2016年5月1日日曜日

トポス(170) 邪悪な黒い力がギュンを批判する。

(170)
「わたしはパワーを感じていた」とギュンはいつも話していた。「突進する小惑星をラグランジュ点の彼方に投げ返し、巨大ロボットと戦って勝利し、エイリアンの月面基地を破壊し、いままたロボット軍団を壊滅に追いやったパワーを感じていた」とギュンはいつも話していた。「わたしは理性的な人間だ」とギュンはいつも話していた。「常に科学的に思考する」とギュンはいつも話していた。「事実から言えば、わたしはパワーを感じていたのではなく、パワーが与える効果を感じていた。わたしにはひとを驚嘆させ、感動させ、畏怖させるパワーを持っていたのだ。わたしは自分のパワーをよく知っていたが、わたし自身があまりにも控えめであったために、パワーがひとに与える効果についてはあまり考えていなかった。パワーとは本来的に孤独なものであり、社会とも社会的な賞賛とも無縁なものだと思い込んでいたせいでもある。しかし、そうではなかったのだ。ロボット軍団を壊滅させたわたしを、王宮の人々は賞賛した。ネロエという女が腕を広げてわたしを迎え、耳に心地よい言葉を並べてわたしの協力を懇願した。ネロエはすばらしい女性だった。女らしく自分の無能を認めただけではない。国家が存亡の危機にあると言ってわたしの膝にすがりつき、国民の指導者としての役割を、このわたしに頼んだのだ。わたしには断ることはできなかった」
 電話が鳴り、ネロエが取った。
「あなたによ」
 ネロエが受話器を差し出した。
「わたしに?」
 ギュンが受話器を耳にあてた。
「わたし、邪悪な黒い力は言う」電話の向こうから邪悪な黒い力の声が響いた。「大将軍ギュンよ、裏切ったな。だがこうなることはわたし、邪悪な黒い力には前からわかっていた。わたしはおまえをよく知っている。自分では理性的な人間のつもりでいるが、おまえを動かしているのは理性ではなく嫉妬心だ。わたし、邪悪な黒い力がなければおまえは公立高校の冴えない化学教師で終わっていた。おまえをそこまでにしたのはわたし、邪悪な黒い力なのだ。それなのにおまえが心に抱いたのは感謝ではなく嫉妬だった。わたしがオークの軍団を進撃させて暗黒の一千年を築こうとしているときに、わたし、邪悪な黒い力の敵に寝返るのだからな。大将軍ギュンよ、おまえはひとの成功を許すことができないのだ。許すことができないどころか、自分の成功が奪われたと思い込むのだ。大将軍ギュンよ、おまえのその呪われた性癖はおまえを一生苦しめるであろう。わたし、邪悪な黒い力はオーク軍団の再編成を完了した。今後、オーク軍団はおまえを標的とする。オーク軍団はおまえを必ず滅ぼすであろう」

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