第十一話 | |
テラホーク、墜ちる(前篇) |
「さて、これを見てもらおうか」
金星人ヴァイパーが大型のスクリーンを指差した。黒いメイド服を着た娘がホウキを槍のように構えて左右を見まわしている。
「なかなかきれいな子だ」セプテムが言った。
「妙な格好をしているな」ヴァゾーが言った。
「メイド服というものだ」ゴラッグが言った。
メイド服の娘がホウキを振った。カメラが横に動き、黒いエアカーが現われた。離陸しようとしていたエアカーがいきなりもんどりを打って地面に激突した。
「何があったんだ?」セプテムが眉をひそめた。
「文脈が見えないな」ヴァゾーが首をかしげた。
「さっぱりわからん」ゴラッグが鼻を鳴らした。
「これは別の場面だ」
金星人ヴァイパーが再びスクリーンを指差した。黒いメイド服を着た娘がホウキを構えて空を見上げている。メイド服の娘がホウキを振った。カメラが上に動いて数台の黒いエアカーを映し出した。飛行中のエアカーがいっせいにもんどりを打って地面に激突した。
「だから何が言いたい?」セプテムが叫んだ。
「最初と同じじゃないか」ヴァゾーが叫んだ。
「さっぱりわからないぞ」ゴラッグが叫んだ。
ヴァイパーが小さな黒い箱を取り出して、その表面に指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
「これでいい」ヴァイパーが言った。「では説明しよう。メイド服の女はロイド博士の娘アデライダだ。このアデライダがホウキを振ってラグーナ隊を壊滅させた。いま見てもらったのはその瞬間の映像だ。わかるか、ただホウキを振っただけで、あのラグーナ隊を壊滅させたのだ」
「ヴァイパー」セプテムが手を上げた。「一つ質問したいのだが」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「こういう奇妙な映像を、いったいどこから仕入れてくるのだ?」
「簡単なことだ。おれはテラシティの全域に監視カメラを置いているからな。いまの映像もそうした監視カメラの一台がまったく偶然にとらえたものだ。ちなみにアダー執政官の監視カメラは推計で五万台と言われているが、おれは七万台を超えるカメラを使ってテラシティを二十四時間監視している」
「七万台だと」セプテムが口を開けた。「たいへんな数だ。ついでに訊ねるが、その七万台のカメラをいったい何人で監視しているのだ?」
「いい質問だ。合計で五百人の監視員が、三交代制で働いている」
「五百人だと」セプテムが口を開けた。「七万台に五百人だと?」
「ヴァイパー」ヴァゾーが手を上げた。「質問してもいいかな?」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「監視カメラがまったく偶然にとらえた映像だと言ったが、被写体を追ってあきらかにカメラが動いている。固定されたふつうの監視カメラなら、こんな動きはしないはずだ。何か特殊な仕掛けでもしてあるのか?」
「それもいい質問だ」ヴァイパーが言った。「実は、カメラの向きは固定されていた。だから本来なら、映像が横や上に動くはずがない。どう考えても奇妙な現象なので、この基地の超物理学研究所に調べさせた。そこの研究員の話では、うっかりフィールドが発生していた可能性があるということだ」
「うっかりフィールド?」ヴァゾーが眉をひそめた。
「おれにもなんだかよくわからん。ただ、固定されていたカメラが、固定されているにもかかわらず、うっかり動いたことであの映像が記録されることになったようだ。その研究員はエアカーが墜落した原因もおそらくその、うっかりフィールドだと考えている。そしてその、うっかりフィールドを発生させていたのが」
「そうか、それがあのホウキだ」ヴァゾーが叫んだ。
「そうだ、あのホウキだ」ヴァイパーがうなずいた。
「かなり、とんでもない話だな」セプテムが言った。
「ヴァイパー」ゴラッグが手を上げた。「質問してもいいかな?」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「実は、前から気になっていたんだ。この基地にしてもそうだし、七万台のカメラにしてもそうだし、五百人の監視員にしてもそうだし、例の生体科学研究所にしても、おまえがいま話した超物理学研究所にしてもそうなんだが」
「ゴラッグ、いったい何を訊きたいのだ?」
「ヴァイパー、おまえ、資金をどうやって調達してるんだ? おれなんか、ミランコビッチクレーターからテラシティまで巨大アメーバを一匹運ぶのが精一杯だったんだ。ところが、おまえはこんなに立派な基地を作って、秘密兵器を山ほどもたくわえて、戦闘員も山ほども抱えて、しかも女房子供にいい暮らしをさせている。たぶん、一日あたりの支出だけで巨大アメーバを五十匹ぐらい運べるんじゃないかと思うんだが、いったいそれだけの資金を、おまえはどうやってまかなってるんだ?」
「それもいい質問だ」ヴァイパーが言った。「実はな、地上でちょっとした企業グループを経営してるんだ。最初のうちは、たかが知れたもんだった。なにしろおれも悪党だからいろんなことに手を出して、地球から金星や火星への違法送金を扱ったり、マネーロンダリングをしたりしていたんだが、そのうちにあっちこっちからいろいろと声がかかるようになって、政府の黒い金も扱うようになったんで、だったら体裁は整えておいたほうがいいだろうってことで、本物の銀行を一つ買って、銀行を買ったんなら積極的に投資もしてみようってことで、先端科学を中心にいくつかの産学合同プロジェクトに出資したら、これが見事にあたってな、もちろんベンチャーなんだが、いまじゃそこそこに名の知れた企業グループに成長していて、そこからの収益と、あとはおれの個人投資分の収益でここのすべての費用をまかなっている。もしこの基地を閉鎖すると、テラシティの失業率が一パーセント上昇すると言われているが、本当かどうかは、おれは知らない」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「おまえ、すごい金持ちだったんだ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「おまえ、すごいやり手だったんだ」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「なんで悪党なんか、してるんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「おれの夢がな」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「これを見てくれ」スクリーンにホウキを持ったアデライダの静止画像が映し出された。「超物理学研究所の話では実際にその、うっかりフィールドを発生させているのはホウキではなくて、どうやらアデライダ本人らしい。まったく地球人がしでかすことはよくわからんが、アデライダが発生させたその、うっかりフィールドはアデライダが頭につけているティアラ状の装置によってホウキに送られ、ホウキがその、うっかりフィールドをアデライダの周囲に広げているようなのだ。つまり、おれたちがロイド博士のこの新発明を利用しようと思ったら、アデライダ本人も必要だということになる。そこでおなじみのこれの出番だ」小さな黒い箱を持ち上げた。「わかるか? アデライダをさらって自在にあやつることができるなら、テラシティはすぐにもおれたちのものだ」
「じゃあ、スパークスをさらうのはやめか?」ゴラッグが訊ねた。
「そうだ。スパークスをさらうのはやめだ」ヴァイパーが答えた。
「一つ、訊いていいか?」セプテムが手を上げた。「おまえに言われて巨大なドリルを備えた無敵の地底戦車を作っているが、あれはどうするんだ?」
「もちろん、あれも使う。つまり、まずアデライダがホウキを使って大掃除をする。それをおれたちはうっかりフィールドの外側からすっかり見物をするというわけだ。抵抗が衰えてきたところを見計らって地底戦車ヴァグラーが登場する。ヴァグラーが地表を割って現われたら、そこへさらに間髪を置かずに、という感じでヴァグラーが作ったトンネルを抜けて、おれの空陸両用軍団が飛び出していく。どっかーん、という感じでヴァグラーが現われたところへ、すぐさま、ずごごごごご、という感じで軍団が現われる、というわけだ。なかなか劇的な場面だろ? 軍団が出撃したらアデライダを無効化し、四時間でテラシティを制圧する、というのがおれの作戦だ」
