2016年1月9日土曜日

トポス(71) 許せない、とクロエは思う。

(71)
 くくくくく、とロボットが笑った。
 ロボットは金属の殻を脱ぎ捨てて美しい若者の姿になり、横笛を手にしてテラスの縁に腰かけた。笛を口にあてがって、美しい音色を夜の空に踊らせた。テラスを見渡す窓の陰にクロエがいた。王妃の豪華な冠をかぶり、王妃の豪華なケープをまとい、侍女たちにかしずかれて暮らしていても、クロエの心は晴れなかった。夜に夜を重ねても、呪いを解くことはできなかった。笛を吹く美しい若者は朝になると不恰好なロボットに戻り、王冠をかぶって悪政を働く王になった。民衆を弾圧し、自由を求める声を奪い、棍棒で叩き、さからう者は監獄に送った。魔法玉の流通を黙認して、組織から巨額の賄賂を受け取っていた。許せない、とクロエは思った。
 南の山脈の足もとに、いにしえからエルフが暮らす美しい森が広がっていた。ロボットは森の木を伐り倒して瘴気が漂う沼地に変え、そこに巨大な監獄を作った。監獄の中は迷宮で、一度入ったら出てくることはできないという。迷宮の奥には怪物がいて、人間を食らって腹を満たしているという。許せない、とクロエは思った。
 若者が笛を置いて立ち上がった。背中から黒い翼を大きく広げて、夜の空に舞い上がった。鳥の姿で空を駆けて、城をめぐって弧を描いた。何かを探しているのか、しきりと地上を見回している。やがてテラスに降り立って鳥の翼と鳥の皮を脱ぎ捨てた。不恰好なロボットが現われて、金属の首をまわしてクロエを見た。許せない、とクロエは思った。
 くくくくく、とロボットが笑った。
 クロエの目の隅で何かが動いた。テラスの手すりを乗り越えて、ヒュンが姿を現わした。杖を背負ったキュンが続いた。ロボットがヒュンに気がついた。ヒュンが剣を抜いてロボットに迫った。キュンが杖で床を叩いた。ロボットは攻撃を無視して棍棒を出した。クロエが進んだ。ショットガンを腰で構えてロボットを撃った。ロボットが振り返った。棍棒でクロエを一撃した。ヒュンが迫った。剣をロボットに突き立てた。金属のからだが剣をはじき、ロボットが棍棒を振り上げた。空を切って振り下ろすと、ヒュンはその場に昏倒した。キュンは逃げた。
 くくくくく、とロボットが笑った。

Copyright c2015 Tetsuya Sato All rights reserved.