(181)
|
若者は手錠をかけられて、監房の床に座っていた。手錠から伸びた鎖が若者を床につなぎとめていた。
若者はクロエを見上げていた。若者の顔には悲しみと怒りが浮かんでいた。悲しみと怒りを目に浮かべて、呪われた運命を嘆いていた。
クロエは若者を見下ろしていた。若者の姿は初めて見たあの晩と何も変わっていなかった。乱れた髪も、透きとおるような目も、わずかに突き出た官能的な唇もそのままで、細身だが引き締まったからだは若さと力を感じさせた。呪いを言い訳にして気ままに生きて、時間の鋭い爪から逃れていた。失敗をひとのせいにして、自分は一切の責任から逃れていた。
クロエは若者の目の前で若者の笛をへし折った。二つに折って床に捨てて踏みにじった。若者の顔が苦痛にゆがむのを見下ろしながら、一枚の書類を差し出した。
「サインしなさい」
クロエがペンを差し出すと若者は黙ってサインした。クロエは書類を取り戻して、若者のサインを確かめた。
「愚かな女だ」と若者が言った。「おまえは真実の愛を拒んだんだ。いまさら離婚したって、おまえの時間は戻らないぞ」
クロエはペンも取り戻した。背を向けようとして、向き直って手を上げて、若者の頬をひっぱたいた。若者はまたしても顔を苦痛にゆがめたが、クロエの心は晴れなかった。
監房から出たところで男たちに囲まれた。両側から腕をつかまれ、すばやくからだを探られた。男たちの一人がクロエに言った。
「逮捕する」
クロエの頬を涙が伝った。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
若者はクロエを見上げていた。若者の顔には悲しみと怒りが浮かんでいた。悲しみと怒りを目に浮かべて、呪われた運命を嘆いていた。
クロエは若者を見下ろしていた。若者の姿は初めて見たあの晩と何も変わっていなかった。乱れた髪も、透きとおるような目も、わずかに突き出た官能的な唇もそのままで、細身だが引き締まったからだは若さと力を感じさせた。呪いを言い訳にして気ままに生きて、時間の鋭い爪から逃れていた。失敗をひとのせいにして、自分は一切の責任から逃れていた。
クロエは若者の目の前で若者の笛をへし折った。二つに折って床に捨てて踏みにじった。若者の顔が苦痛にゆがむのを見下ろしながら、一枚の書類を差し出した。
「サインしなさい」
クロエがペンを差し出すと若者は黙ってサインした。クロエは書類を取り戻して、若者のサインを確かめた。
「愚かな女だ」と若者が言った。「おまえは真実の愛を拒んだんだ。いまさら離婚したって、おまえの時間は戻らないぞ」
クロエはペンも取り戻した。背を向けようとして、向き直って手を上げて、若者の頬をひっぱたいた。若者はまたしても顔を苦痛にゆがめたが、クロエの心は晴れなかった。
監房から出たところで男たちに囲まれた。両側から腕をつかまれ、すばやくからだを探られた。男たちの一人がクロエに言った。
「逮捕する」
クロエの頬を涙が伝った。
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.