2015年10月2日金曜日

『Terracity - テラシティ』 第四話 テラパークの死闘

第四話
テラパークの死闘
 頭上はるかにそびえ立つシティホールの足元にテラシティの歴代執政官の銅像を並べた公園があった。テラシティ市民の憩いの場、恋人たちの語らいの場、テラパークである。そのテラパークの駐車場に、いま、小学生のクラスを乗せた黄色いエアカーが着陸した。乗降口のドアが開き、教師のカーラ・オスマンがあわただしく姿を現わすと、すぐに背後を振り返って子供たちに声をかけた。
「アニー、もう着いたのよ、おしゃべりをやめて降りてちょうだい、べべ、あなたもさっさと支度をして、クレイグ、何をつかんでるの、それはべべの荷物でしょ、デビー、列を乱さないで、エリック、あなたは食べるのはやめて、ファニー、お財布を落としたわ、ゲイル、リボンはあとにしなさい、ハリー、ゲイルのリボンを引っ張らないで、イヴァン、リュックを忘れてるわ、ジミー、もう冗談は十分だから、カイル、さっさと前に進んで、ライナス、どうしたの、気分が悪いの、酔い止めを飲まなかったのね、マリア、そこで通せんぼしないの、ネリー、いいかげんに泣くのをやめて、オサム、その舌をしまいなさい、ピップ、帽子を忘れてる、クイント、歩くときには前を見るの、ライデン、そのばかなお面を取りなさい、スタン、変な顔をしない、ティミー、静かにして、ユラ、爪を噛まないで、ヴェラ、そのネコはなに、だめよ、ネコは連れてけないわ、ウェンディ、あなたはいい子ね、前へ進んで、ゼナ、お弁当忘れたってどういうこと、大丈夫、先生が分けてあげます、ヤミール、本は置いてくの、ザック、あなたどうして裸足なの。ああ、もう」
 黄色いエアカーの乗降口から色とりどりの服をまとった子供たちがあふれ出た。そしてあふれ出たままてんでんばらばらに進もうとするのでカーラ・オスマンが声を上げ、手を振り上げて進むべき方向を指差した。
「ああ、もう。あっちよ、そっちじゃないの。ほら、ふらふらしないで、みんな、二人で組になって手をつないで。迷子になっても知らないから」
 カーラ・オスマンが手を叩きあわせると子供たちの半分ほどがいそいそとして手をつなぎ、残りの半分は組になる相手を選り好みして鼻を鳴らし、小さな肩を怒らせた。カーラ・オスマンはまたしても「ああ、もう」と声を上げ、それから子供たちに手を伸ばして鼻を鳴らし、肩を怒らす子供と子供で組を作った。
「はい、出発」
 カーラ・オスマンにうながされて子供たちが動き始めた。駐車場に並ぶ大小のエアカーのあいだを慎重に抜け、テラパークの門にかかる銀色のアーチをくぐり、憩う市民や語らう恋人たちを威圧的に見下ろす執政官たちの銅像を見上げ、あちらに気を取られたりこちらに気を取られたり、黄色い声を張り上げたりかまびすしく響かせたりしながら公園の奥を目指して進み、カーラ・オスマンが「ああ、もう」と呪文のように三回繰り返したところで円形の広場に到着した。ひとだかりの向こうに体操の選手が使う大きな鉄棒のような物が見えた。高さが五メートル以上あって銀色に輝く横棒があり、その横棒には体操の選手がぶら下がるかわりに死体が三つ吊るされていた。
「あれがゴラッグだ」テラシティの市民が左端の死体を指差して言った。「巨大アメーバをあやつってテラシティを破壊しようとたくらんだ火星人の悪党だ」
「ゴラッグの最期は実に無残なものでした」市の職員が説明した。「この愚かな火星人の悪党は最期の瞬間にあってもいかにも火星人らしい愚かさを発揮し、反省を拒み、虚勢を張り、首にかかった正義の縄がこの悪党の息の根をとめるまで、呪詛の言葉を吐き散らすのを決してやめようとしなかったのです」
「あれがヴァゾーだ」テラシティの市民が真ん中の死体を指差して言った。「金星ガニをあやつってテラシティを破壊しようとたくらんだ金星人の悪党だ」
「ヴァゾーの最期は実に無残なものでした」市の職員が説明した。「この愚かな金星人の悪党は最期の瞬間にあってもいかにも金星人らしい愚かさを発揮し、反省を拒み、虚勢を張り、首にかかった正義の縄がこの悪党の息の根をとめるまで、呪詛の言葉を吐き散らすのを決してやめようとしなかったのです」
「あれがセプテムだ」テラシティの市民が右端の死体を指差して言った。「大道芸人ザンパノを使ってテラシティを破壊しようとたくらんだ地球人の悪党だ」
