きたまま食われた。村まで逃げ戻っても安心することはできなかった。いつの間にか一人か二人が肉蠅に卵を産みつけられていた。肉蠅は耳や鼻から入り込んで、からだの奥に卵を産みつけた。肉蠅に卵を産みつけられると、まず古いしきたりを守らなくなった。続いて女を殴らなくなり、酒を呑んでもいないのに吐くようになり、目がうつろになって立っているのが難しくなり、やがて起き上がることができなくなった。横たわったまま口から焦げた汁を吐き続けて、汚れた寝床を悪臭に浸した。
 村の男たちは肉蠅に卵を産みつけられた男の家を囲み、古いしきたりにしたがってほうほうほうと声を上げた。取り囲んだ家の戸板に赤土を塗り、家の前で火をおこした。空に向かって黒い煙が立ちのぼると、暗い森の向こうの岩の山から穴暮らしたちがやって来た。穴暮らしたちはからだに汚れたぼろを巻きつけて、がらがらと音を立てる大きな荷車を引いていた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 卵を産みつけられた村の男が助けを求めて叫んでいた。穴暮らしたちに運ばれて荷車の荷台に載せられても、まだ逃れようともがいていた。穴暮らしたちは卵を産みつけられた村の男の服を剥ぎ取り、縄で荷台に縛りつけた。からだにまとったぼろの下からぼろに覆われた手を伸ばして、卵を産みつけられた男のからだのあちらこちらを指で押した。するとそのどこからも赤黒い汁と一緒に太った蛆が顔を出した。穴暮らしたちは太った蛆を指でつまんで、すばやく口に放り込んだ。ゆっくり顎を動かしながら村の男たちに金を払い、音を立てる荷車を引いて去っていった。
 村の男を売って得た金は村の男たちのあいだで分配された。村の男たちは居酒屋へ出かけていって金がなくなるまで酒を呑んだ。三人売れば酔いつぶれるまで呑むことができたが、一人しか売れないときには飲み代が尽きたあともまだ全員が立っていた。村の男たちは金がなくなったことに腹を立てて、村の女たちを殴り始めた。



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