2014年10月20日月曜日

いたちあたま (14)


 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 大地の底に落ちていく村の女の叫びを聞いて、西の谷から産婆たちがやって来た。家々の戸口をくぐって、村の女たちの脚を開いた。村の男たちが声をあわせて地面を踏んだ。土をかためた床が震え、女が叫び、女の脚のあいだから赤ん坊が転がり出た。赤ん坊は眠っていた。

 眠る者と交われば、眠る子が生まれる。
 森の老人はそう言った。
 眠る者の子は眠り続ける。
 森の老人はそう言った。
 眠る者の子は目覚めを知らない。
 森の老人はそう言った。
 だがときには、目覚めた者が生まれてくる。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は眠りを知らない。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は見ようとする。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は聞き耳を立てる。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は呪われている。
 森の老人はそう言った。

 目覚めた者は見ようとした。目覚めた者は聞き耳を立てた。
 古いしきたりにしたがって、村の男たちがほうほうほうと声を上げた。見ようとしてはならなかった。村の男たちは目覚めた者を石で打った。
 古いしきたりにしたがって、村の女たちがほうほうほうと声を上げた。聞き耳を立てててはならなかった。村の女たちは目覚めた者を石で打った。
 目覚めた者は荒れ野へ逃れた。荒れ野をさまよい、道を誤った旅人を見つけた。目覚めた者は道を誤った旅人の腕を取り、祈る者が残した道を示した。道を誤った旅人は道へ戻り、目覚めた者は荒れ野を進んだ。

 道を誤った旅人に道を示すな。
 森の老人はそう言った。
 道を誤った旅人を道に戻すな。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は呪われている。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者はお叱りを受ける。
 森の老人はそう言った。
 お叱り様のお叱りを受ける。
 森の老人はそう言った。

 目覚めた者の頭の上で空が裂けた。虚空がふくらんで雲を押しのけ、暗い風を吹き下ろした。目覚めた者の影が消えた。風が目覚めた者を取り囲んで、目覚めた者を消していった。

 目覚めた者は、まだそこにいる。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は見ようとする。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は聞き耳を立てる。
 森の老人はそう言った。
 だが目覚めた者を見ることはない。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者の吐息を聞くこともない。
 森の老人はそう言った。
 目覚めた者は呪われている。
 森の老人はそう言った。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 荒れ野のどこかで、誰かが助けを求めて叫んでいた。頭に髪留めを突き立てられて、助けを求めて叫んでいた。輪を描いて重なる痛みの底で心臓の鼓動をかすかに聞いて、まだ生きていることに気がついて、助けを求めて叫んでいた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 荒れ野のどこかで、誰かが助けを求めて叫んでいた。雨に打たれて溶かされながら、助けを求めて叫んでいた。湯気を立てて崩れ落ちて、溶けて地面に吸われながら、死にかけていることに気がついて、助けを求めて叫んでいた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。
 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちが繰り返した。

 荒れ野のどこかで、誰かが助けを求めて叫んでいた。転がり落ちた頭を探しながら、助けを求めて叫んでいた。頭を探して湿った地面に手を這わせて、なぜまだ生きているのかといぶかりながら、助けを求めて叫んでいた。

 助けを求める声が聞こえる。
 灰色のいたちがぼくに言った。



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