「セプテムの最期は実に無残なものでした」市の職員が説明した。「この愚かな地球人の悪党は最期の瞬間にあってもいかにも地球人らしい愚かさを発揮し、反省を拒み、虚勢を張り、首にかかった正義の縄がこの悪党の息の根をとめるまで、呪詛の言葉を吐き散らすのを決してやめようとしなかったのです」
 どの悪党もテラシティの守護者アダム・ラーによって捕えられて分相応の最期を遂げ、変わり果てたその姿は市民への教育的見地から晒し者にされたのだった。学習の機会を求めて集まった市民は市の職員の説明を聞いて深々とうなずき、善と悪についてさまざまな思いをめぐらせた。そしてそのあいだを氷菓の売り子が、甘草水の売り子が呼び声を上げて練り歩き、人形売りが首に縄のかかった悪党どもの三点セットを売り歩いた。
「氷菓だよ、できたてのほやほやの氷菓だよ」
「甘草水、甘くて冷たい甘草水はいらないか」
「悪党どもの人形だよ、記念にどうだい? 三人一組、正義の縄を引っ張ると悲鳴を上げる悪党どもの人形だよ」
 カーラ・オスマンのクラスも晒し台の前に集まった。テラシティの教育委員会は子供たちにも体験的な学習の機会を与えることにしたのだった。
「アニー、おしゃべりはやめて死体を見て、べべ、あなたもよ、クレイグ、あなたも、ああ、あなたはちゃんと見てるのね、デビー、お人形はあとにして、いまは本物を見てちょうだい、エリック、食べるのをやめてって言ったでしょ、ファニー、お財布を落としたわよ、ゲイル、だからリボンはあとにしなさい、ハリー、ゲイルのリボンから手を放して、イヴァン、リュックはどうしたの、ジミー、いますぐその口を閉じて死体を見るの、カイル、あなたもそうしてちょうだい、ライナス、ああ、どうしたの、わかったわ、あなたは死体を見なくてもいいわ、マリア、あなたは見なきゃだめ、ネリー、また泣いてるの、オサム、それをやめなさい、ピップ、どうして傾いてるの、クイント、ピップを引っ張らない、ライデン、そのお面を取って、スタン、ふざけないで、ティミー、静かに、ユラ、また爪を噛んでる、ヴェラ、早くそのネコをしまって、ウェンディ、あなたはいい子ね、ゼナ、起きてちょうだい、ヤミール、それは何、いいえ、作文は学校に帰ってからでいいの、ザック、死体に近寄らないで、その靴に触らないで、こっちへ戻って。ああ、もう」
 カーラ・オスマンは髪を振り乱して「ああ、もう」と繰り返し、それから両手を腰にあてるとこのように言った。
「ちゃんと見学してるのはクレイグとウェンディだけじゃない。あとの子は何やってるの? あなたたちはここに遊びに来たわけじゃないのよ。わかってる? 感想を作文にしてもらうんですからね。それに今回はいつもみたいないいかげんな作文はだめ、全国コンクールに出すことがもう決まってるの。だからみんなには頑張ってもらって、わたしや校長先生があっと驚くような立派な作文を書いてほしいの。お願いだから、そのつもりで見学してちょうだい」
「オスマン先生」優等生のウェンディが手を上げた。「わたしは火星人と死刑の意味について書くつもりです」
「ウェンディ、期待してるわ」
 おしゃべりのアニーも手を上げた。
「ねえ、オスマン先生、悪い火星人は子供をさらうの?」
「いいえ、アニー、子供をさらったりはしないと思うわ」
「でも、オスマン先生、あたし知ってるの。言うことを聞かない悪い子は、悪い火星人にさらわれるのよ。悪い火星人は子供部屋の合鍵を持ってるから、夜のあいだに入ってくるの。悪い火星人にさらわれた子は、ガニメデのゼラニウム鉱山に売り飛ばされるの」
「ウラニウムよ。ばか」ウェンディがそっぽを向いて吐き捨てた。
「そう、そのゼラニウム。ゼラニウム鉱山に売り飛ばされた悪い子は、暗くて寒くて湿ったトンネルで、死ぬまで重たいトロッコを引っ張るの。もう一生、おうちには帰れないの。パパにもママにも会えないし、おいしいご飯も食べられないし、お外に遊びに行くこともできないのよ」
「ああ、もう」カーラ・オスマンが眉をひそめた。「そんなこと、誰から聞いたの?」
「ネリーのパパ」
「ネリーのパパがあなたに言ったの?」
「ネリーのパパが、ネリーに言ったの」
 怖がりのネリーが泣き始めた。カーラ・オスマンがまた眉をひそめ、テラシティの市民の一人がそのかたわらでこのように言った。
