2015年11月4日水曜日

トポス(17) 継母はクロエに入れ知恵をする。

(17)
「クロエ、いいことを教えてやるよ。硬くて冷たくて先のない、おまえの亭主が夜になって殻を脱いだら、その殻をどこかに隠してしまうのさ。そうすれば、おまえの亭主は朝になっても殻を脱いだままでいるだろうよ」
 継母の言葉を聞いて、クロエは強い誘惑に駆られた。もし継母の言うとおりなら、硬くて冷たくて先のないロボットは、美しい若者の姿のままでいることになる。もし継母の言うとおりなら、美しい若者を夫にして、自分は幸せになれるだろう。
 クロエは考えた。どうすべきかを考えた。心に穴が開くほど考えて、家の裏に穴を掘った。
 その晩、ロボットが殻を脱いで、若者の姿になって部屋から出ると、クロエはロボットの殻を残らず集めて袋に詰めた。家の裏へ袋を運んで、掘っておいた穴に埋めた。
 朝が近づいてきた。クロエは寝床に入って寝たふりをした。クロエが薄目を開けて待っていると、若者が窓をくぐって戻ってきた。殻を探しているように見えた。床に目を落としていた若者が、静かに振り返って寝床のクロエを見下ろした。
「余計なことをしてくれたな。あと一晩、あとたった一晩で呪いを解くことができたというのに。おしまいだ。俺は行く。おまえはここに一人残って、自分がしでかしたことを一生悔やむがいい」
 若者がクロエに背を向けた。窓辺に立って腕を大きく広げると、背中から黒い翼が現われた。若者は朝焼けの中へ飛び立っていった。一枚の羽根が風に乗って、クロエの前を音もなく舞った。

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