Casino Royale
2006年 イギリス・アメリカ・ドイツ・チェコ 144分
監督:マーティン・キャンベル
シリーズ第21作。このオープニングタイトルちょっとひどくないか、とか、時間経過の描写がちょっと雑じゃないか、とか、気になったところが少々あるものの、いや、ダニエル・クレイグが抜群にいい。肉体に自己主張があり、暴力が服着て歩いているようなところがいい。その割りに考えているようなところがかわいらしいし、考えているように見える割りにはやられたらやり返す的な次元で考えなしに行動しているようなところがまたよろしい。冒頭『ヤマカシ』な、というかパルクール全開アクションの真っ最中に相手にピストルを投げつけられるとそれをぱっとキャッチして怒った顔で投げ返すし、バハマのクラブで駐車係と間違えられるとにこにこしながら車を預かってわざわざ傷をつける。
ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドはクリアではない。雑音が多く、いわゆるジェームズ・ボンドの規格に乗っていない。ダブルオーナンバーをもらったばかり、という設定もあるのだろうが、銃にも特にこだわらないし(いまさらPPKでもないだろうし、そもそも今回は肉弾戦が目立つ)、車にも特にこだわらないし(レンタカーのフォードに乗ってやってきて、64年型アストン・マーチンは博打で巻き上げる)、マティーニをステアするかシェイクするかにもこだわらない。こだわらない、という点では、線条痕(それとも瞳孔だっけ?)が渦巻く先で銃を構えるといういつものあのポーズをトイレでやっている(しかも無様に殴り合ったあとなので本人もぼろぼろだ)、というのも前代未聞のことであろう。ある種のサタイアとして見ることすら可能だが、ダニエル・クレイグの存在感はそれをサタイアで終わらせずに新ボンドのキャラクターとして成立させている。で、それが最後の最後にアサルトライフル片手に「ボンド、ジェームズ・ボンド」と初めて名乗りを上げ、そこへモンティ・ノーマンの「ジェームズ・ボンドのテーマ」が覆いかぶさるという演出は泣けるのである。ボンドが生臭くて等身大となった結果、悪役ル・シッフルも借金取りに脅える小物となり、代わりに諜報の最前線のいかがわしさが前に出て(こういう場合の旧大陸の小物がなぜか必ずジャンカルロ・ジャンニーニだ)、これはこれで悪くない。手の込んだアクションシーンも豊富だし、パトカーは旅客機の後方乱流で吹っ飛んでいくし、ヴェネチアのパラッツォは倒壊するし、エヴァ・グリーンはきれいだし、とにかくお腹一杯である。
Tetsuya Sato