「ネリーのパパのことなら、わたしたちはよく知っている。善良で温厚で退屈さと五段重ねのパンケーキをこよなく愛する市民の鑑で、恐ろしい話でいたずらに子供を怖がらせるようなことは決してしない人物だ。そのネリーのパパが、なぜネリーにそのような恐ろしい話をしたのだろう?」
 それはもっともな疑問だと、まわりの市民がうなずいた。このときどこかで笑いの声が高らかに上がった。空に向かってまっすぐに突き抜けるようなその軽薄な笑いを人々は怪しみ、笑いの主を求めてあわただしく前後左右を見回したが、どこを探しても求める姿は見当たらない。どこだ、と誰かが叫んだ。どこにいる、と多くの者が声を合わせた。あそこだ、と一人が指差し、全員の目がいっせいにその方角を追いかけた。
 晒し台のすぐ脇に、いつの間にか一人の男が立っていた。金属繊維の服をまとい、姿形はテラシティの善良な市民と一つとして変わることがなかったが、広げた両脚で地面を踏み締め、両手の甲を腰に当て、いったい何が楽しいのか、わはははははと笑っていた。そしてひとしきり笑いの声を放ってから、口を閉ざして唇の端に凶悪そうな笑みを浮かべ、それから再び口を開いてこのように言った。
「そう、もっともな疑問だ」その冷たい声を耳にしてテラシティの市民は等しく恐怖を味わったが、男はかまわず先を続けた。「善良で温厚で退屈さと五段重ねのパンケーキをこよなく愛するネリーのパパが、なぜネリーに恐ろしい話をすることになったのか」
「わかったぞ」市民の一人が勇気をふるって声を上げた。「おまえのしわざだな」
「そうだ」と男が叫んだ。
「しかし、いったい」と別の市民が声を上げた。「なんのために?」
「もちろん、この平和なテラシティを破壊するためだ。これを見ろ」男は小さな黒い箱を取り出して高々と掲げた。「これはリモートコントロール装置だ。この装置を使えば、ネリーのパパを好きなようにあやつることができるのだ」
「そうか」とテラシティの市民が声を合わせた。「そのリモートコントロール装置から電波を送ってネリーのパパを自在にあやつり、テラシティを破壊するつもりだな」
「そうだ」と男が叫んだ。「このリモートコントロール装置から電波を送ってネリーのパパを自在にあやつり、テラシティを破壊するつもりなのだ」
「しかし、いったい」と市民の一人が声を上げた。「なぜ?」
 わはははははと男が笑った。
「わからないのか? それはおれが悪党だからだ」
 テラシティの善良な市民が息をのんだ。
「それもただの悪党ではない。おれの正体を見せてやろう」そう言いながら男は一瞬の動作で顔から仮面を、頭からかつらを剥ぎ取った。かつらの下から緑の髪が、仮面の下から赤い肌が現われた。身長がいきなり十センチほども低くなった。
「火星人だ」と市民が叫んだ。「火星人の悪党だ」
「そうだ」と火星人の悪党が叫んだ。「驚いたか。おれの名はトロッグ、火星から来た悪党だ。さあ、テラシティの愚民ども、おれの悪事をたっぷりとおがむがいい」
 火星人トロッグがリモートコントロール装置のスイッチを入れた。
「ばかね。ほんとにばかね」優等生のウェンディが声を上げた。「火星人に悪事なんかできるわけないじゃない。だって、ばかなんだから。悪事をするには頭がいるのよ。火星人には頭がないから、悪事なんてできないのよ。それだけじゃないわ。火星人には、そもそもたいしたことなんかできないのよ。そこにいるゴラッグだってそうだったわ。なにが巨大アメーバよ、ばっかみたい。建物を一個壊しただけで、テラシティを破壊するとか言っていた割には、たいしたことはやってないのよ。こいつだって、きっとそうよ。だいたい、なんでネリーのパパなのよ。ネリーのパパにいったい何ができるのよ。市民の鑑だかなんだか知らないけど、娘を殴るのんだくれの変態野郎なんだから。まったく火星人なんて、全然たいしたことないんだから。たいしたことなんて、できないんだから。お話にならないくらい頭が悪いから、いつの間にか自分のことを大物だと勘違いして、自分は大物だからたいしたことができるみたいに平気で思い込むけど、結局は勘違いと思い込みだけだから、どう頑張ったってたいしたことなんかできないのよ。半端じゃないばかだから、たいしたことをやっているつもりになってるだけで、本当はたいしたことなんか何一つとしてできないのよ。