「実にけっこうな作戦だが」ヴァゾーが言った。「ちょっとした技術的な問題がある」
「技術的な問題?」ヴァイパーが眉をひそめた。「いったいどんな問題があるのだ?」
「地底戦車で出撃するのはいいんだが、それと同時に軍団が通過するためのトンネルを確保しておくとすると、地底戦車が通過したあとの土砂はどうすればいい?」
「土砂だって?」ヴァイパーが再び眉をひそめた。
「穴を掘れば土砂が出るだろ」セプテムが言った。
「ああ、そうか。どのくらいの土砂が出るんだ?」
「およそ三十万立方メートル」ゴラッグが答えた。「つまり東京ドームの四分の一だ」
「東京ドーム?」
「知らないか? 火星ではふつうに使われている単位だが」
「まあいい」ヴァイパーが言った。「知り合いに、産業廃棄物の処理業者がいる。もちろん不法投棄なんかしない、ちゃんとした業者だ。そこに頼もう。それでなんとかなるんじゃないか?」
「いや、ヴァイパー」セプテムが首を振った。「その業者は地上にいるんだろ? 土砂は地下にあるんだ。地底戦車のうしろにあるんだよ。地上にいる業者がそれををどうやって処分する?」
「だめか?」
「だめだな」
「じゃあ、どうすればいい?」
「作戦を立て直す必要がある」
「それはだめだ。土砂を無視したら、だめなのか?」
「無視すると、基地が埋まるな」ヴァゾーが言った。
「それは困る。誰か、何かうまいアイデアを考えろ」
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、悪党どもに声をかけた。
「その問題、おれが解決してやろう」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「トロッグ!」
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
「博士」白衣の技師が声を上げた。「トロッグがいません」
「かまわん」博士が言った。「いまはそれどころではない」
「でも、見つけられると思いますよ」アルタイラが言った。
「ほう」博士が言った。「方法があるとでも言うのかね?」
「そんなの簡単ですよ。おならの臭いを追いかけるんです」
「お父さま」アデライダが言った。「追いかけましょうよ」
「いや、だめだ」博士が言った。「研究所を守らなければ」
「では、第二波、第三波の攻撃があると?」技師が訊ねた。
「もちろんだ」ロイド博士がうなずいた。「そこらの悪党が何かの間違いで押しかけてきたわけではない。相手はラグーナと執政官だ。諸君が考える以上に執拗で、狡猾な相手だ。第二波、第三波は言うまでもなく、第四波、第五波もあると考えなければならないだろう」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを考えているのだ」
「博士。急いでください。いますぐにも、またラグーナ隊が襲いかかってくるかもしれません」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを考えているのだ」
「博士。急いでください。いますぐにも、またラグーナ隊が襲いかかってくるかもしれません」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを」博士が口を閉ざしてまばたきをした。
「お父さま」アデライダが叫んだ。「どうなさったの?」
「ああ」ロイド博士が首を振った。「ちょっと気分がな」
「博士」技師の一人が声を上げた。「決断してください」
「博士」ほかの技師も声を上げた。「決断してください」
「博士」ルパシカ姿の青年が叫んだ。「決断するのです」
「君は、誰だ?」
「名乗るほどの者ではありません。遍在し、解放を求める労農大衆の一員です」
「なるほど。その労農大衆の一員が、いったいここで何をやっているのかね?」
「もちろん、博士に決断を促すためです。我々とともに立ち上がってください」
「立ち上がる? いったいなんのために?」
「もちろん、上部構造を転換するためです」
「上部構造とはなんのことだ?」
「もちろん、執政官のことです」
「さては、君は革命家だな?」
「そう、わたしは革命家です」
「つまり、現体制を転覆して人民共和国を建設しようとたくらんでいるのだな?」
「そうです。現体制を転覆して人民共和国を建設しようとたくらんでいるのです」
「なんという恐ろしい」白衣の技師たちが声を合わせた。
「そしてこのわたしに、人民共和国建設に協力しろと言うのだな?」
「いえ、違います」青年が言った。「労農大衆の楽園である人民共和国は科学者を必要としていません。ただ、目下の革命のために博士の協力を必要としているのです」
「そんなばかげた共和国に、このわたしが協力すると思うのか?」
「協力しないと言うのなら」青年が言った。「強制するだけです」
青年の手に熱線銃が現われた。わははははは、と青年が笑った。
「これは我が労農大衆が誇る熱線銃レッド・スコーピオンだ。博士、協力しないと言うのなら、このレッド・スコーピオンで銃殺にする」
「なんと、あのレッド・スコーピオンか」博士が悔しそうに首を振った。「ベースになっているのはストッピングパワーにすぐれた小型熱線銃VZ77だということになっているが、似ているのは形だけでオリジナルのようなパワーはない。しかもスタハーノフ方式で作られているので生産量はむやみと多いが、不良品の発生率が九十パーセントを超えると言われている。二級品どころではない、掛け値なしの三級品だが、それでもあれが恐ろしい武器であることに変わりはない」
「しかし」と技師の一人が声を上げた。「やつは一人です。熱線銃も一丁だけです。みんなでいっせいに飛びかかれば、もちろん犠牲が出るかもしれないが、しかし…」
「あいにくだな」と青年が笑った。「愚かなおまえたちの考えなど、こっちは最初からお見通しだ。わたしには三人の同志がいる。熱線銃も一丁ではない」
青年が熱線銃を振り上げると青年の同志がどこからともなく三人現われ、全員があのレッド・スコーピオンを構えて博士を狙った。
「万事休すだ」と白衣の技師が声を合わせた。
「ねえ、お父さま」アデライダが言った。「協力して差し上げたら?」
「そうですよ」アルタイラがうなずいた。「そのほうが話が簡単です」
「同感です」白衣の技師が声を合わせた。「革命を成功させれば、ラグーナや執政官の脅威はなくなります」
「そうかな」博士が言った。「ラグーナや執政官の脅威はなくなるかもしれないが、かわりに人民共和国の脅威にさらされることになるのだぞ。なにしろ彼らは、わたしたちを必要としていないのだからな」
「あら、お父さま」アデライダが言った。「それはきっと、お互いさまだわ。だって、わたしたちも人民共和国を必要としていないもの」
「人民共和国はおまえが考える以上に執拗で、狡猾だ。革命が成功したら、第一波、第二波と波を連ねてここに襲いかかってくるのだぞ」
「あら、お父さま」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」革命家の青年が叫んだ。「協力しなければ銃殺だ。そして第一波、第二波と波を連ねて襲いかかり、この研究所を必ず破壊すると約束する」
「あら」アデライダが言った。「でも何回来ても、わたしがこのホウキでかたづけてしまうわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」革命家の青年が叫んだ。「協力しなければ銃殺だ。そして第一波、第二波と波を連ねて襲いかかり、この研究所を必ず破壊すると約束する」
「あら」アデライダが言った。「でも何回来ても、わたしがこのホウキでかたづけてしまうわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、いや」博士が口を閉ざしてまばたきをした。
「お父さま」アデライダが叫んだ。「どうなさったの?」
「ああ」ロイド博士が首を振った。「ちょっと気分がな」
「博士」技師の一人が声を上げた。「決断してください」
「博士」ほかの技師も声を上げた。「決断してください」
「博士」熱線銃を構えた青年も叫んだ。「決断するのだ」
そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
