2014年10月17日金曜日

いたちあたま (11)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 道を誤った旅人が荒れ野で助けを求めていた。荒れ野には祈る者の背中からこぼれた罪のかけらが転がっていた。道を誤った旅人はそれを見つけて口に入れた。すると骨が溶け始めた。からだのなかで骨が溶けていくあいだ、道を誤った旅人は助けを求めて叫び続けた。骨がすっかり溶けるまでに七日かかった。日の光にさらされ、雨に打たれ、朝の霧に包まれると、道を誤った旅人は甘いにおいのする泥に変わった。夜の風に流されて荒れ野のくぼみに滑り込んだ。それを村の女たちが柄杓で汲んで桶に移した。桶がいっぱいになると頭にのせて村に戻り、桶の中身をさじですくって子供に与えた。

 子供の世話は女の仕事だ。
 森の老人はそう言った。
 子供は女の世話で大きくなる。
 森の老人はそう言った。
 大きくなって女を殴る男になる。
 森の老人はそう言った。
 大きくなって男が殴る女になる。
 森の老人はそう言った。
 半分は、そうなる前に石になる。
 森の老人はそう言った。

 子供は夜のあいだに石に変わった。土をかためた床の上で、隙間風に吹かれて石に変わった。村の女たちは石に変わった子供を石で砕いた。砂になるまですり潰して、村の男たちの食べ物に混ぜた。村の男たちはそれを食べて下半身から血を流した。
 古いしきたりにしたがって、村の男たちはほうほうほうと声を上げた。村の男たちが下半身から血を流すのは、村の女たちが食べ物に毒を混ぜた証拠だった。
 古いしきたりにしたがって、村の女たちはほうほうほうと声を上げた。村の男たちが下半身から血を流すのは、村の男たちが女を殴れなくなった証拠だった。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の男たちが村の女たちに殴られて、助けを求めて叫んでいた。ひげを掴まれ、引きずり倒され、足蹴にされて助けを求めて叫んでいた。村の女たちは村の男たちの腰帯をほどき、血まみれになった隠しどころを指差した。村の男たちは助けを求めて森に逃れた。血のにおいに引き寄せられて、湿った地面から黒い虫が這い出してきた。波になって押し寄せてきて村の男たちの脚をのぼり、隠しどころに食らいついた。皮を破って肉をかじり、肉のなかへともぐり込んだ。肉を食い尽くしながら上へ上へと這い上がって、口からあふれて顎を伝った。目からあふれて頬を流れた。逃れるあいだに四人か五人が生きたまま食われた。

 森の奥には、捨てられた者がいる。
 森の老人はそう言った。
 捨てられた者は動かない。
 森の老人はそう言った。
 森の奥に横たわって、ただ口を開けている。
 森の老人はそう言った。
 口を開けていると虫や鳥が飛び込んでくる。
 森の老人はそう言った。
 捨てられた者はそれを食べる。
 森の老人はそう言った。
 そして見上げるほどの大きさになる。
 森の老人はそう言った。
 小山のような大きさになる。
 森の老人はそう言った。

 森の奥にたどり着くと、村の男たちは匕首を抜いた。匕首の先で捨てられた者の皮膚を裂いて、そこに藁を差し込んだ。村の男たちは藁の端を口にふくんで、捨てられた者の血を吸った。吸い続けると下半身から流れる血がとまった。さらに吸うと女に作られたあざが消え、虫にかじられたあとが消えた。女にむしられたひげが戻り、酒の濁りが目から消えた。なおも吸い続けると、捨てられた者が喉の奥を震わせた。捨てられた者のからだから重たい音がとどろいた。空がいきなり暗くなって、大きな黒い鳥が舞い降りてきた。

 取りすぎた者は鳥がさらう。
 森の老人はそう言った。
 さらって、捨てられた者の口に捨てる。
 森の老人はそう言った。
 古いしきたりがある。
 森の老人はそう言った。
 取りすぎたものは返さねばならん。
 森の老人はそう言った。

 捨てられた者のからだには蔦がからみついていた。行商人はその蔦を伝って捨てられた者の口までのぼっていった。苔の生えた歯をまたいで、捨てられた者のからだのなかへ入っていった。捨てられた者のからだのなかにはいろいろな物が転がっていた。鳥やけものの死体があった。村の男の匕首があった。暗い森の盗賊が使うやっとこもあった。道を誤った旅人もいた。まだ生きていると、行商人は道を誤った旅人の身ぐるみを剥ぎ、やっとこで肉をえぐり、耳や鼻をねじり取った。もう死んでいれば、荷物を取り、服を取り、胴巻きを開いて金を取った。行商人は捨てられた者のからだのなかで物を取って袋に投げ込み、取った分と同じ重さの石を置いた。袋がいっぱいになるまで取って捨てられた者の口から出ていった。



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