たいしたことなんか一度もやったことがないくせに頭のなかがまるっきりの空っぽで空想と現実の区別がつかないから、いつの間にかたいしたことをやったつもりになって、自分はたいしたことをやったって言い張るのよ。金星人もばかばっかりだけど、どう考えたって火星人の比じゃないわ。火星人というのは本物のばかばっかりで、恥知らずの大ばかばかりで、掛け値なしのばかばっかりだけど、それも何かのせいでそうなったんじゃなくて、生まれつきがそうだから、はっきり言って救いがないのよ。火星では、ばかしか生まれないのよ。言わせてもらえばね」そう言って火星人ゴラッグの死体を指差した。「こういう風にさっさと吊るしてやったほうが火星人のためになるのよ」
 クラスの子供たちが息をのんだ。
「ああ、もう」カーラ・オスマンが髪を乱して首を振った。
 火星人の悪党トロッグの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 市民が戸惑いを隠さずにカーラ・オスマンを取り囲んだ。
「最近の小学校では子供たちにあんなことを教えているのかね?」
「かんべんして」
「子供たちにあんなことを教えているなら、大問題だと思うがね」
「教えてるわけ、ないでしょ」
「本当にそうなのかね? そもそも火星人というのはたいしたことのない連中で、どいつもこいつも空想と現実の区別がつかないばかばっかりで、口では偉そうなことを言っていても実際にはたいしたことなどまったくできないのだと、あなたが教えたのではないのかね?」
「教えてません」
「あなたはそう言うが、その子に訊ねたら違う答えが返ってくるかもしれないね」
「ウェンディ」カーラ・オスマンが声を震わせた。「そうなの?」
 ウェンディが肩をすくめた。そしてこのとき、テラシティの善良な市民をかき分けて一人の白髪の老人が杖を頼りに近づいてきた。
「カーラ、そこにいるのはカーラではないか」
 カーラ・オスマンが振り返った。
「まあ、アーミティッジ先生」
 この老人こそはカーラ・オスマンの母校ミスカトニック大学の文学部教授ヘンリー・アーミティッジ博士であった。
「カーラ、カーラ・オスマン。いやいや、実に懐かしい顔だ。いったい何年になるのかな。あれから教職への道を進んだと風の便りに聞いていたが、こうして子供たちに囲まれているところからすると、噂は本当だったということだ。おめでとう、と言わせてもらおう。しかし、まさかとは思うが、子供たちに妙なことを教えたりはしていないだろうね。わたしの記憶では、君は根拠のない偏見のかたまりで、しかもそうしたことを人前で平然と口にするという、言わば非常識の権化であった。教室でもよく、そもそも火星人というのはたいしたことのない連中で、どいつもこいつも空想と現実の区別がつかないばかばっかりで、口では偉そうなことを言っていても実際にはたいしたことなどまったくできないのだ、などと言って教員や同級生の顰蹙を買っていたが、まさかそのようなことを子供たちの多感で信じやすい心に吹き込んでいるのではあるまいね」
 クラスの子供たちが息をのんだ。
「ああ、もう」カーラ・オスマンが髪を乱して首を振った。
「カーラ・オスマン、カーラ・オスマンだな」
 今度は青いヘルメットをかぶった警察官が近づいてきた。
「教員採用試験であなたが重大な不正をおこなったという疑惑がある。実はすでに証拠があがっているし、逮捕状も出ているので、署まで同行してもらいたい」
 クラスの子供たちが息をのんだ。
「ああ、もう」カーラ・オスマンが髪を乱した。
 わはははははとトロッグが笑った。「カーラ・オスマン、いいざまだな」
「ぶん殴ってやるわ」
 カーラ・オスマンがこぶしを握って足を前に踏み出した。ところがこのとき、火星人トロッグの右手に熱線銃が現われた。熱線銃の先から容赦を知らない赤い光がほとばしり、地面を黒く焼き焦がした。泡立つような音がはじけ、カーラ・オスマンが悲鳴を上げて飛び退いた。
 わはははははとトロッグが笑い、目に浮かんだ涙をぬぐい取った。
「驚いたか。これは火星で初めて独自に開発された熱線銃MM88だ。これを使えば偏見まみれのおまえなど、一瞬で消し炭に変えることができるのだ」
 カーラ・オスマンの顔が怒りに染まった。再び足を踏み出すと、目にもとまらないすばやさでトロッグの手から熱線銃を奪い取った。「ちくしょうめ」とトロッグが叫ぶ。カーラ・オスマンが熱線銃を構えてテラシティの市民に狙いをつけた。