「テラホールだって?」ヴァイパーが眉をひそめた。
「そう、テラホールだ」トロッグがうなずいた。「テラホールを使えばこちら側にあるものをあちら側に簡単に運ぶことができるのだ」
「その便利なテラホールはどこにあるのだ?」セプテムが訊ねた。
「ロイド博士の研究所だ」トロッグが答えた。
「ということは」ヴァゾーが言った。「おれたちは博士の娘アデライダを誘拐し、さらにテラホールを奪い取るということになるのか?」
「そうだろうな」ゴラッグがうなずいた。
「とにかく、これはいい話だ」ヴァイパーが言った。「おかげで光が見えてきた。地底戦車ヴァグラーのうしろにテラホールを装備すれば、土砂を処理するのに使えるからな。テラシティの郊外におれが持っている土地がある。そこに座標を指定して、掘り出した土砂を送り込めばいいだろう。あいにくと産業廃棄物処理施設の認可を受けてはいないが、幸いなことに市役所にコネがあるからな、頼めばなんとかしてくれるはずだ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「おまえ、ちょっと変じゃないか?」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「いいか、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「合法性を気にしてどうするんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「気になるんだ」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「とにかくこれで、土砂の問題は解決だ」
「そうか?」トロッグが言った。「しかし、おれにはもっといいアイデアがあるぞ」
「聞いてやるから、言ってみろ」
「おまえの軍団をテラホールで地上に送ればいい。これなら土砂の心配などしなくてもいい。それどころか、地底戦車も必要ない」
「いや、トロッグ」セプテムが言った。「地底戦車は男のロマンなんだよ」
「古い、セプテム」トロッグが言った。「おまえは古いよ」
「いや、トロッグ」ゴラッグが言った。「ドリルは男のロマンなんだよ」
「古い、ゴラッグ」トロッグが言った。「おまえも古いよ」
「なあ、トロッグ」ヴァゾーが言った。「飲んだくれの変態野郎のネリーのパパをうれしそうにあやつるおまえに、おれは何かを言われたくない」
「おい、ヴァゾー」トロッグが言った。「ネリーのパパの何が悪い?」
「話を戻すぞ」ヴァイパーが言った。「トロッグ、おまえのアイデアは悪くはない。だが、おれには責任があるんだ。うちの戦闘員に、安全性が検証されていないような装置を使わせるわけにはいかないな。危険すぎる」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「おまえ、考え方が少しおかしいぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「そうだ、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「手下の安全を気にしてどうする?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「いろいろとな」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。
「どっちなんだ?」トロッグが訊ねた。「おまえのアイデアか、おれのアイデアか」
「ちょっと待て」ヴァイパーが言った。「その前に一つ確かめておきたいことがある。トロッグ、おまえの言うそのテラホールだが、レンズのような形をしていると言ったな?」
「そうだ。大きなレンズのような形だった」
「そのレンズの直径はどのくらいだった?」
「そうだな。二メートル半くらいあったな」
「二メートル半だと?」ヴァゾーが言った。
「おい、トロッグ」ゴラッグが言った。「おれたちの地底戦車のドリルの直径を知っているか?」
「知るわけがない。二メートルくらいかな」
「ばかを言え。五十メートルもあるんだぞ」
「なんでまた、そんな、ばかでかいものを」
「ばかとはなんだ。ロマンだと言ったろう」
「いや、トロッグ」セプテムが言った。「実際的な理由があるんだ」
「そうだ」ヴァイパーがうなずいた。「戦闘機を安全に通過させるためには、最低でもそれだけの幅が必要になる」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「たったの二メートル半では、軍団どころか土砂だって通すのは難しいぞ」
「ちくしょう」トロッグが言った。
「どうする?」セプテムが訊ねた。
「だったら」ヴァイパーが言った。「ロイド博士に大きなテラホールを作らせよう。土砂でも軍団でも送れるほどの大きなテラホールをな」
「いい考えだ」トロッグが叫んだ。
「じゃあ早速」ゴラッグが叫んだ。
「ああ、早速」ヴァイパーが言った。「ロイド博士に見積もりを依頼しよう。この際だ、費用を惜しむつもりはない」
「ヴァイパー」セプテムが叫んだ。「おまえ、いいかげんに正気に戻れ」
「ヴァイパー」ヴァゾーが叫んだ。「いいか、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが叫んだ。「見積もりを頼んでどうするんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「忘れるんだよ」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「とにかくこれで答えは出た。ロイド博士に大型のテラホールを作らせる。アデライダを人質にしてな」
「いや、それより」トロッグが言った。「熱線銃にものを言わせるんだ」
「なぜだ?」セプテムが訊ねた。「どうせ、アデライダも誘拐するんだ」
「そうだ」ヴァゾーがうなずいた。「だから、アデライダで脅せばいい」
「そうだ」ゴラッグもうなずいた。「物事にはやはり順序があるからな」
「おまえたちはあの小娘を見ていない。だからそんなことが言えるんだ」
「あのメイド服を気にしてるのか?」ヴァイパーが訊ねた。
「メイド服なんか気にしていない。あの娘、裸でも怖いぞ」
「そんなばかな」セプテムが笑った。
「博士の娘だぞ」ヴァゾーも笑った。
「まさか、なあ」ゴラッグも笑った。
「いずれにしても」ヴァイパーが言った。「メイド服を脱いだところを狙うのだ」
「では、寝ているところか?」セプテムが訊ねた。
「いや、トイレがいいだろう」ヴァゾーが言った。
「いや、シャワーの最中だな」ゴラッグが言った。
「それだ」ヴァイパーがうなずいた。「シャワーを浴びているところを狙うのだ」
「それだ」悪党どもが声をそろえた。「それはいい」
わははははは、とセプテムが笑った。
わははははは、とヴァゾーが笑った。
わははははは、とゴラッグが笑った。
わははははは、とヴァイパーも笑った。
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、悪党どもに声をかけた。
「楽しそうね。わたしも仲間に入れてもらうわ」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「ラグーナ!」
そのころ、銀色に輝くテラグローブでは。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。悪党トロッグがロイド博士の新発明を狙っています。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
テララジオから流れるアルタイラの叫びにアダム・ラーが耳を傾けていた。救いを求めるアルタイラの声に、蒼白の美貌と健やかな肉体を持つ正義の戦士の心が猛った。
「なんということだ」深みのある声でそうつぶやくと、テララジオに顔を近づけた。「アルタイラ、なぜ君がそこにいる?」薄い唇を舐め、丸窓の外に浮かぶ雲を見つめてあとを続けた。「許されたのか? 罪のつぐないを終えたのか? いや、つぐなうことなどできるものか。君はなんと罪深い娘だ。わたしの心をこれほどまでにたかぶらせるとは」再び通信装置に目を落とした。「これは恋だ、これが恋というものなのだ」そう言うと青い詰め襟のホックをはずし、青いチュニックのボタンに手をかけた。「からだが熱い。愛がつのる。しかし彼女は言わば、前科者だ。悪党の烙印を押された娘だ。そのような娘と、このアダム・ラーがつきあうことはできないのだ。アルタイラ、君の罪深さがうらめしい。ああ、これが恋だとすれば、なんと悲劇的な恋なのだろう」
