2016年5月30日月曜日

トポス(190) ヒュン、運命を受け入れる

(190)
 ヒュンは赤い羽根飾りがついた帽子をかぶって、腰に剣を吊るして収容所構内を歩いていた。噂によれば、森林収容所でストライキが始まっていた。ストライキには囚人だけではなくて管理当局も参加して、全員が国家からの解放を求めていた。噂によれば、炭鉱収容所でゾンビの暴動が始まっていた。管理当局の職員もゾンビになって、囚人のゾンビに合流して周辺の町を襲っていた。噂によれば、どこかの煉瓦製作収容所では囚人の反乱が始まっていた。鎮圧のために投入されたロボットの武装警備班は全滅して、収容所は囚人に占拠されているという。
 収容所の門が開いていた。ヒュンは収容所から出て、町へ通じる道を探した。しゃべるフライパンを持っていった。途中で政府軍の部隊とすれ違った。ぶかぶかの制服を着た少年たちが足に合わない靴を履き、背嚢を背負い、旧式の銃を重そうに担いで、どこかを目指して進んでいった。兵士の中には転向したオークが混じっていた。
 町でも噂が飛び交っていた。棍棒で武装したロボットの大群が現われて、無差別逮捕を始めたという。収容所の統括ノルマ算定者は人類全体を未来のための礎にすると言ったという。森林収容所で始まったストライキは周囲の町を飲み込んで、いまでは一般市民までが国家からの解放を訴えているという。山間部はすでにゾンビでいっぱいになり、山を越えようとした避難民が次々に食われているという。恐ろしい魔法玉を使う男が現われていくつもの収容所を火の海に変え、旧世界の遺物をすべて破壊すると宣言して出会う者に賞賛を求めるという。反乱を起こした囚人たちはショットガンを持った女に率いられて、首都を目指して進撃を始めたという。羊飼いの杖を持った若者が翼を生やした羊の群れをしたがえて、空に昇っていったという。そして邪悪な黒い力の封印がどこかで解かれて、恐ろしい声を放っているという。予言者たちが道に並んで世界の終わりを予言していた。
 ヒュンは町の広場をぶらついていた。なぜここにいるのかとたずねられると、ヒュンはすぐさま剣を抜いた。なぜぶらついているのかとたずねられると、ヒュンはすぐさま剣を抜いた。せめて責任を果たしたらどうかと言われると、ヒュンはフライパンで相手の頭を殴りつけた。それから酒場にもぐり込んで友達を作り、友達のおごりで酒を飲んだ。すっかり酔っ払うとテーブルの上に立ち上がって、剣を抜いてこう叫んだ。
「俺は運命を受け入れている。俺は世界を救う英雄になる。だから俺は邪悪な黒い力と戦うんだ」

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