 クラスの子供たちが息をのんだ。
「ああ、もう」カーラ・オスマンが乱れた髪をふりほどいた。
「なんと、あのMM88か」市民の一人が悔しそうに首を振った。「火星人は独自に開発したと恥知らずにも主張しているが、その特徴的な外見からあきらかなようにサタンバグ65のコピーにほかならない。きわめて洗練された普及モデルであるサタンバグ65を参考にしたセンスはいちおうほめておくべきだが、なにしろ火星人の仕事なので品質が悪い。不良品が多い上に、一つひとつが事実上の手作りなので、同じ型式であっても部品に互換性がない。どうにか動かすことができたとしても、出力制御に問題があって熱線放射が安定しない。つまり子供のおもちゃに毛が生えたようなしろもので、オリジナルとの類似点はかろうじて外見に認められるに過ぎないが、それでもあれが恐ろしい武器であることに変わりはない」
「しかし」と勇敢な市民が声を上げた。「みんなでいっせいに飛びかかれば、もちろん犠牲が出るかもしれないが、しかし…」
「その必要はない」トロッグが言った。「おれには三人の子分がいるし、熱線銃もまだ三丁ある」
 トロッグが手を振り上げると小柄な火星人がどこからともなく三人現われ、全員があのMM88を構えてカーラ・オスマンに狙いをつけた。しかし、それよりも先にカーラ・オスマンの熱線銃から非情の赤い光がほとばしった。耳をつんざく絶叫が上がり、トロッグの子分が消し炭に変わった。
 クラスの子供たちが息をのんだ。
「ああ、もう」カーラ・オスマンが顔をゆがめた。
「万事休すだ」テラシティの市民が声を合わせた。
「大丈夫です」と青いヘルメットの警官が叫んだ。「応援が来ます」
 サイレンの音が聞こえてきた。数人の市民が空の一角を指差した。警察のエアカーが見事な三角形の編隊を組み、はるか上空から広場を目指して一直線に近づいてくる。テラシティの市民が歓声を上げた。カーラ・オスマンが「ああ、もう」と罵り、熱線銃MM88を構えて先頭のエアカーに狙いをつけた。灼熱の光が大気を切り裂き、狙われたエアカーがもんどりを打った。溶けた金属をしたたらせながら、彼方に見える建物の陰に墜落した。一瞬の間を置き、火柱が上がった。警察のエアカーが応戦を始めた。青い光が宙を駆け抜け、青い炎が地面をえぐった。だが警察のエアカーは火星で独自に開発された熱線銃MM88の敵ではなかった。一台、また一台としとめられ、選んだように建物の陰に落ちていっては丸い火の玉を噴き上げた。
「万事休すだ」テラシティの市民が声を合わせた。
「大丈夫です」と青いヘルメットの警官が叫んだ。「応援が来ます」
 またしてもサイレンの音が聞こえてきた。数人の市民が空の一角を指差した。太陽の光を背にして流線形の黒い影が舞い降りてくる。テラシティの市民はその影を見分けた。それはテラシティ防衛隊の戦闘艦インヴィンシブルの勇姿だった。カーラ・オスマンが「ああ、もう」と罵り、熱線銃を構え直した。インヴィンシブルを狙って引き金を引いた。凶悪な赤い光が空中を走り、灼熱の炎がインヴィンシブルに命中した。だが何事もなかったかのようにインヴィンシブルは堂々と降下を続けている。テラシティの市民が歓声を上げた。轟音とともにテラパークに着陸してハッチを開き、青いヘルメットをかぶった防衛隊の隊員たちを吐き出した。
 しかし、このとき、シティホールの壁に異状が起こった。リモートコントロール装置によってあやつられたネリーのパパがバールのような物を使って壁を壊し、秘め隠されていたコンクリートを真昼の光の下にさらけ出した。
 クラスの子供たちが息をのんだ。
 仔細ははぶくが、この瞬間テラシティの虚飾が暴かれ、不快な真実から目を背けるために多くの者がまぶたを閉ざした。見えない、見えない、とつぶやきながら、手を前にかざして逃げ惑った。間に合わなかった者もいた。あまりの衝撃に心を乱し、壊れた壁を指差して笑い始める者もいた。
「あはははははは、なんて恐ろしいんだ」
 市民は逃れ、無敵を誇るテラシティ防衛隊は壊滅した。市民も防衛隊の隊員も、もつれる足を急かして昼間営業の酒場に飛び込み、見てきたことを忘れるためにグラスを握って酒を浴び、見てきたことを口にして裏切り者と罵られた。
 カーラ・オスマンが勝利を得たのか?
 テラシティは敗北したのか?