このとき、指令室のドアが細く開いた。開いた隙間に獲物を狙うコヨーテのような目が現われ、アダー執政官の声でこのように言った。
「ふははははは。アダムー・ラー、おまえが聞いているアルタイラの声はわたしが録音し、再生したものだ。おまえに苦悩を与えるためにな。さあ、悩め、悩むがいい。悩んだ末に、おまえもわたしのあやつり人形となるがいい。なぜならば、苦悩とはつねにひとを誤らせるものだからな。ふははははは。ふははははは。さて、仕上げの一芝居をそろそろ始めるとするか」
指令室のドアが大きく開き、テラシティの最高実力者、アダー執政官がよろめくような足取りで現われた。振り返ったアダム・ラーの目に驚きが浮かんだ。
「アダー執政官、いったい何があったのです?」
「アダム・ラー、間に合ったか。アルタイラの声に耳を傾けるな。それは罠だ」
「なんですって?」
「君をおびき出して殺害しようという、恐ろしい罠なのだ」
「アダー執政官、いったい何があったのです?」
「恐れていたことが起こってしまった」アダー執政官がかすれた声を絞り出した。「すべてはわたしの責任なのだ。あの、アルタイラをたいしたこともできない小娘とあなどったばかりに、恐ろしいことになったのだ。ああ、ラグーナ、気の毒に」
「アダー執政官、どうか冷静に。ラグーナに何があったのです?」
「ラグーナは、殺されたのだ」
「殺された? 誰にですか?」
「それをわたしに言えと言うのか?」
「それでは、まさか、アルタイラに」
「アダム・ラー、そのまさかなのだ」
「しかし、執政官、信じられません」
「信じられないのは、当然だろうな」
「いったい、何があったのですか?」
「アダム・ラー、わたしはそれを伝えにやって来たのだ。アルタイラは罪をつぐなうためにニューゲイト7に送られたが、そこで所長を殺害した上に看守や囚人を殺戮し、いかなる方法によってかニューゲイト7から脱出すると、このテラシティに戻ってロイド博士の研究所を訪れ、そこでロイド博士と手を組んでテラシティ破壊の計画を進めているのだ。いや、いや、アダム・ラー、何も言うな。信じられないことはわかっている。わたしも信じることができなかった。そこで調査のために、ラグーナを警官隊とともに送ったのだが…」
「どうなったのです?」
「警官隊は、全滅した」
「警官隊が全滅した?」
「これはテラシティの危機なのだ」
「執政官、わたしは何をすれば?」
「アダム・ラー、よくぞ訊いてくれた。わたしを助けてくれたまえ」
「もちろんです、執政官。わたしにできることならなんでもします」
「ただちに出撃し、いかなる犠牲を払っても。アルタイラとロイド博士を捕えるのだ」
アダム・ラーがうなずいた。執政官に背を向け、真紅の発令装置テラアラームに手を伸ばした。テラグローブを揺るがすサイレンが鳴った。そして高らかに鳴り響くサイレンの陰で、執政官のうつろな声がこだました。
「ふははははは。アダムー・ラー、まんまと信じ込んだな。これでおまえもわたしのあやつり人形というわけだ。ふははははは」
司令室にタップスとスパークスが飛び込んできた。アダム・ラーが二人に気づいて振り返り、テラアラームから手を離した。サイレンがやみ、テラグローブに静寂が戻る。
「出動する」アダム・ラーが二人に告げた。
「了解」タップスとスパークスが敬礼した。
アダム・ラーが敬礼を返して指令室から飛び出した。タップスとスパークスがあとを追う。円筒形のエレベーターのドアが閉まり、再び開くとそこは驚異のテラファシリティだ。アダム・ラーが二人の仲間を連れて現われると、技師が、科学者が、整備士が、補給係や修理工が、働く手をとめ、足をとめ、顔に喜びを浮かべて敬礼した。そして扇形の発進ドックでは純白の快速艇テラホークが美しい流線形の姿を横たえ、テラシティの守護者アダム・ラーが乗り込むのを待っていた。アダム・ラーは感嘆の吐息をもらし、テラホークに向かって駈け出した。タップスとスパークスがあとを追う。
しかし、このとき、恐ろしい爆発音が発進ドックに響き渡った。二級整備士のマヌエルが腕を押さえて現われて、痛みにうめきながら横たわった。
「マヌエルっ」
整備士たちがマヌエルに駆け寄り、助け起こした。
「欠陥ポンプが…」
マヌエルがそうつぶやいて頭を垂れる。
「マヌエルっ、しっかりしろ」
整備士たちがマヌエルを励ます。アダム・ラーが駆け寄った。
「大丈夫か、重傷なのか?」
整備士たちが首を振り、アダム・ラーの顔に悲しみが浮かんだ。
「アダム・ラー」
かすれた声でマヌエルが呼んだ。
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫んだ。
「アダム・ラー」マヌエルがかすれた声で繰り返した。「わたしにかまわず、行ってください。わたしなら大丈夫です。たいした怪我ではありません。さあ、早く。テラシティがあなたを必要としているのです」
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫び、アダム・ラーの目に涙が浮かんだ。
「わかった」
アダム・ラーがタップスとスパークスを振りかえった。
「行くぞっ」
タップスとスパークスがうなずいた。アダム・ラーが身をひるがえし、発進ドックの床を蹴って快速艇テラホークのハッチに飛び込んだ。白いヘルメットをすばやくかぶり、コクピットに進んで操縦席に腰を下ろす。タップスとスパークスがあとに続き、タップスはアダム・ラーの右後方にある機関士席に、スパークスはアダム・ラーの左後方にある通信士席に腰を下ろした。タップスがクリップボードを取ってチェックリストを読み上げると、アダム・ラーが滑らかな手つきでスイッチを動かし、メーター類を指で叩く。かたわらではスパークスがヘッドセットを頭にのせて通信装置をチェックしていく。間もなく発進の準備が整った。
「エンジン始動」アダム・ラーが命令した。
「エンジン始動」タップスが復唱し、スイッチを入れてレバーを動かす。「テラニウムエンジン、出力百パーセント」
「固定装置解除」アダム・ラーが命令した。
「固定装置解除」スパークスが復唱してレバーを動かし、着陸用スキッドを発進ドックの固定装置から解放した。
エンジンが吠え、テラホークが震えた。アダム・ラーが操縦桿を握り締めた。
タップスが叫ぶ。「エンジン出力、百二十パーセント」
スパークスが報告する。「固定装置、解除よし」
「発進」
アダム・ラーが叫び、流線形のテラホークがテラグローブから飛び出した。まばゆいばかりの純白に輝く快速艇がテラシティを目指して一直線に降下していく。コクピットの窓に見る見るうちに地上が迫り、アダム・ラーが操縦桿を一気に引くとテラホークは空を切って金属の光沢をまとう建物をかすめた。地上に揺らめく影を投げかけ、水平飛行で突進する。あまりの速さにスパークスが肝を冷やした。
「アダム・ラー、もっとゆっくりに飛べませんか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
アダム・ラーが笑みを浮かべた。
「安心しろ、あと少しだ」
しかし、このとき、テラニウムエンジンに異状が起こり、タップスの目の前で赤い警告灯が不気味に点滅した。計器をにらんでタップスが叫んだ。
「テラニウムエンジン出力低下、現在八十パーセント」
「何があった?」
「わかりません。出力さらに低下中、六十パーセント」
「なんとかしろ」
「だめです。四十パーセント、推力を維持できません」
テラホークが傾き、スパークスが悲鳴を上げた。
「そうか、あの欠陥ポンプか」タップスが叫んだ。
マヌエルに傷を負わせた欠陥ポンプがテラニウムエンジンを破壊したのだ。
アダム・ラーが二人に叫んだ。「不時着に備えろ」
前方にロイド博士の研究所が見えてきた。アダム・ラーは操縦桿をたくみにあやつり、失速しつつあるテラホークを研究所へ導いた。ドーム状の建物が迫る。アダム・ラーの目が光った。
タップスが叫んだ。「行けえっ」
スパークスが叫ぶ。「うわあっ」
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.
