2014年10月11日土曜日

いたちあたま (5)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 荒れ野を進む蜂蜜売りが、心の底で助けを求めて叫んでいた。古びた麦わら帽子を目深にかぶり、陽に灼けた暗い顔をうつむけて、一文字に結んだ口の奥で助けを求めて叫んでいた。蜂蜜売りは蜂蜜を満たした大きな重たい樽を背負い、濁った影を地面に落として荒れ野を渡り、村から村へと蜂蜜を売って歩いていた。蜂蜜売りは呪われていたので、ひとつの場所にとどまることができなかった。蜂蜜売りは呪われていたので、どれほど蜂蜜を売っても樽のなかの蜂蜜は減ることがなかった。

 呪いを解くには、樽を誰かに譲ればよい。
 森の老人はそう言った。
 そうすれば樽を譲られた者に呪いが移る。
 森の老人はそう言った。
 だがあれの背中には樽がめり込んでいる。
 森の老人はそう言った。
 樽はあれのからだの一部になっている。
 森の老人はそう言った。
 眠るときも樽を背負って眠るのだ。
 森の老人はそう言った。

 蜂蜜売りは呪われていたので、暗い森の盗賊たちも手を出そうとはしなかった。蜂蜜売りは呪われていたので、村の男たちは遠くから唾を吐きかけた。村の女たちは木の実の粉に蜂蜜を混ぜて甘い焼き菓子を作るために蜂蜜売りから蜂蜜を買った。村の女たちが蜂蜜売りに金を払うのを見て村の男たちは腹を立てた。蜂蜜売りは呪われていたので、蜂蜜を仕入れる必要がなかった。仕入れ値がかかっていないものになぜ金を払うのかと村の男たちは腹を立てた。村の男たちは蜂蜜売りが胴巻きに金を隠していることを知っていた。しかし蜂蜜売りは呪われていたので、村の男たちは手を出すことができなかった。村の男たちは腹を立てて、村の女たちを殴り始めた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 村の女たちが村の男たちに殴られて、助けを求めて叫んでいた。髪を掴まれ、引きずり倒され、足蹴にされて助けを求めて叫んでいた。村の男たちは村の女たちを殴りながら、ほうほうほうと声を上げた。しかしそれは、古いしきたりとは関係がない。

 古いしきたりとは関係がない。
 森の老人はそう言った。
 男はそもそも、女を殴るように作られている。
 森の老人はそう言った。
 女を殴る男の芽が生まれたときから備わっている。
 森の老人はそう言った。
 女を殴る男の芽が女を殴る男を作るのだ。
 森の老人はそう言った。



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