 テラシティの中心部、思わず誤解を抱くような輝かしい金属の光沢をしっかりとまとい、頭上はるかにそびえるシティホールの百三十五階に置かれた通信室で、黒いセルフレームの眼鏡をかけた愛らしい黒髪の娘アルタイラが通信装置につながるマイクにそのふくよかな唇を寄せ、悲痛な声で訴えた。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。カーラ・オスマンがテラパークで暴れています。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
 アルタイラの叫びは電気信号に変換されて通信装置の背後から延びるケーブルへ送られ、いくつものリレー装置をくぐり抜けて高層のシティホールを上へ上へと駆け上がり、ついに屋上へ達すると巨大なアンテナから翼ある電波となって空中へ飛んだ。
 テラシティの上空、五千メートル。雲を見下ろす空の高みにテラシティの守護者アダム・ラーの空中要塞テラグローブが浮かんでいた。数々の武器を備えたその球体は直径百五十メートルを超え、輝かしい銀色の光沢をまとって地上の声に耳を傾け、大きく広げたアンテナでアルタイラの声を受けとめた。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。カーラ・オスマンがテラパークで暴れています。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
 テラシティの守護者アダム・ラーはテラグローブの司令室で最新鋭の通信装置テララジオから流れる声を聞いた。救いを求めるアルタイラの声に、蒼白の美貌と健やかな肉体を持つ正義の戦士の心が猛った。
「なんということだ」深みのある声でそうつぶやくと、テララジオに顔を近づけた。「この魅惑的な声の持ち主は理解を拒み、わたしを犯人だと決めつけたのだ」薄い唇を舐め、丸窓の外に浮かぶ雲を見つめてあとを続けた。「なんとしても名誉を挽回しなければ」再び通信装置に目を落とした。「たった一度の情熱的な接吻がすべてを解決してくれるに違いない。だがその前に」姿勢を正して青い詰め襟のホックをとめた。青いチュニックの胸を叩き、続いて白い乗馬ズボンを軽く叩く。膝から下は磨き上げられた黒いブーツだ。腰のホルスターに収めた熱線銃MAX9を軽く撫で、最後に白い手袋を手に取った。「わたしにはしなければならないことがある」そう言って机の上に置かれた真紅の発令装置テラアラームに手を伸ばした。これはアダム・ラーの手だけに反応する。そしてアダム・ラーがテラアラームに手を置くと、テラグローブを揺るがすサイレンが鳴った。
 アダム・ラー出撃の合図だ。テラグローブに足音がこだまする。非番の者もドーナツを捨てて駆け出した。発進ドックでは作業服に身を包んだ浅黒い肌の男たちが声をかけ合い、快速艇テラホークの発進準備に取りかかった。驚異のテラニウムエンジンにテラニウム燃料が充填され、強力無比の熱線砲XH9000に重たげなパワードラムが装填される。アダム・ラーの司令室にタップスとスパークスが飛び込んできた。どちらもアダム・ラーの忠実な仲間だ。アダム・ラーが二人に気づいて振り返り、テラアラームから手を離した。サイレンが鳴りやみ、テラグローブに静寂が戻る。
「出動する」アダム・ラーが二人に告げた。
「了解」タップスとスパークスが敬礼した。
 アダム・ラーが敬礼を返して指令室から飛び出した。タップスとスパークスがあとを追う。円筒形のエレベーターのドアが閉まり、再び開くとそこは驚異のテラファシリティだ。アダム・ラーが二人の仲間を連れて現われると、技師が、科学者が、整備士が、補給係や修理工が、働く手をとめ、足をとめ、顔に喜びを浮かべて敬礼した。そして扇形の発進ドックでは純白の快速艇テラホークが美しい流線形の姿を横たえ、テラシティの守護者アダム・ラーが乗り込むのを待っていた。アダム・ラーは感嘆の吐息をもらし、テラホークに向かって駈け出した。タップスとスパークスがあとを追う。
 しかし、このとき、恐ろしい爆発音が発進ドックに響き渡った。二級整備士のマヌエルが腕を押さえて現われて、痛みにうめきながら横たわった。
「マヌエルっ」
 整備士たちがマヌエルに駆け寄り、助け起こした。
「欠陥ボルトが…」
 マヌエルがそうつぶやいて頭を垂れる。
「マヌエルっ、しっかりしろ」
 整備士たちがマヌエルを励ます。アダム・ラーが駆け寄った。
「大丈夫か、重傷なのか?」
 整備士たちが首を振り、アダム・ラーの顔に悲しみが浮かんだ。
「アダム・ラー」