金星人ヴァイパーが大型のスクリーンを指差した。黒いメイド服を着た娘がホウキを槍のように構えて左右を見まわしている。
「なかなかきれいな子だ」セプテムが言った。
「妙な格好をしているな」ヴァゾーが言った。
「メイド服というものだ」ゴラッグが言った。
メイド服の娘がホウキを振った。カメラが横に動き、黒いエアカーが現われた。離陸しようとしていたエアカーがいきなりもんどりを打って地面に激突した。
「何があったんだ?」セプテムが眉をひそめた。
「文脈が見えないな」ヴァゾーが首をかしげた。
「さっぱりわからん」ゴラッグが鼻を鳴らした。
「これは別の場面だ」
金星人ヴァイパーが再びスクリーンを指差した。黒いメイド服を着た娘がホウキを構えて空を見上げている。メイド服の娘がホウキを振った。カメラが上に動いて数台の黒いエアカーを映し出した。飛行中のエアカーがいっせいにもんどりを打って地面に激突した。
「だから何が言いたい?」セプテムが叫んだ。
「最初と同じじゃないか」ヴァゾーが叫んだ。
「さっぱりわからないぞ」ゴラッグが叫んだ。
ヴァイパーが小さな黒い箱を取り出して、その表面に指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
「これでいい」ヴァイパーが言った。「では説明しよう。メイド服の女はロイド博士の娘アデライダだ。このアデライダがホウキを振ってラグーナ隊を壊滅させた。いま見てもらったのはその瞬間の映像だ。わかるか、ただホウキを振っただけで、あのラグーナ隊を壊滅させたのだ」
「ヴァイパー」セプテムが手を上げた。「一つ質問したいのだが」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「こういう奇妙な映像を、いったいどこから仕入れてくるのだ?」
「簡単なことだ。おれはテラシティの全域に監視カメラを置いているからな。いまの映像もそうした監視カメラの一台がまったく偶然にとらえたものだ。ちなみにアダー執政官の監視カメラは推計で五万台と言われているが、おれは七万台を超えるカメラを使ってテラシティを二十四時間監視している」
「七万台だと」セプテムが口を開けた。「たいへんな数だ。ついでに訊ねるが、その七万台のカメラをいったい何人で監視しているのだ?」
「いい質問だ。合計で五百人の監視員が、三交代制で働いている」
「五百人だと」セプテムが口を開けた。「七万台に五百人だと?」
「ヴァイパー」ヴァゾーが手を上げた。「質問してもいいかな?」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「監視カメラがまったく偶然にとらえた映像だと言ったが、被写体を追ってあきらかにカメラが動いている。固定されたふつうの監視カメラなら、こんな動きはしないはずだ。何か特殊な仕掛けでもしてあるのか?」
「それもいい質問だ」ヴァイパーが言った。「実は、カメラの向きは固定されていた。だから本来なら、映像が横や上に動くはずがない。どう考えても奇妙な現象なので、この基地の超物理学研究所に調べさせた。そこの研究員の話では、うっかりフィールドが発生していた可能性があるということだ」
「うっかりフィールド?」ヴァゾーが眉をひそめた。
「おれにもなんだかよくわからん。ただ、固定されていたカメラが、固定されているにもかかわらず、うっかり動いたことであの映像が記録されることになったようだ。その研究員はエアカーが墜落した原因もおそらくその、うっかりフィールドだと考えている。そしてその、うっかりフィールドを発生させていたのが」
「そうか、それがあのホウキだ」ヴァゾーが叫んだ。
「そうだ、あのホウキだ」ヴァイパーがうなずいた。
「かなり、とんでもない話だな」セプテムが言った。
「ヴァイパー」ゴラッグが手を上げた。「質問してもいいかな?」
「かまわないが、意味のない批評や批判的な質問は受け付けない」
「実は、前から気になっていたんだ。この基地にしてもそうだし、七万台のカメラにしてもそうだし、五百人の監視員にしてもそうだし、例の生体科学研究所にしても、おまえがいま話した超物理学研究所にしてもそうなんだが」
「ゴラッグ、いったい何を訊きたいのだ?」
「ヴァイパー、おまえ、資金をどうやって調達してるんだ? おれなんか、ミランコビッチクレーターからテラシティまで巨大アメーバを一匹運ぶのが精一杯だったんだ。ところが、おまえはこんなに立派な基地を作って、秘密兵器を山ほどもたくわえて、戦闘員も山ほども抱えて、しかも女房子供にいい暮らしをさせている。たぶん、一日あたりの支出だけで巨大アメーバを五十匹ぐらい運べるんじゃないかと思うんだが、いったいそれだけの資金を、おまえはどうやってまかなってるんだ?」
「それもいい質問だ」ヴァイパーが言った。「実はな、地上でちょっとした企業グループを経営してるんだ。最初のうちは、たかが知れたもんだった。なにしろおれも悪党だからいろんなことに手を出して、地球から金星や火星への違法送金を扱ったり、マネーロンダリングをしたりしていたんだが、そのうちにあっちこっちからいろいろと声がかかるようになって、政府の黒い金も扱うようになったんで、だったら体裁は整えておいたほうがいいだろうってことで、本物の銀行を一つ買って、銀行を買ったんなら積極的に投資もしてみようってことで、先端科学を中心にいくつかの産学合同プロジェクトに出資したら、これが見事にあたってな、もちろんベンチャーなんだが、いまじゃそこそこに名の知れた企業グループに成長していて、そこからの収益と、あとはおれの個人投資分の収益でここのすべての費用をまかなっている。もしこの基地を閉鎖すると、テラシティの失業率が一パーセント上昇すると言われているが、本当かどうかは、おれは知らない」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「おまえ、すごい金持ちだったんだ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「おまえ、すごいやり手だったんだ」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「なんで悪党なんか、してるんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「おれの夢がな」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「これを見てくれ」スクリーンにホウキを持ったアデライダの静止画像が映し出された。「超物理学研究所の話では実際にその、うっかりフィールドを発生させているのはホウキではなくて、どうやらアデライダ本人らしい。まったく地球人がしでかすことはよくわからんが、アデライダが発生させたその、うっかりフィールドはアデライダが頭につけているティアラ状の装置によってホウキに送られ、ホウキがその、うっかりフィールドをアデライダの周囲に広げているようなのだ。つまり、おれたちがロイド博士のこの新発明を利用しようと思ったら、アデライダ本人も必要だということになる。そこでおなじみのこれの出番だ」小さな黒い箱を持ち上げた。「わかるか? アデライダをさらって自在にあやつることができるなら、テラシティはすぐにもおれたちのものだ」
「じゃあ、スパークスをさらうのはやめか?」ゴラッグが訊ねた。
「そうだ。スパークスをさらうのはやめだ」ヴァイパーが答えた。
「一つ、訊いていいか?」セプテムが手を上げた。「おまえに言われて巨大なドリルを備えた無敵の地底戦車を作っているが、あれはどうするんだ?」
「もちろん、あれも使う。つまり、まずアデライダがホウキを使って大掃除をする。それをおれたちはうっかりフィールドの外側からすっかり見物をするというわけだ。抵抗が衰えてきたところを見計らって地底戦車ヴァグラーが登場する。ヴァグラーが地表を割って現われたら、そこへさらに間髪を置かずに、という感じでヴァグラーが作ったトンネルを抜けて、おれの空陸両用軍団が飛び出していく。どっかーん、という感じでヴァグラーが現われたところへ、すぐさま、ずごごごごご、という感じで軍団が現われる、というわけだ。なかなか劇的な場面だろ? 軍団が出撃したらアデライダを無効化し、四時間でテラシティを制圧する、というのがおれの作戦だ」
「実にけっこうな作戦だが」ヴァゾーが言った。「ちょっとした技術的な問題がある」
