謎の独立国家ソマリランド
高野秀行, 2013, 本の雑誌社
「崩壊国家」ソマリアについてのルポルタージュ。非公認国家ソマリランドが実現した20年間の平和とその背景にある和平プロセス、政治システムと氏族社会、驚くほど実際的な民主主義への取り組みが紹介されているほか、海賊が跋扈するプントランドの状況、旧ソマリア南部モガディショの状況などが報告されていて、著者自身の解釈というよりは現地のさまざまな言葉を代弁しているという趣きがあって、確実に多声性を帯びているところが好ましい。また、地域的な、あるいはソマリ族という部族的な特異性は決して看過できないものの、無政府状態における人間の社会行動を詳細に記録しているという点でも重要なレポートであることは疑い得ない。
高野氏の著作はほかにいくつか読んでいるが、著者自身のソマリランドに対する思い入れの強さが表われているせいか、不思議な勢いのある作品に仕上がっている。作品の構成にもいちおうの工夫が見られる。ただ例によって無謀な冒険家の体験談にとどまる傾向があり、その視点の低さが好ましく感じられる瞬間がある一方で知的な態度が乏しいのではないかという疑いも抱く。氏族社会を日本の武家社会になぞらえてソマリアの氏族の名前にいちいち平氏とか源氏とか伊達氏とか北条氏とかがもぐり込んでいる、というのはわかりやすくしているつもりなのかもしれないが、かえってわかりにくくしているだけであろう。唐突に出現する漢字が与える違和感のせいで氏族の名前がほとんど頭に入ってこなかった。思いつきだけで手元に引き寄せるというのは論外であろう。貴重な体験を伝えるための作者の力量が足りていない、という印象もあり、これがもしカプシチンスキだったら、と余計なことまで考えることになる。
Tetsuya Sato