 かすれた声でマヌエルが呼んだ。
「マヌエルっ」
 整備士たちが口々に叫んだ。
「アダム・ラー」マヌエルがかすれた声で繰り返した。「わたしにかまわず、行ってください。わたしなら大丈夫です。たいした怪我ではありません。さあ、早く。テラシティがあなたを必要としているのです」
「マヌエルっ」
 整備士たちが口々に叫び、アダム・ラーの目に涙が浮かんだ。
「わかった」
 アダム・ラーがタップスとスパークスを振りかえった。
「行くぞっ」
 タップスとスパークスがうなずいた。アダム・ラーが身をひるがえし、発進ドックの床を蹴って快速艇テラホークのハッチに飛び込んだ。白いヘルメットをすばやくかぶり、コクピットに進んで操縦席に腰を下ろす。タップスとスパークスがあとに続き、タップスはアダム・ラーの右後方にある機関士席に、スパークスはアダム・ラーの左後方にある通信士席に腰を下ろした。タップスがクリップボードを取ってチェックリストを読み上げると、アダム・ラーが滑らかな手つきでスイッチを動かし、メーター類を指で叩く。かたわらではスパークスがヘッドセットを頭にのせて通信装置をチェックしていく。間もなく発進の準備が整った。
「エンジン始動」アダム・ラーが命令した。
「エンジン始動」タップスが復唱し、スイッチを入れてレバーを動かす。「テラニウムエンジン、出力百パーセント」
「固定装置解除」アダム・ラーが命令した。
「固定装置解除」スパークスが復唱してレバーを動かし、着陸用スキッドを発進ドックの固定装置から解放した。
 エンジンが吠え、テラホークが震えた。アダム・ラーが操縦桿を握り締めた。
 タップスが叫ぶ。「エンジン出力、百二十パーセント」
 スパークスが報告する。「固定装置、解除よし」
「発進」
 アダム・ラーが叫び、流線形のテラホークがテラグローブから飛び出した。まばゆいばかりの純白に輝く快速艇がテラシティを目指して一直線に降下していく。コクピットの窓に見る見るうちに地上が迫り、アダム・ラーが操縦桿を一気に引くとテラホークは空を切って金属の光沢をまとう建物をかすめた。地上に揺らめく影を投げかけ、水平飛行で突進する。あまりの速さにスパークスが肝を冷やした。
「アダム・ラー、もっとゆっくりに飛べませんか?」
 スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
 アダム・ラーが笑みを浮かべた。
「安心しろ、あと少しだ」
 しかし、このとき、テラニウムエンジンに異状が起こり、タップスの目の前で赤い警告灯が不気味に点滅した。計器をにらんでタップスが叫んだ。
「テラニウムエンジン出力低下、現在八十パーセント」
「何があった?」
「わかりません。出力さらに低下中、六十パーセント」
「なんとかしろ」
「だめです。四十パーセント、推力を維持できません」
 テラホークが傾き、スパークスが悲鳴を上げた。
「そうか、あの欠陥ボルトか」タップスが叫んだ。
 マヌエルに傷を負わせた欠陥ボルトがテラニウムエンジンを破壊したのだ。
 アダム・ラーが二人に叫んだ。「不時着に備えろ」

 前方にテラパークが見えてきた。シティホールに向かってバールのような物を振り下ろすネリーのパパの姿が目に入った。赤い光が宙を駆ける。カーラ・オスマンがテラホークを撃ち落とそうと狙っていた。アダム・ラーは操縦桿をたくみにあやつって熱線を避け、失速しつつあるテラホークをたくみにテラパークの中心部へ導いた。地面が迫る。そのすぐ先にネリーのパパがいるのが見える。アダム・ラーの目が光った。操縦桿を握り締め、テラホークをネリーのパパの正面に向ける。
 タップスが叫んだ。「行けえっ」
 スパークスが叫ぶ。「うわあっ」
 全長四十メートルのテラホークがネリーのパパに突っ込んだ。しかしネリーのパパも負けてはいない。バールのような物をすばやく構え、のんだくれの変態野郎だけが発揮できる意外な力でテラホークの巨体を打ち返した。テラホークがもんどりを打って地面に転がる。すぐにハッチが開き、アダム・ラーとその仲間が銃を手にして飛び出してきた。不時着の衝撃はすさまじかったが、頑丈なハーネスに守られていたので全員傷一つ負っていない。銃を構えて地面に伏せると、そこへカーラ・オスマンの赤い光が降り注いだ。
 アダム・ラーが感想を言った。
「すごい攻撃だな」
 タップスがうなずく。
「敵もなかなかやるようです」
 カーラ・オスマンは「ああ、もう」と罵りながら熱線銃を乱射していた。アダム・ラーがそこを指差し、タップスに言った。
「正面からはとても無理だ。なんとかして彼女の背後にまわりたいが…」