「技術的な問題?」ヴァイパーが眉をひそめた。「いったいどんな問題があるのだ?」
「地底戦車で出撃するのはいいんだが、それと同時に軍団が通過するためのトンネルを確保しておくとすると、地底戦車が通過したあとの土砂はどうすればいい?」
「土砂だって?」ヴァイパーが再び眉をひそめた。
「穴を掘れば土砂が出るだろ」セプテムが言った。
「ああ、そうか。どのくらいの土砂が出るんだ?」
「およそ三十万立方メートル」ゴラッグが答えた。「つまり東京ドームの四分の一だ」
「東京ドーム?」
「知らないか? 火星ではふつうに使われている単位だが」
「まあいい」ヴァイパーが言った。「知り合いに、産業廃棄物の処理業者がいる。もちろん不法投棄なんかしない、ちゃんとした業者だ。そこに頼もう。それでなんとかなるんじゃないか?」
「いや、ヴァイパー」セプテムが首を振った。「その業者は地上にいるんだろ? 土砂は地下にあるんだ。地底戦車のうしろにあるんだよ。地上にいる業者がそれををどうやって処分する?」
「だめか?」
「だめだな」
「じゃあ、どうすればいい?」
「作戦を立て直す必要がある」
「それはだめだ。土砂を無視したら、だめなのか?」
「無視すると、基地が埋まるな」ヴァゾーが言った。
「それは困る。誰か、何かうまいアイデアを考えろ」
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、悪党どもに声をかけた。
「その問題、おれが解決してやろう」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「トロッグ!」
そのころ、テラシティが誇る天才科学者ロイド博士の実験室では。
「博士」白衣の技師が声を上げた。「トロッグがいません」
「かまわん」博士が言った。「いまはそれどころではない」
「でも、見つけられると思いますよ」アルタイラが言った。
「ほう」博士が言った。「方法があるとでも言うのかね?」
「そんなの簡単ですよ。おならの臭いを追いかけるんです」
「お父さま」アデライダが言った。「追いかけましょうよ」
「いや、だめだ」博士が言った。「研究所を守らなければ」
「では、第二波、第三波の攻撃があると?」技師が訊ねた。
「もちろんだ」ロイド博士がうなずいた。「そこらの悪党が何かの間違いで押しかけてきたわけではない。相手はラグーナと執政官だ。諸君が考える以上に執拗で、狡猾な相手だ。第二波、第三波は言うまでもなく、第四波、第五波もあると考えなければならないだろう」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを考えているのだ」
「博士。急いでください。いますぐにも、またラグーナ隊が襲いかかってくるかもしれません」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを考えているのだ」
「博士。急いでください。いますぐにも、またラグーナ隊が襲いかかってくるかもしれません」
「あら」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」技師の一人が声を上げた。「それではアデライダに頼らずに研究所を守ろうというお考えですか? しかし、どうやって?」
「だから、それを」博士が口を閉ざしてまばたきをした。
「お父さま」アデライダが叫んだ。「どうなさったの?」
「ああ」ロイド博士が首を振った。「ちょっと気分がな」
「博士」技師の一人が声を上げた。「決断してください」
「博士」ほかの技師も声を上げた。「決断してください」
「博士」ルパシカ姿の青年が叫んだ。「決断するのです」
「君は、誰だ?」
「名乗るほどの者ではありません。遍在し、解放を求める労農大衆の一員です」
「なるほど。その労農大衆の一員が、いったいここで何をやっているのかね?」
「もちろん、博士に決断を促すためです。我々とともに立ち上がってください」
「立ち上がる? いったいなんのために?」
「もちろん、上部構造を転換するためです」
「上部構造とはなんのことだ?」
「もちろん、執政官のことです」
「さては、君は革命家だな?」
「そう、わたしは革命家です」
「つまり、現体制を転覆して人民共和国を建設しようとたくらんでいるのだな?」
「そうです。現体制を転覆して人民共和国を建設しようとたくらんでいるのです」
「なんという恐ろしい」白衣の技師たちが声を合わせた。
「そしてこのわたしに、人民共和国建設に協力しろと言うのだな?」
「いえ、違います」青年が言った。「労農大衆の楽園である人民共和国は科学者を必要としていません。ただ、目下の革命のために博士の協力を必要としているのです」
「そんなばかげた共和国に、このわたしが協力すると思うのか?」
「協力しないと言うのなら」青年が言った。「強制するだけです」
青年の手に熱線銃が現われた。わははははは、と青年が笑った。
「これは我が労農大衆が誇る熱線銃レッド・スコーピオンだ。博士、協力しないと言うのなら、このレッド・スコーピオンで銃殺にする」
「なんと、あのレッド・スコーピオンか」博士が悔しそうに首を振った。「ベースになっているのはストッピングパワーにすぐれた小型熱線銃VZ77だということになっているが、似ているのは形だけでオリジナルのようなパワーはない。しかもスタハーノフ方式で作られているので生産量はむやみと多いが、不良品の発生率が九十パーセントを超えると言われている。二級品どころではない、掛け値なしの三級品だが、それでもあれが恐ろしい武器であることに変わりはない」
「しかし」と技師の一人が声を上げた。「やつは一人です。熱線銃も一丁だけです。みんなでいっせいに飛びかかれば、もちろん犠牲が出るかもしれないが、しかし…」
「あいにくだな」と青年が笑った。「愚かなおまえたちの考えなど、こっちは最初からお見通しだ。わたしには三人の同志がいる。熱線銃も一丁ではない」
青年が熱線銃を振り上げると青年の同志がどこからともなく三人現われ、全員があのレッド・スコーピオンを構えて博士を狙った。
「万事休すだ」と白衣の技師が声を合わせた。
「ねえ、お父さま」アデライダが言った。「協力して差し上げたら?」
「そうですよ」アルタイラがうなずいた。「そのほうが話が簡単です」
「同感です」白衣の技師が声を合わせた。「革命を成功させれば、ラグーナや執政官の脅威はなくなります」
「そうかな」博士が言った。「ラグーナや執政官の脅威はなくなるかもしれないが、かわりに人民共和国の脅威にさらされることになるのだぞ。なにしろ彼らは、わたしたちを必要としていないのだからな」
「あら、お父さま」アデライダが言った。「それはきっと、お互いさまだわ。だって、わたしたちも人民共和国を必要としていないもの」
「人民共和国はおまえが考える以上に執拗で、狡猾だ。革命が成功したら、第一波、第二波と波を連ねてここに襲いかかってくるのだぞ」
「あら、お父さま」アデライダが言った。「何回来ても、このホウキでかたづけてしまえばいいと思うわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」革命家の青年が叫んだ。「協力しなければ銃殺だ。そして第一波、第二波と波を連ねて襲いかかり、この研究所を必ず破壊すると約束する」
「あら」アデライダが言った。「でも何回来ても、わたしがこのホウキでかたづけてしまうわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、それならいいのだが」
「博士」革命家の青年が叫んだ。「協力しなければ銃殺だ。そして第一波、第二波と波を連ねて襲いかかり、この研究所を必ず破壊すると約束する」
「あら」アデライダが言った。「でも何回来ても、わたしがこのホウキでかたづけてしまうわ」
「アデライダ」博士が言った。「わたしは、それを恐れていたのだ。おまえが破壊の喜びに目覚めるのをな。だからわたしは、その強化服をおまえに渡したくなかったのだ」
「あの」アルタイラが言った「そんなことには目覚めてないと思いますよ」
「ええ」アデライダがうなずいた。「そんなことになんか目覚めてないわ」
「もちろん、いや」博士が口を閉ざしてまばたきをした。
「お父さま」アデライダが叫んだ。「どうなさったの?」
「ああ」ロイド博士が首を振った。「ちょっと気分がな」
「博士」技師の一人が声を上げた。「決断してください」
「博士」ほかの技師も声を上げた。「決断してください」
「博士」熱線銃を構えた青年も叫んだ。「決断するのだ」
そのころ、金星人ヴァイパーの秘密基地では。
「テラホールだって?」ヴァイパーが眉をひそめた。
「そう、テラホールだ」トロッグがうなずいた。「テラホールを使えばこちら側にあるものをあちら側に簡単に運ぶことができるのだ」
「その便利なテラホールはどこにあるのだ?」セプテムが訊ねた。
「ロイド博士の研究所だ」トロッグが答えた。
「ということは」ヴァゾーが言った。「おれたちは博士の娘アデライダを誘拐し、さらにテラホールを奪い取るということになるのか?」
「そうだろうな」ゴラッグがうなずいた。
「とにかく、これはいい話だ」ヴァイパーが言った。「おかげで光が見えてきた。地底戦車ヴァグラーのうしろにテラホールを装備すれば、土砂を処理するのに使えるからな。テラシティの郊外におれが持っている土地がある。そこに座標を指定して、掘り出した土砂を送り込めばいいだろう。あいにくと産業廃棄物処理施設の認可を受けてはいないが、幸いなことに市役所にコネがあるからな、頼めばなんとかしてくれるはずだ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「おまえ、ちょっと変じゃないか?」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「いいか、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「合法性を気にしてどうするんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「気になるんだ」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「とにかくこれで、土砂の問題は解決だ」
「そうか?」トロッグが言った。「しかし、おれにはもっといいアイデアがあるぞ」
「聞いてやるから、言ってみろ」
「おまえの軍団をテラホールで地上に送ればいい。これなら土砂の心配などしなくてもいい。それどころか、地底戦車も必要ない」
「いや、トロッグ」セプテムが言った。「地底戦車は男のロマンなんだよ」
「古い、セプテム」トロッグが言った。「おまえは古いよ」
「いや、トロッグ」ゴラッグが言った。「ドリルは男のロマンなんだよ」
「古い、ゴラッグ」トロッグが言った。「おまえも古いよ」
「なあ、トロッグ」ヴァゾーが言った。「飲んだくれの変態野郎のネリーのパパをうれしそうにあやつるおまえに、おれは何かを言われたくない」
「おい、ヴァゾー」トロッグが言った。「ネリーのパパの何が悪い?」
「話を戻すぞ」ヴァイパーが言った。「トロッグ、おまえのアイデアは悪くはない。だが、おれには責任があるんだ。うちの戦闘員に、安全性が検証されていないような装置を使わせるわけにはいかないな。危険すぎる」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「おまえ、考え方が少しおかしいぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが言った。「そうだ、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」セプテムが言った。「手下の安全を気にしてどうする?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「いろいろとな」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。
「どっちなんだ?」トロッグが訊ねた。「おまえのアイデアか、おれのアイデアか」
「ちょっと待て」ヴァイパーが言った。「その前に一つ確かめておきたいことがある。トロッグ、おまえの言うそのテラホールだが、レンズのような形をしていると言ったな?」
「そうだ。大きなレンズのような形だった」
「そのレンズの直径はどのくらいだった?」
「そうだな。二メートル半くらいあったな」
「二メートル半だと?」ヴァゾーが言った。
「おい、トロッグ」ゴラッグが言った。「おれたちの地底戦車のドリルの直径を知っているか?」
「知るわけがない。二メートルくらいかな」
「ばかを言え。五十メートルもあるんだぞ」
「なんでまた、そんな、ばかでかいものを」
「ばかとはなんだ。ロマンだと言ったろう」
「いや、トロッグ」セプテムが言った。「実際的な理由があるんだ」
「そうだ」ヴァイパーがうなずいた。「戦闘機を安全に通過させるためには、最低でもそれだけの幅が必要になる」
「ヴァイパー」ヴァゾーが言った。「たったの二メートル半では、軍団どころか土砂だって通すのは難しいぞ」
「ちくしょう」トロッグが言った。
「どうする?」セプテムが訊ねた。
「だったら」ヴァイパーが言った。「ロイド博士に大きなテラホールを作らせよう。土砂でも軍団でも送れるほどの大きなテラホールをな」
「いい考えだ」トロッグが叫んだ。
「じゃあ早速」ゴラッグが叫んだ。
「ああ、早速」ヴァイパーが言った。「ロイド博士に見積もりを依頼しよう。この際だ、費用を惜しむつもりはない」
「ヴァイパー」セプテムが叫んだ。「おまえ、いいかげんに正気に戻れ」
「ヴァイパー」ヴァゾーが叫んだ。「いいか、おれたちは悪党なんだぞ」
「ヴァイパー」ゴラッグが叫んだ。「見積もりを頼んでどうするんだ?」
「まあ」ヴァイパーがうなずいた。「言われてみりゃ、そうなんだけど」
ヴァイパーが天井を見上げた。それから頭をたれて、足元を見つめた。
「でも」ぽつりとつぶやいた。「忘れるんだよ」
それから小さな黒い箱を取り出し、その表面にすばやく指を滑らせた。
セプテムが口を閉ざして姿勢を正した。
ヴァゾーが口を閉ざして姿勢を正した。
ゴラッグが口を閉ざして姿勢を正した。
わははははは、とヴァイパーが笑った。
「話にもどろうか」ヴァイパーが言った。「とにかくこれで答えは出た。ロイド博士に大型のテラホールを作らせる。アデライダを人質にしてな」
「いや、それより」トロッグが言った。「熱線銃にものを言わせるんだ」
「なぜだ?」セプテムが訊ねた。「どうせ、アデライダも誘拐するんだ」
「そうだ」ヴァゾーがうなずいた。「だから、アデライダで脅せばいい」
「そうだ」ゴラッグもうなずいた。「物事にはやはり順序があるからな」
「おまえたちはあの小娘を見ていない。だからそんなことが言えるんだ」
「あのメイド服を気にしてるのか?」ヴァイパーが訊ねた。
「メイド服なんか気にしていない。あの娘、裸でも怖いぞ」
「そんなばかな」セプテムが笑った。
「博士の娘だぞ」ヴァゾーも笑った。
「まさか、なあ」ゴラッグも笑った。
「いずれにしても」ヴァイパーが言った。「メイド服を脱いだところを狙うのだ」
「では、寝ているところか?」セプテムが訊ねた。
「いや、トイレがいいだろう」ヴァゾーが言った。
「いや、シャワーの最中だな」ゴラッグが言った。
「それだ」ヴァイパーがうなずいた。「シャワーを浴びているところを狙うのだ」
「それだ」悪党どもが声をそろえた。「それはいい」
わははははは、とセプテムが笑った。
わははははは、とヴァゾーが笑った。
わははははは、とゴラッグが笑った。
わははははは、とヴァイパーも笑った。
このとき、頭上を横切るキャットウォークに人影が現われ、悪党どもに声をかけた。
「楽しそうね。わたしも仲間に入れてもらうわ」
悪党どもが顔を上げ、その顔に驚きを浮かべて声をそろえた。
「ラグーナ!」
そのころ、銀色に輝くテラグローブでは。
「アダム・ラー、アダム・ラー、こちらテラシティ、聞こえますか。テラシティの危機です。悪党トロッグがロイド博士の新発明を狙っています。アダム・ラー、聞こえますか。お願いです。どうか、わたしたちを助けてください」
テララジオから流れるアルタイラの叫びにアダム・ラーが耳を傾けていた。救いを求めるアルタイラの声に、蒼白の美貌と健やかな肉体を持つ正義の戦士の心が猛った。