「しかし」タップスが唇を噛んだ。「どうやって…」
「そうだ」アダム・ラーが叫んだ。「ミニチュア光線だ」
「そうか」とタップスがうなずく。「ミニチュア光線でスパークスを縮小して」
「そして」とアダム・ラーがあとを引き取る。「彼女の背後にまわらせるのだ」
「しかし、どうしてわたしなんですか?」
 スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
「タップス」アダム・ラーが命令する。「用意しろ」
「喜んで」
 タップスが勢いよく立ち上がり、熱線銃から放たれる灼熱の光をものともしないでテラホークに飛び込んだ。そしてミニチュア光線の発射管を抱えて戻ると再び地面に伏せてアダム・ラーに敬礼した。
「準備完了です」
「よし、スパークスを縮小しろ」
「喜んで」
 脅えるスパークスに向かってタップスがミニチュア光線を照射した。帯状に注ぐ水色の光線を浴び、スパークスのからだが見る見るうちに小さくなった。五センチほどの大きさにまで縮んだところで、アダム・ラーがスパークスにうなずいた。
「頼むぞ」
 スパークスが駆け出した。小さなからだとすばやい動きで敵から隠れ、熱線銃の攻撃をやすやすとかわしてカーラ・オスマンに接近した。そして背後へまわることに成功したが、カーラ・オスマンがくるりと振り返ってスパークスを踏み潰した。
「ああ、もう」カーラ・オスマンが顔をゆがめた。
 クラスの子供たちが息をのんだ。
「なんてこった」タップスが叫んだ。「スパークスが殺された」
「このひとでなし」アダム・ラーが罵った。
 カーラ・オスマンが銃を構えてアダム・ラーに狙いをつけた。
 このとき、タップスが大きく息をのんだ。
「まさか、アルモン」そうつぶやくと危険もかえりみずに立ち上がり、テラパークに立ち並ぶ歴代執政官の銅像の一つを指差した。そしてこぶしを振り上げ、絶叫を放った。「アルモンっ」
 タップスの叫びを聞いて銅像が笑った。
「はーはっはっはっ。よく見破ったな。そうだ、おれだ、アルモンだ」
 神経に触る軽やかな声でそう言うと、アルモンは一瞬の動作で銅像の仮装を脱ぎ捨てた。黄色い髪と白い肌が現われ、身長が三十センチほど低くなった。いったいどこから取り出したのか、ロケットパックをすばやく背負うと目にもとまらない速さで晒し台の前へ跳躍し、カーラ・オスマンのからだを抱き上げた。
 封印されていた暗い記憶がタップスの胸の底からよみがえった。裂けたソファ。テーブルの上の空き缶の山。壊れたブラインドの向こうでネオンがぎらぎらと輝いている。テレビの画面がちらちらと動く。音はない。督促状を裂いてくずかごに捨てる。頭痛。倦怠感がのしかかる。からだが頭を支えられない。ソファに横たわってぼろのような毛布をまとう。耳鳴りがする。鼓動が耳に鳴り響く。薄い壁を通して隣の部屋の嬌声が聞こえる。女が男の名前を叫ぶ。女の声が耳をさいなむ。こぶしを握り、力を込めて壁を叩く。黙れ、黙れ、黙れ、黙れ。耳をふさぐ。頭を抱える。女が男の名前を叫び続ける。
「アルモンっ」
 タップスが雄叫びを放ち、アルモンに向かって飛び出した。アダム・ラーも熱線銃を抜いてあとを追う。アルモンは不敵な笑みを浮かべ、カーラ・オスマンを抱いたままロケットパックに点火した。
「タップス、また会おう」
 そう言うとすさまじい速さで空に向かって飛び立っていった。
「ちくしょう」空を見上げてタップスが叫ぶ。
 アダム・ラーはトロッグの鼻先に熱線銃を突きつけた。
「撃つな、アダム・ラー」
 悪党トロッグが両手を上げた。
 正義の勝利だ。テラシティは危機を免れ、テラシティの守護者アダム・ラーの活躍によって悪党は逮捕され、冷たい檻に放り込まれた。
 シティホールの百三十五階、百人もの男女が騒然としてマイクを握る通信室にアダム・ラーが花束を抱えて現われた。通信室の音がやんだ。自信に満ちた蒼白の美貌に百人分の視線が集まった。女たちの陶然とした眼差しが、男たちの羨望の眼差しがアダム・ラーに注がれた。アダム・ラーが歩き始めた。ブーツの足音も高らかに部屋を横切り、一直線にアルタイラの前へと近づいていった。アルタイラが立ち上がった。アダム・ラーが足をとめた。威勢よくブーツの踵を合わせると手にした花束を差し出した。アルタイラが眼鏡をはずして目を閉じた。愛らしい鼻にしわを寄せ、それからくっきりとした目を開いてこのように言った。
「そうよ、間違いないわ。アダム・ラーもおならをするのよ」
 クラスの子供たちが息をのんだ。

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