「なんということだ」深みのある声でそうつぶやくと、テララジオに顔を近づけた。「アルタイラ、なぜ君がそこにいる?」薄い唇を舐め、丸窓の外に浮かぶ雲を見つめてあとを続けた。「許されたのか? 罪のつぐないを終えたのか? いや、つぐなうことなどできるものか。君はなんと罪深い娘だ。わたしの心をこれほどまでにたかぶらせるとは」再び通信装置に目を落とした。「これは恋だ、これが恋というものなのだ」そう言うと青い詰め襟のホックをはずし、青いチュニックのボタンに手をかけた。「からだが熱い。愛がつのる。しかし彼女は言わば、前科者だ。悪党の烙印を押された娘だ。そのような娘と、このアダム・ラーがつきあうことはできないのだ。アルタイラ、君の罪深さがうらめしい。ああ、これが恋だとすれば、なんと悲劇的な恋なのだろう」
このとき、指令室のドアが細く開いた。開いた隙間に獲物を狙うコヨーテのような目が現われ、アダー執政官の声でこのように言った。
「ふははははは。アダムー・ラー、おまえが聞いているアルタイラの声はわたしが録音し、再生したものだ。おまえに苦悩を与えるためにな。さあ、悩め、悩むがいい。悩んだ末に、おまえもわたしのあやつり人形となるがいい。なぜならば、苦悩とはつねにひとを誤らせるものだからな。ふははははは。ふははははは。さて、仕上げの一芝居をそろそろ始めるとするか」
指令室のドアが大きく開き、テラシティの最高実力者、アダー執政官がよろめくような足取りで現われた。振り返ったアダム・ラーの目に驚きが浮かんだ。
「アダー執政官、いったい何があったのです?」
「アダム・ラー、間に合ったか。アルタイラの声に耳を傾けるな。それは罠だ」
「なんですって?」
「君をおびき出して殺害しようという、恐ろしい罠なのだ」
「アダー執政官、いったい何があったのです?」
「恐れていたことが起こってしまった」アダー執政官がかすれた声を絞り出した。「すべてはわたしの責任なのだ。あの、アルタイラをたいしたこともできない小娘とあなどったばかりに、恐ろしいことになったのだ。ああ、ラグーナ、気の毒に」
「アダー執政官、どうか冷静に。ラグーナに何があったのです?」
「ラグーナは、殺されたのだ」
「殺された? 誰にですか?」
「それをわたしに言えと言うのか?」
「それでは、まさか、アルタイラに」
「アダム・ラー、そのまさかなのだ」
「しかし、執政官、信じられません」
「信じられないのは、当然だろうな」
「いったい、何があったのですか?」
「アダム・ラー、わたしはそれを伝えにやって来たのだ。アルタイラは罪をつぐなうためにニューゲイト7に送られたが、そこで所長を殺害した上に看守や囚人を殺戮し、いかなる方法によってかニューゲイト7から脱出すると、このテラシティに戻ってロイド博士の研究所を訪れ、そこでロイド博士と手を組んでテラシティ破壊の計画を進めているのだ。いや、いや、アダム・ラー、何も言うな。信じられないことはわかっている。わたしも信じることができなかった。そこで調査のために、ラグーナを警官隊とともに送ったのだが…」
「どうなったのです?」
「警官隊は、全滅した」
「警官隊が全滅した?」
「これはテラシティの危機なのだ」
「執政官、わたしは何をすれば?」
「アダム・ラー、よくぞ訊いてくれた。わたしを助けてくれたまえ」
「もちろんです、執政官。わたしにできることならなんでもします」
「ただちに出撃し、いかなる犠牲を払っても。アルタイラとロイド博士を捕えるのだ」
アダム・ラーがうなずいた。執政官に背を向け、真紅の発令装置テラアラームに手を伸ばした。テラグローブを揺るがすサイレンが鳴った。そして高らかに鳴り響くサイレンの陰で、執政官のうつろな声がこだました。
「ふははははは。アダムー・ラー、まんまと信じ込んだな。これでおまえもわたしのあやつり人形というわけだ。ふははははは」
司令室にタップスとスパークスが飛び込んできた。アダム・ラーが二人に気づいて振り返り、テラアラームから手を離した。サイレンがやみ、テラグローブに静寂が戻る。
「出動する」アダム・ラーが二人に告げた。
「了解」タップスとスパークスが敬礼した。
アダム・ラーが敬礼を返して指令室から飛び出した。タップスとスパークスがあとを追う。円筒形のエレベーターのドアが閉まり、再び開くとそこは驚異のテラファシリティだ。アダム・ラーが二人の仲間を連れて現われると、技師が、科学者が、整備士が、補給係や修理工が、働く手をとめ、足をとめ、顔に喜びを浮かべて敬礼した。そして扇形の発進ドックでは純白の快速艇テラホークが美しい流線形の姿を横たえ、テラシティの守護者アダム・ラーが乗り込むのを待っていた。アダム・ラーは感嘆の吐息をもらし、テラホークに向かって駈け出した。タップスとスパークスがあとを追う。
しかし、このとき、恐ろしい爆発音が発進ドックに響き渡った。二級整備士のマヌエルが腕を押さえて現われて、痛みにうめきながら横たわった。
「マヌエルっ」
整備士たちがマヌエルに駆け寄り、助け起こした。
「欠陥ポンプが…」
マヌエルがそうつぶやいて頭を垂れる。
「マヌエルっ、しっかりしろ」
整備士たちがマヌエルを励ます。アダム・ラーが駆け寄った。
「大丈夫か、重傷なのか?」
整備士たちが首を振り、アダム・ラーの顔に悲しみが浮かんだ。
「アダム・ラー」
かすれた声でマヌエルが呼んだ。
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫んだ。
「アダム・ラー」マヌエルがかすれた声で繰り返した。「わたしにかまわず、行ってください。わたしなら大丈夫です。たいした怪我ではありません。さあ、早く。テラシティがあなたを必要としているのです」
「マヌエルっ」
整備士たちが口々に叫び、アダム・ラーの目に涙が浮かんだ。
「わかった」
アダム・ラーがタップスとスパークスを振りかえった。
「行くぞっ」
タップスとスパークスがうなずいた。アダム・ラーが身をひるがえし、発進ドックの床を蹴って快速艇テラホークのハッチに飛び込んだ。白いヘルメットをすばやくかぶり、コクピットに進んで操縦席に腰を下ろす。タップスとスパークスがあとに続き、タップスはアダム・ラーの右後方にある機関士席に、スパークスはアダム・ラーの左後方にある通信士席に腰を下ろした。タップスがクリップボードを取ってチェックリストを読み上げると、アダム・ラーが滑らかな手つきでスイッチを動かし、メーター類を指で叩く。かたわらではスパークスがヘッドセットを頭にのせて通信装置をチェックしていく。間もなく発進の準備が整った。
「エンジン始動」アダム・ラーが命令した。
「エンジン始動」タップスが復唱し、スイッチを入れてレバーを動かす。「テラニウムエンジン、出力百パーセント」
「固定装置解除」アダム・ラーが命令した。
「固定装置解除」スパークスが復唱してレバーを動かし、着陸用スキッドを発進ドックの固定装置から解放した。
エンジンが吠え、テラホークが震えた。アダム・ラーが操縦桿を握り締めた。
タップスが叫ぶ。「エンジン出力、百二十パーセント」
スパークスが報告する。「固定装置、解除よし」
「発進」
アダム・ラーが叫び、流線形のテラホークがテラグローブから飛び出した。まばゆいばかりの純白に輝く快速艇がテラシティを目指して一直線に降下していく。コクピットの窓に見る見るうちに地上が迫り、アダム・ラーが操縦桿を一気に引くとテラホークは空を切って金属の光沢をまとう建物をかすめた。地上に揺らめく影を投げかけ、水平飛行で突進する。あまりの速さにスパークスが肝を冷やした。
「アダム・ラー、もっとゆっくりに飛べませんか?」
スパークスがそう言うと、タップスが笑った。
「はっはっはっ。臆病なやつだなあ」
アダム・ラーが笑みを浮かべた。
「安心しろ、あと少しだ」
しかし、このとき、テラニウムエンジンに異状が起こり、タップスの目の前で赤い警告灯が不気味に点滅した。計器をにらんでタップスが叫んだ。
「テラニウムエンジン出力低下、現在八十パーセント」
「何があった?」
「わかりません。出力さらに低下中、六十パーセント」
「なんとかしろ」
「だめです。四十パーセント、推力を維持できません」
テラホークが傾き、スパークスが悲鳴を上げた。
「そうか、あの欠陥ポンプか」タップスが叫んだ。
マヌエルに傷を負わせた欠陥ポンプがテラニウムエンジンを破壊したのだ。
アダム・ラーが二人に叫んだ。「不時着に備えろ」
前方にロイド博士の研究所が見えてきた。アダム・ラーは操縦桿をたくみにあやつり、失速しつつあるテラホークを研究所へ導いた。ドーム状の建物が迫る。アダム・ラーの目が光った。
タップスが叫んだ。「行けえっ」
スパークスが叫ぶ。「うわあっ」
Copyright ©2015 Tetsuya Sato All rights reserved.